【完結】◆胡蝶の夢◆

凍星

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◆5 籠絡

「まるで日本人形じゃないか……!言葉を失ってしまうな。千種が華夜さんのことを人に話したがらない理由が分かったよ」
「何?」
「迂闊に他人の目に触れさせるのが嫌なんだな」
「人を嫉妬心の塊りみたいに言わないでくれ」

実際、そうなんだろ?と揶揄われ、私は桐原の肩を小突いた。

「……お兄様と桐原様は、とても仲がよろしいのですね」
「そうなんです」
「そう見えるだけだよ」
「おい」

今度は桐原が私の肩を叩く。
戯れ合うようになってしまい、私は若干気恥ずかしくなった。

華夜はまだ十六歳。

私のことを未だにお兄様と呼ぶくらい、まだ幼い所がある。
そんな華夜の前では、私はいつも必要以上に大人らしく紳士的に振る舞っていた。

友人とふざけ合う今の私を見たら――いつになく子供っぽいと思われたかもしれない。

「ふざけていないで、そろそろ準備に入ろう」
「分かったよ」

軽く咳払いをして桐原の背中を押しやり、画材の置いてある場所に促す。
イーゼルや、油絵具やパレットなど、そういった物が全て珍しいらしく、華夜は準備をする私達の傍で、じっと様子を見守っている。

「今日は下描きを兼ねて、貴女の姿をスケッチしたいのですが」
「はい……私はどうしたら?」
「せっかく天気が良いから、庭に椅子を出して座って貰えたら――いいよな、千種?」
「ああ、勿論。椅子を運ぼうか」

皆で庭に移動し、椅子やイーゼルをセットして、降り注ぐ光に囲まれた緑の芝生の上で二人は向き合った。
少し大きめの敷物なども準備して貰えたので、私はそこに胡座をかいて二人を見守った。周りには画材と、お手伝いさんの好意で置かれたお茶や焼菓子まであって、まるでピクニックのようである。

「……で、君はお目付役みたいにずっとそこにいるのかい?」
「当然だ。君みたいに手の早い男と、華夜を二人きりに出来る訳がない」
「!?」
「物騒なことを言わないでくれ。華夜嬢が走って逃げ出しそうな顔になったぞ」
「わ、私は、そんな……!?」

桐原に揶揄われて、華夜の顔が赤くなる。

「ああ、そういう表情もいいですね」

そんな風に褒められ、見詰められて、華夜は益々照れている。

ふと。私は、笑顔のまま昏い感情に囚われた。
華夜の反応に、二人のやり取りに、胸が痛んだのは――どういう訳か。

二人の様子を見ていたら、自分も、今の華夜と同じだったのだろうか、と。
複雑な感情が湧いてきた。

彼のモデルになって、ちょっとした表情の変化を褒められたり、揶揄われたり。

話しているうちに、心の裡を全て把握されているように感じて。
けれど、それが不快ではなかった。
自分を、真に理解してくれるのは、目の前のこの男だけなのではと――

いつの間にかそんな風に思うようになっていた。

……彼にしたら、子供をあやすように簡単なことだったのか?

世間知らずの華族の一人息子。
その心を籠絡することなど、児戯にも等しい遊戯だと、彼からは見えていたとしたら――

……心に浮かぶ暗い考えを、私は振り払った。
何故、急にそんな卑屈な思いに囚われてしまったのだろう。


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