【第一部完結】カフェと雪の女王と、多分、恋の話

凍星

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19 「特別」な想い

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泉水が立つレジからカウンターはコの字状に繋がっているが、泉水の背中が見える真後ろの席に座っていると、案外話しは筒抜けなのである。橘はいつも通り、過剰な親心を発揮してそこで様子をみていた。
藤田が店から帰ったあと、橘はやれやれと溜息を吐き――蓮にメッセージを送った。

『泉水が口説かれている』と。

危機を知らせるつもりだったが、ちょっとは焦らせてやろうという気持ちもあった。

それにしても、数日前に右京から声を掛けられたのには驚いた。
「あの人いつもいますよね」と、泉水に訊いて、自分の存在を認識していたらしい。
橘が泉水の昔馴染みと分かり、愛想よく話しかけてきたのだ。歯科医院の宣伝も兼ねてサービスしますよ、と随分にこやかだったし、蓮のこともしっかり確認してきた。

(――抜け目がないよなぁ。外堀もしっかり押さえておきたいってとこか)

社会的地位も高く社交性もありそうだが……橘にしてみると、どこかうさん臭い印象が拭えない。人にみせている顔が完璧すぎて、かえって性格が分からない気がするのだ。水商売をしていても感情ダダ漏れの誰かさんの方が、よほど信頼できるように思えた。
そんなことを感じつつ、泉水に声を掛ける。

「おい泉水」
「何?彬史あきふみさん」
「お前、本当にあいつと出掛ける気なのか?」

泉水は、少し悩ましげな表情を見せた。

「うん……お土産も沢山もらっちゃった後だったし。最近は職場ぐるみでデリバリーもよく頼んでくれてる超お得意様だし……あの雰囲気じゃ断れなかったよ」
「ちゃんと分かってるんだろうな? 下心丸出しの相手から誘われてるってこと。昔と違って子供じゃないし、俺がとやかく言うことじゃないとは思うが」

そう言われると、改めて思案する様子でこちらに確認してくる。

「――右京さんって……やっぱり、そうだと思う?」
「あれだけ分かりやすく口説いてくる奴も、そうそういないだろうが」

そうかぁ、そうだよねと言いながら頭を掻く泉水は、分かっているのかいないのかはっきりしない態度で、橘の不安を煽った。
同類には敏感な泉水だが、右京からはあまりそういう匂いがしなかったらしく。確かに女性の恋人や妻がいそうな、とてもノーマルな雰囲気があった。

「警戒心が無いってことは、あの男に迫られてもOKってことか?」
「………全然、そこまで考えて無かった。だって右京さん、大人だし礼儀正しい紳士だから警戒する必要なんて、無いと思う。たとえ口説かれてもこっちがきちんと対応すれば大丈夫だよ。彬史さんが言う通り、もう子供じゃないんだから」

泉水はそうきっぱりと言った。
男同士の間の話であまり心配しすぎるのもどうかと思ったのか、お前がいいなら構わないんだが――と言いつつも、まだ気にはなるといった雰囲気で。

「ただ、これまで付き合ってきた相手を考えると、何となくあいつはお前のストライクゾーンぽいよな……年上に弱いのは相変わらずか? このファザコンめ」

そんな風に揶揄われたのが、泉水には意外だった。

「そんなことないから……!年上だからって誰でもいい訳じゃないし、彬史さんにときめいたこととか一切無いし」
「嘘つけ、昔はアキさんアキさんて、うるさく纏わりついてただろうが」
「それは幼稚園とか小学生とか、ものスゴい子供の頃のことでしょうが。遊び相手になってくれたから嬉しかっただけ」

ムキになって言い返す泉水に子供時代を思い出したのか、「昔は可愛いかったよなぁ」と橘が呟く。そんな風に言われると、泉水にも少し切ない気持ちが甦る。
母親は幼い頃にはすでに他界していたし、父はカフェの仕事で一日中忙しかった。
学校が終わったあと、セレスタイトに来て父の仕事を眺めながら閉店まで過ごしていた子供時代。
宿題を手伝ってくれたのも、話し相手になってくれたのも橘だ。
無口な父より、余程泉水のことを分かっているかもしれない。

……だが泉水は、自分のトラウマの原因について橘にも詳しく話してはいない。
いや、橘に限らず――
泉水は誰にも、あの失恋の顛末について話すことが出来なかった。
このことを誰かに話してどう思われるかと考えただけで、心が凍りついてしまう気がした。

