66 / 145
第5章 月下の胎動
◆9 駆け寄る姿
しおりを挟む
そして一夜が明けて。
翌日、日曜日――
開店前のななつ星に、扉を開く大きな音が響いた。
慌てた様子で入って来たのは尊だ。肩で息をしている。
休憩もそこそこに、走って来たのだろうか。
またもやかなり時間が早い。
いつも通りカウンターに立つ蒼真を見つけると、勢いよく駆け寄ってくる。
「蒼真……っ!」
「……いつも騒々しいな、お前は」
来店と同時に一直線に自分に向かって来る尊の行動が、だんだん当たり前になってきていた。
……こうしてその姿に慣れてくると。
何故か、投げたボールを咥えて必死に走ってくる犬のように見えてくるから、不思議だ。
柔らかくて明るい髪の色は、犬種でいうならゴールデンレトリバーのような雰囲気だが……大型犬のイメージではない。体は小さいクセに、自分より大きな相手にも吠えかかる、気が強い小型犬っぽいよな……などと想像したら、自然と笑いが込み上げてしまった。
『自分にとって、尊はどんな存在なのか?』
清和に疑問の種を植え付けられてから、その問いは蒼真の中で「宿題」のようになっている。
改めて、よく考えてみると。
おかしな奴だ――と思う。
自分で言うのもなんだが、こんな危なそうな男に何故そんなにぐいぐい近寄って来たがるのか。
最初にあんな目に遭わされたくせに、そんなことはすっかり忘れたとでもいうのだろうか……?
こちらの物思いなどお構いなしに、着替えを済ませた尊は当たり前のように蒼真の隣りに立った。
「何で笑ってんの?」
「いや……何でもない。お前こそ、またそんなに慌ててどうした? 清和から聞いたところだと、由良は少しへそを曲げてるくらいで……そんなに真剣に怒ってる様子でもなかったらしいが」
「え?あ……そうだった、のか?――そうか、嫌味を言われたくらいで済んだんだから……良かった、ってことなんだよな」
「……?」
蒼真はその反応に違和感を覚えた。やけに大人しいなと思う。
慌ててやって来たわりには、ぼんやりしすぎているような。
――いつもの尊なら。
『お陰様でね!生きた心地がしなかったよ、全くもう』
などと、それくらいは言い返してきそうな所だが。
「何か、あったのか」
「いや何も――そう、何もなかったはず、なんだけど……でも何か、言いたい事があった気がして……慌ててここに来ちゃったんだよな」
「……?よく分からん。一体どういう事だ?」
いやに歯切れが悪く、要領を得ない。
尊の様子も、どこか落ち着きがないように見える。
「うん――彼女とは話した。で、ちょっと怒ってる感じだった。で、働いてる理由とかを説明して、それで納得はしないけど理解はした……って雰囲気になって別れたと思うんだけど。何だか……その後の記憶がぼんやりしてて……気が付いたら家に帰ってた、そんな感じで」
「――どういう事だ?」
「わっ!」
蒼真は尊の顎を、いきなりガッと掴み、上向かせた。
顔をよく見るために、少しクセのある長めの前髪を指で掻き分けた。
人より一段明るい薄茶の瞳。
くるくると表情を変えるその目を覗き込み、意識を集中させて状態を確認した。
――式神を、憑けられている気配はなし。
操作系の術式を仕掛けられている様子も――ない。
そういったものを掛けられているなら、眼の焦点が合わなかったりするのだが、それも無さそうだ。
翌日、日曜日――
開店前のななつ星に、扉を開く大きな音が響いた。
慌てた様子で入って来たのは尊だ。肩で息をしている。
休憩もそこそこに、走って来たのだろうか。
またもやかなり時間が早い。
いつも通りカウンターに立つ蒼真を見つけると、勢いよく駆け寄ってくる。
「蒼真……っ!」
「……いつも騒々しいな、お前は」
来店と同時に一直線に自分に向かって来る尊の行動が、だんだん当たり前になってきていた。
……こうしてその姿に慣れてくると。
何故か、投げたボールを咥えて必死に走ってくる犬のように見えてくるから、不思議だ。
柔らかくて明るい髪の色は、犬種でいうならゴールデンレトリバーのような雰囲気だが……大型犬のイメージではない。体は小さいクセに、自分より大きな相手にも吠えかかる、気が強い小型犬っぽいよな……などと想像したら、自然と笑いが込み上げてしまった。
『自分にとって、尊はどんな存在なのか?』
清和に疑問の種を植え付けられてから、その問いは蒼真の中で「宿題」のようになっている。
改めて、よく考えてみると。
おかしな奴だ――と思う。
自分で言うのもなんだが、こんな危なそうな男に何故そんなにぐいぐい近寄って来たがるのか。
最初にあんな目に遭わされたくせに、そんなことはすっかり忘れたとでもいうのだろうか……?
