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終わらない青空
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――すてきな青空だ。
こんな日はぼんやりと散歩でもしたいところだけど、もうすぐ保育園が閉まってしまう。仕事終わりに自転車をかっ飛ばすのは正直しんどい。でも、早く迎えに行かないとまた拗ねて暴れだす。
私は急いで自転車にまたがると、会社の駐輪場をあとにした。青空が夕焼けに変わっている。きれいなオレンジ色だ。
四歳になる息子は絶賛反抗期中。毎日が戦争状態。夫は仕事でいつも遅いから仕方ないけど、たまには一人の時間がほしい。
でも、私は幸せだ。夫も息子も心から愛している。忙しい毎日だけど、本当に私は幸せだと思っている。ただ、もう少しゆとりがほしいのは確かだけど……。
川沿いの赤信号で一時停止。ふう。水面に夕日が反射しているのが目に飛び込んでくる。キラキラと光っていて、なんとも言えないノスタルジーのような気分になってきた。早く息子に会いたい。そうだ、今日は大好物のから揚げでも作ってあげようかしら。
青信号に変わり、私は足に力を入れてペダルをこぎはじめる。ふと、遠くで人のざわめきが聞こえたような気がした。
その瞬間、景色がスローモーションになった。
私の目の前にトラックがいる。誰かが危ないと叫んでいる。危ないって、それ私のことだよね。おそらくトラックはもの凄いスピードを出している。なのに、私には止まって見える。見えているけど、体もスローモーション。まったく動かない。むしろ固まっている。運転手とばっちり目が合った。おびえるように私を見ている。息が吸えない。あれ、これって私轢かれるんじゃない? 運転手がなにか叫んでいる。逃げなくちゃ、と思ってはいるものの体が反応してくれない。握っているハンドル部分のゴムの触感が嫌に柔らかくあたたかい。ペダルが重たくて一ミリだって動かない。よく見ると、トラックはさっきより私に近づいてきている。もう本当に目と鼻の先だ。痛いのかな。いや、それより、これ死んじゃうんじゃないかしら。だってどう考えたってもう逃げられないし、なにも思いつかない。怖いより不安。目がぴくぴくしている。声を出そうとしているのか、喉に圧力をかけているのが分かる。私の体なのにまるで赤の他人のような感覚。心臓の音が鳴りかけている。音は遅れてやってくるのかな。そういえば、ようやくブレーキの音が聞こえてきそうな気配。タイヤと地面が擦れる音なんてテレビでしか聞いたことないような――。
――大きな音が聞こえた。大木に鉄の塊がぶつかったかのような鈍い音。頭のなかで反響している。なにも見えない。真っ暗だ。そして徐々に音は遠ざかっていった――。
目が覚めた、と言ってのいいのだろうか。気がつくと私は光のなかを漂っていた。いったい、どのぐらいの時間が経ったのだろう。私は死んだのかしら。体は動かない。なにかふわふわと浮かんでいることだけは分かる。目は見えないけど、光だけは感じる。これが死後の世界なのかな。確かに気分は落ち着いている。お風呂に入っているみたいな気分。そういえば、かすかに水の音が聞こえる。もしかしたら私は川に落ちたのかもしれない。そう思って目を無理やり開いてみると、目の前にオレンジ色の光が広がった。
――きれいな夕焼け。
水に溶けている光があたたかくて不思議と気持ちがいい。その向こう側に、夫と息子の笑顔が見えた。私はそれを眺めていた。すると、声が聞こえた。
「おーい、起きろー」
ハッと思って我に返ると、私は自宅の布団のなかにいた。前には夫が立っている。横には息子が寝ている。あれ、ということは夢だったのかしら。……取りあえず、早く仕度しないと遅刻してしまう!
急いで自転車にまたがると私は会社に向かって走り出した。脳裏には今朝の夢がこびりついているが、陽気な天気がそれを忘れさせてくれた。
こんな日はぼんやりと散歩でもしたいところだけど、早く着いておかないと上司に小言を言われてしまう。朝一から自転車をかっ飛ばすのも正直しんどい。
川沿いは朝の光を浴びた水面がキラキラと光っている。とてもきれいだ。心が落ち着く。でもなんだろう。なにか違和感が……。
私はこの景色を、もう何万回も、何億回も見ている気がする。
いや、気のせいだろう。私はトラックになんて跳ねられてもいない。ただの夢なんだ。それにしても今日はいいお天気。本当に――。
――すてきな青空だ。
こんな日はぼんやりと散歩でもしたいところだけど、もうすぐ保育園が閉まってしまう。仕事終わりに自転車をかっ飛ばすのは正直しんどい。でも、早く迎えに行かないとまた拗ねて暴れだす。
私は急いで自転車にまたがると、会社の駐輪場をあとにした。青空が夕焼けに変わっている。きれいなオレンジ色だ。
四歳になる息子は絶賛反抗期中。毎日が戦争状態。夫は仕事でいつも遅いから仕方ないけど、たまには一人の時間がほしい。
でも、私は幸せだ。夫も息子も心から愛している。忙しい毎日だけど、本当に私は幸せだと思っている。ただ、もう少しゆとりがほしいのは確かだけど……。
川沿いの赤信号で一時停止。ふう。水面に夕日が反射しているのが目に飛び込んでくる。キラキラと光っていて、なんとも言えないノスタルジーのような気分になってきた。早く息子に会いたい。そうだ、今日は大好物のから揚げでも作ってあげようかしら。
青信号に変わり、私は足に力を入れてペダルをこぎはじめる。ふと、遠くで人のざわめきが聞こえたような気がした。
その瞬間、景色がスローモーションになった。
私の目の前にトラックがいる。誰かが危ないと叫んでいる。危ないって、それ私のことだよね。おそらくトラックはもの凄いスピードを出している。なのに、私には止まって見える。見えているけど、体もスローモーション。まったく動かない。むしろ固まっている。運転手とばっちり目が合った。おびえるように私を見ている。息が吸えない。あれ、これって私轢かれるんじゃない? 運転手がなにか叫んでいる。逃げなくちゃ、と思ってはいるものの体が反応してくれない。握っているハンドル部分のゴムの触感が嫌に柔らかくあたたかい。ペダルが重たくて一ミリだって動かない。よく見ると、トラックはさっきより私に近づいてきている。もう本当に目と鼻の先だ。痛いのかな。いや、それより、これ死んじゃうんじゃないかしら。だってどう考えたってもう逃げられないし、なにも思いつかない。怖いより不安。目がぴくぴくしている。声を出そうとしているのか、喉に圧力をかけているのが分かる。私の体なのにまるで赤の他人のような感覚。心臓の音が鳴りかけている。音は遅れてやってくるのかな。そういえば、ようやくブレーキの音が聞こえてきそうな気配。タイヤと地面が擦れる音なんてテレビでしか聞いたことないような――。
――大きな音が聞こえた。大木に鉄の塊がぶつかったかのような鈍い音。頭のなかで反響している。なにも見えない。真っ暗だ。そして徐々に音は遠ざかっていった――。
目が覚めた、と言ってのいいのだろうか。気がつくと私は光のなかを漂っていた。いったい、どのぐらいの時間が経ったのだろう。私は死んだのかしら。体は動かない。なにかふわふわと浮かんでいることだけは分かる。目は見えないけど、光だけは感じる。これが死後の世界なのかな。確かに気分は落ち着いている。お風呂に入っているみたいな気分。そういえば、かすかに水の音が聞こえる。もしかしたら私は川に落ちたのかもしれない。そう思って目を無理やり開いてみると、目の前にオレンジ色の光が広がった。
――きれいな夕焼け。
水に溶けている光があたたかくて不思議と気持ちがいい。その向こう側に、夫と息子の笑顔が見えた。私はそれを眺めていた。すると、声が聞こえた。
「おーい、起きろー」
ハッと思って我に返ると、私は自宅の布団のなかにいた。前には夫が立っている。横には息子が寝ている。あれ、ということは夢だったのかしら。……取りあえず、早く仕度しないと遅刻してしまう!
急いで自転車にまたがると私は会社に向かって走り出した。脳裏には今朝の夢がこびりついているが、陽気な天気がそれを忘れさせてくれた。
こんな日はぼんやりと散歩でもしたいところだけど、早く着いておかないと上司に小言を言われてしまう。朝一から自転車をかっ飛ばすのも正直しんどい。
川沿いは朝の光を浴びた水面がキラキラと光っている。とてもきれいだ。心が落ち着く。でもなんだろう。なにか違和感が……。
私はこの景色を、もう何万回も、何億回も見ている気がする。
いや、気のせいだろう。私はトラックになんて跳ねられてもいない。ただの夢なんだ。それにしても今日はいいお天気。本当に――。
――すてきな青空だ。
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