自分はとても愚かで――そして、普通じゃないのかもしれないと、思ったから。

幼くて、無知だった。
ただそれだけの事だとそう思うのに、恥ずかしくて怖くて……誰にも話せず、その気持ちを心の底に沈めた。
それが余計に傷を大きく、深くしているとも気付かずに。

トラウマになる事件があったあの時以来、橘に心配されているのは分かっている。詳しく話さなくても、何かあったと気付いてくれているらしい。
親に言えない過去の恋愛話もこれまで色々聞いてもらった仲だ。最近は親離れというか反抗期というか、なんとなく邪険に扱ってしまうのだが、それでも何か悩むことがあれば、最初に相談するのはいつも橘だった。

今でも頼りにはしているのだが、無条件に慕っていた気持ちが少し崩れたのは……橘が官能小説なども手がける作家だと知ってしまった時だった。
もちろん、どんな作品を描くかは人それぞれの個性だ。
自分が大人になった今なら、それで他人への評価を変えるのも酷い話だと思うのだが、なにしろ中学生の多感な時期に、親しい人の裏稼業を覗き見てしまったようなショックがあって……どう接したらいいか分からなくなったのだ。
それに加えて、男女の官能的な濡れ場を読んで何も感じなかった自分に静かな痛みを覚えたこともあり、色々と微妙な気持ちも経験した頃だ。

物思いに耽る泉水をしばらく見詰めていた橘だが、突然、沈黙を破ってとんでもないことを言ってきた。

「……だけどいいのか? 絶対、アイツがうるさく騒ぐぞ?」
「? アイツって?」
「あの、年下のホスト。蓮の奴に決まってるだろ」
「!!」

泉水は一気に顔が熱くなった。

「な、何で、ここで蓮くんの話しになるの?それに名前とか職業まで…!」
「お前達が2人で会話してるのを聞いてたら、色々筒抜けだったし? 随分と仲が良さそうだったからなぁ~? その割には、お前、俺にあいつの話をしないよな。いつものお前の感じ……って気がしたぞ」
「いつもの感じって、何が」
「恋愛してる最中は何も言わない……あの感じだよ」
「れ、恋愛……?!……」

突然過ぎる突っ込みに、泉水は激しく動揺する。

(恋愛……恋愛!? 僕と蓮――くんが?)

これまで、蓮に向かって恋愛感情を見せるなと釘を刺してきた橘だが――ここまで来てその方針を変えたのは、泉水の様子にある種の予感があったからだ。
そして今、顔を真っ赤にして狼狽える反応を見て――

(これはイケると見た)

と、確信する。

「れ、蓮くんは誰にでも優しくて常に女の子に囲まれてる人だし、そんな気ある訳ないから。変なこと言わないでくれる?」
「……本当にそう思うか?」
「えっ?」
「女が好きだからって男がダメとは限らないだろうが。アイツの態度を見て、何も感じなかったのか?」
「……そ、それは――」

そう強く言い切られると、これまでの蓮の様々な言動が違った意味を持って甦ってくる。

毎日の挨拶。
他愛ない会話。
自分のためにセッティングしてくれたような外出。
指にそっと触れた、唇――

“泉水さんの笑顔とコーヒーでリセット出来てる”

“どう責任とってくれるの?”

“泉水さん”

――自分に向けられる好意を眩しく感じていた。
弟のように可愛くて、放っておけなくて、いつの間にか目が離せなくなって。
それに特別な意味があったらいい、と。
心の奥では思っていた。
でもそれは自分に都合のいい妄想で。
現実はそんなに甘くないと分かっていたから、考えないようにしていた。

その感情の全部を――

閉じ込めておかなくてもいいのだろうか。
無いもののように扱わなくても、いいのだろうか……?

込み上げてくる何かに喉が詰まった。
橘に言うべき言葉が見つからず、口を噤んでしまう。

「お前がアイツのことをどう思ってるか、もう一度ちゃんと考えてみろ」
「うん……そう、だね」

ありがとう、と言いかけた時には、橘はカウンターの奥の席に歩いて行ってしまった。

――“おじさん”と言われるのを嫌がって、まだ幼い泉水に「彬史と呼べ」と言ってきた人。
いつも面倒くさいけれど、こんな風に、ごくたまに良いことも言ってくれたりする。
おーい、おかわりと無造作に言われて、あの人のために淹れるコーヒー。
そこには他の人とは少し違う、特別な気持ちが込められている。

そして、蓮のために淹れるコーヒーも。
泉水にとっては最初から特別だったかもしれないと……今更ながら思うのだった。
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