ショートショート「穴を持つ男、散歩する、ハサミ男に出会う」

有原野分

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穴を持つ男、散歩する、ハサミ男に出会う

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 夜が嫌いになったのはお金がなくてコンタクトからメガネに変えてからだったように思う。だからといって別に朝が好きになった訳じゃないけど、分厚いレンズを通してみる夜はあれほど色気に満ちていた世界から俺を追放しやがったんだ。今では夜はただの暗い世界で、少しだけ怖い世界になってしまった。
 別にお化けなんて信じちゃいないけど、俺はお化けよりも怖い存在を知っている。どこかで聞いたことがあるかもしれないけど、そいつは「ドリル男」って呼ばれていて、なんと右手の小指がドリルなんだ。
 いや、だから、ドリルだよ、ドリル。そう、あの穴を空けるための道具だよ、そうそう、バカじゃないんだからしっかりしてくれよな、まったく。
 ところで、このインタビューって本当に謝礼出んの? ちなみにいくらぐらい? インタビューとか言って本当は変なことするんじゃねえの? だってあんたそういう顔してるよ。うん、俺に似てて男前って意味だよ、怒るなよそんなに。
 話を戻すけど、ドリル男の存在を知ったのは夜の散歩から昼の散歩に切り替えたときだった。夜は暗くて見えないけど、昼間はありがたいことに明るいから世界がよく見える。しかもタダ。そんでいつものようにご近所らへんをフラフラと歩いていたら、塀とかコンクリートとかガードレールに奇妙な穴がたくさん開いている通りがあって、なんじゃこりゃと思いながら穴を眺めていると声を掛けられたんだ。「どう、この穴?」って。俺もびっくりしちゃってつい「いいんじゃない?」と答えたんだ。するとそいつがおもむろに右手を前に突き出して、見ると小指がドリルだったんだ……。

 あんなに怒られたのはAmazonの倉庫でピッキングのバイトをしているときに知り合った元相撲部のやつに借りたプログレのCDをついメルカリで売ってしまったとき以来だ。それにしてもいい大人があんなに怒鳴る姿はいつ見ても面白いし、そんなに怒らなくてもいいのになぁと他人事のように思ってしまう。つまり俺は冷めているんだ。どうしようもなく。アイツらが都市伝説についてインタビューしてるっていうから親切に自分の目で見た話をしてやったのに、なんなら俺自身に空いている穴を見せてやろうとすら思っていたのに、まったく残念だ。結局特になにか起きる訳でもなく、お金を貰える訳でもなく、また町をブラブラすることになったんだけど、やっぱりいつ見ても昼間の町はキラキラと光で満ちていて、影になっている部分がまるで追いやられた夜のように見えるから、俺はざまあみろという気持ちで煙草を吸うんだ。ふぅ。

 穴の空いた左手を夏の太陽にかざす。穴の向こう側に煙を吐く。すると煙はマジックのように消えてしまう。
 他にも色々と実験した。鉛筆のようにつながっているものはただ貫通するだけでなにも起こらないけど、向こう側に投げ入れた瞬間にその物体はパッと消える。そしてどこにいったのかはもう俺には分からなくなる。ある晩、俺は酔っ払った勢いで小銭をじゃらじゃらとしていたんだ。すると五百円玉がするっと落ちて掴もうとしたら穴の中にすっぽり入っちゃって、消えてしまったんだ。そりゃもう泣いたよ。あれがあれば煙草も買えたし、煙草が買えたらこんなにイライラもしてないだろうし、イライラしてなかったらきっとさっきのインタビューもいい感じになっていたはずだし、いい感じになればお金だって貰えたはずで、お金があれば人生のほとんどはうまくいくはずだったから。
 公園のベンチに座る。ぼんやりとホームレスとか親子とか草とか石とか目に飛び込んでくる景色を眺める。ただ眺める。本当に眺めているだけだ。その瞬間、俺は閃いた。隠しカメラみたいななんかそんなもんを買って手のひらの穴に入れてみたらどうなるんだろうかって。
 もしかしたらあっちの世界が見えるかもしれない。でも待てよ、と俺は酒と煙草と違法ドラッグで魚のように小っちゃくなった脳みそで考える。もし消えるだけでなにも映らなかったら、買うだけ損じゃないか、と。だってただでさえ金はないし、そもそもどこで買えばいいのかも分からないし、だいたいどんなものを買えばいいのかも分からない。いや、その前に好奇心で動けるほど俺には根本的なやる気がない。エネルギーが常に枯渇しているんだ。こうなりゃ煙草を吸うしかない。ふぅ。

