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終章
◆醒めない夢 篇②
「僕こそ済まない――僕は嘘吐きだ。君と比べようもない程の、恥知らずの大嘘吐きなんだ」
「どういう、事だ……?」
「華夜嬢に頼んで、一芝居打ってもらったんだ。僕が、君を裏切って彼女と婚約すると言ったら、君はどうするのか――知りたくて」
想像もしなかった桐原からの告白。
その言葉の意味する所が、私には理解が出来ない。
「それは――どうして、そんな……?」
そう呟いたら、彼は目を見開いて芝居がかった仕種で肩を竦め「分からないのかい?」と言う。彼まで泣きそうな顔だ。
「――僕も君を、愛しているからだよ……!」
――愛している?
君が、私を……?
「嗚呼、信じられないのかい?君に弱味を見せたくなくて、嘘ばかり吐いた僕だから――」
桐原が、両手で私の頬を包み込む。
「千種……どんなに愛していても、決して君は僕のものにはならない。この想いは君を穢すだけだと思った。だから――いっそ、本当に君から華夜嬢を奪って、訣別しようかとも考えたんだ」
目の前の桐原の瞳には、優しさと――愛情が溢れていた。
哀しみも憂いも、昏い陰も。
全てを打ち消す程の情熱が、揺らめいている。
その熱に、私の心はうち震える。
桐原が、私を、『愛している』 と言っている……
――これは。
これは、本当に現実だろうか?
私は……まだ夢を見ているのではないだろうか?
「……夢なら夢だと言ってくれ。幸せの絶頂から突き落とされるのなら、早い方がいい」
俄かには信じられなかった。
新たな涙が溢れてくる。
抱き竦めてくる桐原から、私は逃れようとした。
そんな強情な私を見て、桐原の口元には、いつもの不敵な笑みが戻ってきた。
「……これが現実だと、もっと良く分からせる必要がある……そういう事だな?」
桐原の腕に力がこもった。
ぐいと私を引き寄せる。
顔と顔が近付く。
再び唇が重なりそうな距離まできて――
慌てた私は、桐原の唇に自らの両手を重ねて押し止めた。
「ま、待て!」
「この期に及んで拒絶されたら……今度こそ僕はおかしくなってしまうぞ」
「外から見える、だろう。華夜に――」
「……華夜嬢には、全て話した上で二人きりにしてもらっているんだが?」
それでも涙目で訴える私の姿に、桐原は仕方ないなと笑って、一旦離れていく。サンルームと中庭を繋ぐ境界に向かうと、白い扉をカチャリと閉めた。
そこには、荊の絡む薔薇の意匠を施した鮮やかなステンドグラスが嵌められていて。
傾きつつある西からの強い光を受け――世界を紅に染め上げた。
そうしてから、ゆっくりと私に向き直る桐原の顔に、瞳に、紅い光が踊っている……
――私は、魅入られたように陶然となった。
彼が私の体を強く抱き直した。我慢出来ないというように、性急に唇を重ねてくる。
……お互いの吐息と。
桐原の唇、私の口腔を蹂躙する熱い舌、全てが私の心を溶かした。
堪えきれない激情に支配され、彼の背中に回した指で爪を立てる。
心も体もひとつになって、天へと昇る心地がした……
――この先、私は。
幾度となく、目を醒ませと言われる事になるのだろう。
お前は悪い夢を見ている。
悪魔に誑かされたのだ――と。
その瞳に宿る色。
燃え上がる濃紅。
君は。
楽園の蛇さながらに。
私を誘惑し、禁断の果実を含ませた。
一度口にしてしまえば決して元には戻れない、秘められた叡智と快楽を宿した熟れた果実。
嗚呼――
この先に待つものが、楽園だろうと地獄だろうと構いはしない。
私は、この夢から目醒めるつもりは無いのだから。
それだけが真実だ。
「桐原……」
自分から、更に深く口付ける。
この手を離さないと、そう決めた。
――君は、私だけのものだ。
永遠に――………
【了】
「どういう、事だ……?」
「華夜嬢に頼んで、一芝居打ってもらったんだ。僕が、君を裏切って彼女と婚約すると言ったら、君はどうするのか――知りたくて」
想像もしなかった桐原からの告白。
その言葉の意味する所が、私には理解が出来ない。
「それは――どうして、そんな……?」
そう呟いたら、彼は目を見開いて芝居がかった仕種で肩を竦め「分からないのかい?」と言う。彼まで泣きそうな顔だ。
「――僕も君を、愛しているからだよ……!」
――愛している?