こちらの物思いなどお構いなしに、着替えを済ませた尊は当たり前のように蒼真の隣りに立った。
「何で笑ってんの?」
「いや……何でもない。お前こそ、またそんなに慌ててどうした? 清和から聞いたところだと、由良は少しへそを曲げてるくらいで……そんなに真剣に怒ってる様子でもなかったらしいが」
「え?あ……そうだった、のか?――そうか、嫌味を言われたくらいで済んだんだから……良かった、ってことなんだよな」
「……?」
蒼真はその反応に違和感を覚えた。やけに大人しいなと思う。
慌ててやって来たわりには、ぼんやりしすぎているような。
――いつもの尊なら。
『お陰様でね!生きた心地がしなかったよ、全くもう』
などと、それくらいは言い返してきそうな所だが。
「何か、あったのか」
「いや何も――そう、何もなかったはず、なんだけど……でも何か、言いたい事があった気がして……慌ててここに来ちゃったんだよな」
「……?よく分からん。一体どういう事だ?」
いやに歯切れが悪く、要領を得ない。
尊の様子も、どこか落ち着きがないように見える。
「うん――彼女とは話した。で、ちょっと怒ってる感じだった。で、働いてる理由とかを説明して、それで納得はしないけど理解はした……って雰囲気になって別れたと思うんだけど。何だか……その後の記憶がぼんやりしてて……気が付いたら家に帰ってた、そんな感じで」
「――どういう事だ?」
「わっ!」
蒼真は尊の顎を、いきなりガッと掴み、上向かせた。
顔をよく見るために、少しクセのある長めの前髪を指で掻き分けた。
人より一段明るい薄茶の瞳。
くるくると表情を変えるその目を覗き込み、意識を集中させて状態を確認した。
――式神を、憑けられている気配はなし。
操作系の術式を仕掛けられている様子も――ない。
そういったものを掛けられているなら、眼の焦点が合わなかったりするのだが、それも無さそうだ。
16
あなたにおすすめの小説
秋月の鬼
凪子
キャラ文芸
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。
安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。
境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。
ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。
常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
【受賞&書籍化】先視の王女の謀(さきみのおうじょのはかりごと)
神宮寺 あおい
恋愛
謎解き×恋愛
女神の愛し子は神託の謎を解き明かす。
月の女神に愛された国、フォルトゥーナの第二王女ディアナ。
ある日ディアナは女神の神託により隣国のウィクトル帝国皇帝イーサンの元へ嫁ぐことになった。
そして閉鎖的と言われるくらい国外との交流のないフォルトゥーナからウィクトル帝国へ行ってみれば、イーサンは男爵令嬢のフィリアを溺愛している。
さらにディアナは仮初の皇后であり、いずれ離縁してフィリアを皇后にすると言い出す始末。
味方の少ない中ディアナは女神の神託にそって行動を起こすが、それにより事態は思わぬ方向に転がっていく。
誰が敵で誰が味方なのか。
そして白日の下に晒された事実を前に、ディアナの取った行動はーー。
カクヨムコンテスト10 ファンタジー恋愛部門 特別賞受賞。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる