詩「昭和のカラス」

有原野分

文字の大きさ
上 下
1 / 1

昭和のカラス

しおりを挟む
青白い現場監督の背中にかぶさるあの天女の入れ墨は先
 日の人為的な洪水で真夜中の月に栽培したマリファナ
 をつつくカラスだ。

――扉を叩く音が三回……

さようなら玄界灘あの海から流れていった黄色の風と青
 い草花と死をも恐れない灰色の木漏れ日よ私は忘れな
 いあの鏡のような非道徳を。

     (どうか居留守を――)

白い粉だったと気がついた暁の肌にガラス細工のシャン
 デリアが揺れに揺れて爆発しそうなエンジン音の上で
 せせらぎのように抱きしめて。

               「……息を殺して……」

私たちはみな惨めな春を売る大陸の血だ太陽が昇る前に
 洞窟は海の底に沈む毎日の夢だから白昼堂々のノック
 の音にもう怯えることはない。

……――。

遠ざかっていく月光の滴るような音楽に合わせて赤黒い
 整体師の腕が老木の折れそうな枝を口という口に食べ
 始める蝉の幼虫と空気の底でさようなら。

……。

気まぐれな処世術の半回転先の焼き色に憤慨する自称教
 師の夢は非暴力のユートピアだった机の下に隠れてい
 る黒猫と一緒に踊るかすかな陽光に涙して。

――扉を叩く音が三回……

鳴りやまない目覚まし時計の影に隠れたそれは押入れの
 中の番の鳥といかにも足の折れそうな細い足に浮かび
 上がる般若の入れ墨をつつくカラスと共に。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...