君が、私を……?
「嗚呼、信じられないのかい?君に弱味を見せたくなくて、嘘ばかり吐いた僕だから――」
桐原が、両手で私の頬を包み込む。
「千種……どんなに愛していても、決して君は僕のものにはならない。この想いは君を穢すだけだと思った。だから――いっそ、本当に君から華夜嬢を奪って、訣別しようかとも考えたんだ」
目の前の桐原の瞳には、優しさと――愛情が溢れていた。
哀しみも憂いも、昏い陰も。
全てを打ち消す程の情熱が、揺らめいている。
その熱に、私の心はうち震える。
桐原が、私を、『愛している』 と言っている……
――これは。
これは、本当に現実だろうか?
私は……まだ夢を見ているのではないだろうか?
「……夢なら夢だと言ってくれ。幸せの絶頂から突き落とされるのなら、早い方がいい」
俄かには信じられなかった。
新たな涙が溢れてくる。
抱き竦めてくる桐原から、私は逃れようとした。
そんな強情な私を見て、桐原の口元には、いつもの不敵な笑みが戻ってきた。
「……これが現実だと、もっと良く分からせる必要がある……そういう事だな?」
桐原の腕に力がこもった。
ぐいと私を引き寄せる。
顔と顔が近付く。
再び唇が重なりそうな距離まできて――
慌てた私は、桐原の唇に自らの両手を重ねて押し止めた。
「ま、待て!」
「この期に及んで拒絶されたら……今度こそ僕はおかしくなってしまうぞ」
「外から見える、だろう。華夜に――」
「……華夜嬢には、全て話した上で二人きりにしてもらっているんだが?」
それでも涙目で訴える私の姿に、桐原は仕方ないなと笑って、一旦離れていく。サンルームと中庭を繋ぐ境界に向かうと、白い扉をカチャリと閉めた。
そこには、荊の絡む薔薇の意匠を施した鮮やかなステンドグラスが嵌められていて。
傾きつつある西からの強い光を受け――世界を紅に染め上げた。
そうしてから、ゆっくりと私に向き直る桐原の顔に、瞳に、紅い光が踊っている……
――私は、魅入られたように陶然となった。
彼が私の体を強く抱き直した。我慢出来ないというように、性急に唇を重ねてくる。
……お互いの吐息と。
桐原の唇、私の口腔を蹂躙する熱い舌、全てが私の心を溶かした。
堪えきれない激情に支配され、彼の背中に回した指で爪を立てる。
心も体もひとつになって、天へと昇る心地がした……
――この先、私は。
幾度となく、目を醒ませと言われる事になるのだろう。
お前は悪い夢を見ている。
悪魔に誑かされたのだ――と。
その瞳に宿る色。
燃え上がる濃紅。
君は。
楽園の蛇さながらに。
私を誘惑し、禁断の果実を含ませた。
一度口にしてしまえば決して元には戻れない、秘められた叡智と快楽を宿した熟れた果実。
嗚呼――
この先に待つものが、楽園だろうと地獄だろうと構いはしない。
私は、この夢から目醒めるつもりは無いのだから。
それだけが真実だ。
「桐原……」
自分から、更に深く口付ける。
この手を離さないと、そう決めた。
――君は、私だけのものだ。
永遠に――………
【了】
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