 しばらくしてパチンコでも行って玉をくすねようかと思案していると、公園の入り口に異様な雰囲気の男が立っているのが見えた。このくそ暑いってのにパーカーを着てフードまで被ってやがる。ありゃきっと変人だ。もしくは中二病。ほら見ろ、あの歩き方、まるでアウトレイジ気取りだよ、嫌だね、ポケットに手なんか突っ込んじゃって。ん、それにしてもなんでこっちに来るんだよ、おいおいやめてくれよ面倒くさい。俺は適当に生きれたらそれでいいんだよそれで。しかしその男は俺の目の前まで来ちゃったから、もうしょうがない。どうせなら楽しもうか。タダだし。
「おい、お前だろ?」
「は、お前誰だよバカ」
「いいや、お前だね」
「なにがだよボケ死ね」
 すると男はフードを取った。俺はその顔に驚いた。確かに異様なほどの切り傷はなにかで隠さないと目立って仕方ないとしても、俺はその顔に見覚えがあったのだ。
「お前、アマゾンの……」
 男はアマゾンの倉庫で出会った元相撲部の男だった。道理で鼻息が荒い訳だ。
「お前、いい加減返せよ! あのCD限定のライブ盤だからもう手に入らねえんだよ! それなのにお前急にバイト飛びやがって、いくらLINEしても既読になんねえし、ほんとクズ野郎だな」
 その通りだと思う。俺はクズだ。でも今の俺はただのクズじゃない。今の俺は穴のあるクズ男なんだ。
 俺は手のひらに空いた穴を男に見せた。驚いたことに、男はそれを見て、ポケットに突っ込んでいた手を出して言った。
「俺はハサミだ。この穴野郎」

 それから俺たちは飲みに行った。飲みに行ったのはいいけど、飲み過ぎて前後の記憶がごっそりない。だからアイツの左手にあったハサミの部分を見て「それシザーハンズのパクリじゃん」と言って怒らせたところまでしか記憶がないんだけど、それでも不思議な光景だった。人差し指と中指がハサミとかどんだけ不便なんだよ、かわいそうに。
 俺は煙草が吸いたくなって目を開ける。そこでいつもと天井が違うことに気がついた。ここ、どこだ、と言いかけて、全身に痛みが走った。事故にでも遭ったのかもしれない。そして誰かに運ばれて、いやその前に、ここはどこだろう。奥からカチャカチャと音が聞こえる。嗅いだことのある匂いが漂ってくる。
「起きたか?」
 ハサミ男だった。俺はがっかりした。なにかの間違えで女でも出てきてくれたら絵になったのに。俺は頭を掻きむしって煙草を吸う。そこでもう一度驚いた。左手にあった穴が消えていたのだ。その様子を見てハサミ男が口を開く。
「お前の穴移動したんだよ。昨日一緒に見てただろバカ」

 ハサミ男曰く、俺は酔い過ぎて歩けなくなり、急に道路に転がりだして酔っ払いのおっさんの自転車に轢かれて気を失ったそうだ。そこで仕方なく自分の部屋に連れて来て介抱していると俺が急にゲロを吐くもんだから、腹が立ってハサミを腕にぶっ刺したそうだ。なんでもアイツのハサミはとてもよく切れるから、俺の腕はスパッと切れて血がぶわっと噴き出してきて焦った俺とアイツはただオロオロとしていたんだけど、そのとき俺がなにを思ったのか穴の淵に指を引っかけながら「いいからお前も引っ張れデブ!」と叫び二人で穴を引っ張っていたら、穴が少しずつ移動し始めてついには腕の傷のあるところまできて、そして傷跡を穴で埋めたそうだ。
 腕を見ると確かに傷跡があったであろう部分に穴が空いていた。大きな穴が。手のひらと違い腕は太いからその分穴も深く見える。
「んでそのまま寝たんだよボケ。ゲロと血の掃除ほんとだるかったわ」
 だから俺はまたどこかのタイミングでコイツから飛ぼうと思っている。CDも返せないし今回の恩も返せそうにないから。とりあえずせっかくだしコーヒーでも貰おうかな。牛乳? バカ言うな。俺は豆乳派なんだよ。そしてコーヒーを飲みながら俺はその傷がいったいどこに消えたのかを一瞬だけ考えたけど、テレビの音に意識を遮られたから考えるのを辞めた。テレビからは糞みたいなインタビュアーが街の都市伝説について聞き込みをしていた。
「怪奇! ドリル男現る!」
 バカ野郎、こっちは穴男とハサミ男だよ。そしていつもの癖で煙草の灰を手のひらの穴に捨てようとしたけど穴がないことをすっかりと忘れていたから、俺はあちっあちっと一人でバカみたいな声を出したのだった。ふぅ。
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