【第二部開始】オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい

凍星

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第5章 月下の胎動

◆9 駆け寄る姿

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そして一夜が明けて。
翌日、日曜日――

開店前のななつ星に、扉を開く大きな音が響いた。
慌てた様子で入って来たのは尊だ。肩で息をしている。
休憩もそこそこに、走って来たのだろうか。
またもやかなり時間が早い。
いつも通りカウンターに立つ蒼真を見つけると、勢いよく駆け寄ってくる。

「蒼真……っ!」
「……いつも騒々しいな、お前は」

来店と同時に一直線に自分に向かって来る尊の行動が、だんだん当たり前になってきていた。

……こうしてその姿に慣れてくると。

何故か、投げたボールを咥えて必死に走ってくる犬のように見えてくるから、不思議だ。
柔らかくて明るい髪の色は、犬種でいうならゴールデンレトリバーのような雰囲気だが……大型犬のイメージではない。体は小さいクセに、自分より大きな相手にも吠えかかる、気が強い小型犬っぽいよな……などと想像したら、自然と笑いが込み上げてしまった。

『自分にとって、尊はどんな存在なのか?』

清和に疑問の種を植え付けられてから、その問いは蒼真の中で「宿題」のようになっている。
改めて、よく考えてみると。
おかしな奴だ――と思う。
自分で言うのもなんだが、こんな危なそうな男に何故そんなにぐいぐい近寄って来たがるのか。
最初にあんな目に遭わされたくせに、そんなことはすっかり忘れたとでもいうのだろうか……?

こちらの物思いなどお構いなしに、着替えを済ませた尊は当たり前のように蒼真の隣りに立った。

「何で笑ってんの?」
「いや……何でもない。お前こそ、またそんなに慌ててどうした? 清和から聞いたところだと、由良は少しへそを曲げてるくらいで……そんなに真剣に怒ってる様子でもなかったらしいが」
「え?あ……そうだった、のか?――そうか、嫌味を言われたくらいで済んだんだから……良かった、ってことなんだよな」
「……?」

蒼真はその反応に違和感を覚えた。やけに大人しいなと思う。
慌ててやって来たわりには、ぼんやりしすぎているような。
――いつもの尊なら。

『お陰様でね!生きた心地がしなかったよ、全くもう』

などと、それくらいは言い返してきそうな所だが。

「何か、あったのか」
「いや何も――そう、何もなかったはず、なんだけど……でも何か、言いたい事があった気がして……慌ててここに来ちゃったんだよな」
「……?よく分からん。一体どういう事だ?」

いやに歯切れが悪く、要領を得ない。
尊の様子も、どこか落ち着きがないように見える。

「うん――彼女とは話した。で、ちょっと怒ってる感じだった。で、働いてる理由とかを説明して、それで納得はしないけど理解はした……って雰囲気になって別れたと思うんだけど。何だか……その後の記憶がぼんやりしてて……気が付いたら家に帰ってた、そんな感じで」
「――どういう事だ?」
「わっ!」

蒼真は尊の顎を、いきなりガッと掴み、上向かせた。
顔をよく見るために、少しクセのある長めの前髪を指で掻き分けた。
人より一段明るい薄茶の瞳。
くるくると表情を変えるその目を覗き込み、意識を集中させて状態を確認した。

――式神を、憑けられている気配はなし。
操作系の術式を仕掛けられている様子も――ない。

そういったものを掛けられているなら、眼の焦点が合わなかったりするのだが、それも無さそうだ。


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