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唐突に梅雨
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唐突に言うと俺は、「喧嘩はしたくない」が本音だと思うのだが、酒の肴が不味いせいか又は酒そのものが不味いのか、それとも俺がマズイのか、また喧嘩が始まった。付き合いだして三年にもなるとお互いそれなりに相手の事も分かるってもんだが、それがあまり良くない事にもなる。何気ない一言はいつまで経っても逆鱗をくすぐるみたいだ。親しき仲にも礼儀あり?チクショウが、などと考えていると彼女がトイレから戻って来た。まだ雨は降ってるかな?と言い席に座る彼女の横には半分濡れた革製の子犬のような鞄がキョトンと座り、もはや水を弾くのさえ億劫そうなくたくたのビニール傘が立て掛けてある。
梅雨。
「ところでさ、さっきの続きだけどどうして喧嘩になるんだろうね。昔は喧嘩なんて殆どしなかったのにさ。それに、」と言いかけて、
「なんでまた昔を引っ張りだすの?また昔話の続きでもして腹の立つ得意げな顔でもして私を小馬鹿にするの?ほんっとに昔っから相変わらずね」
「ちょっと待てよ。そーいうことを言いたいんじゃなくてただ俺は何でそんなに怒ってんのって聞いてんだよ」
「その言い方がうざい」
と来るもんだから俺はトイレに逃げる。昔と相変わらずに。
横で小便している中年のオヤジが痰を吐く。俺も釣られて吐く。居酒屋のトイレで話合えば色々溜まったもんが吐けるんじゃねーか?とかなんとか。阿呆みたいに明日は何時に起きて何時に仕事に行って何時に終わるっけ?とかなんとか。そういえば、またあいつにメール返すの忘れてたわ、とか考えてたら外の雨の音がふと耳に飛び込んできた。ふとほんの一瞬だが、本当に一瞬だが、その時、この世界が止まった気がした。自分が無くなった。自分が消えた世界。まるで幼稚園から母と手を繫いで帰宅する時のように。それでも世界は回り皆は息をしている。思い出したかのように呼吸をした。吸って吐いて。風が耳から、音が頭から流れてくる。少しだが優しい様な慈悲深い気持ち。そっと呟いてみた、ごめんな。いまなら言える気がした、ありがとうと。そして席に戻る。
ただいま、席に戻ると不思議とアルコールが全てを乱暴に吹き飛ばした。
「ありがとう」なんて言えねーわな。
目を覚ましたのは昼過ぎの蒸し暑さのせいと、昔の友達(今はさらさら友達ではない)と懐かしい小学校の校舎の断片とゴキブリの夢のせいだった。高校三年生なのになぜか小学校の教室にいる俺とあいつ。先生に言われる「お前たちは一年生からやり直し」と。妙に粋がって一年の初々しい教室にずかずか入る。んで確か、そのあとは、なんだったけ?ゴキブリはどこで見たっけ?などと考えながら煙草を吸う。外はまだ雨だ。「洗濯もできねーわ」とぼやきまた横になる。
頭が痛い。胃が重い。体がほてってしょうがない。また飲みすぎた。昨日は言い過ぎたかも?いつ別れたかも覚えていない。すっきりしねー酒だ。携帯を見るが着信も糞もない。が、リダイヤルを見ると何人かの野郎友達に電話していたみたいだ。申し訳ない気持ちと恥ずかしさからかすぐに携帯を閉じ、煙草を押し消し、目をつぶる。忘れたい。よし見なかったことにして違うこと考えよう、なんて、軽い馬鹿な自分が嫌になるのが怖いから空想する。
よし、空を飛ぼう。まずは雲まで揚がって風に乗ろう。でも何の力で飛ぼうかな?翼は重そうだし超能力も頭がだるくなりそうだ。まぁいいか。漫画の世界じゃ皆自由に飛んでる事だし。空から街を見下ろすとそこには綺麗な夜景が広がる。一人一人がその光の中で生きているんだろう。こんなに人がいるのが謎で仕方がない。速度を上げてどこか行こう。遠くへ。そうだ、海でも行ってみるか。ん、そういえば昔はよく海で遊んだな。久し方帰っていない地元まで行ってみるか。そういえば昔好きだったあの子は何をしているんだろう。…行ってみるか。ユーモレスクが響き渡る部屋の片隅できっと、泣いているんだろうな。その横で旦那さんが腹ぁ搔きながら寝ているんだろうな。世界は空想すら超えるから世界なんだろう。なんて悲しいんだ。なんて偉大で美しいこのご時世。まだまだ、まだまだ一緒に、ずっとそばに居れたらな。もっと優しくなれたらな。ただただ君を抱きしめたい。
あー暑い。ファック。
夕方の貧乏臭い西日で目が覚めた。鳥が鳴いている。雨があがったみたいだ。
シャワーを浴びて洗濯機を回し、近所のコンビニへ弁当でも買いに行く。かつ丼とカップ麺、煙草とお茶とコーヒーと、彼女の好きなチロルチョコを2、3個。帰る途中で野良猫を見た。水たまりをよけた。犬の散歩をする太っちょのおばさんとすれ違った。ビニール袋がかさかさなっている。雀が飛んで行った。俺は立ち止って辺りを見回した。また歩く。かさかさ音が鳴る。ポケットの携帯を取り出し、彼女に電話を掛ける。言いたい事が沢山あるんだ。
電話は繋がらなかった。
梅雨。
「ところでさ、さっきの続きだけどどうして喧嘩になるんだろうね。昔は喧嘩なんて殆どしなかったのにさ。それに、」と言いかけて、
「なんでまた昔を引っ張りだすの?また昔話の続きでもして腹の立つ得意げな顔でもして私を小馬鹿にするの?ほんっとに昔っから相変わらずね」
「ちょっと待てよ。そーいうことを言いたいんじゃなくてただ俺は何でそんなに怒ってんのって聞いてんだよ」
「その言い方がうざい」
と来るもんだから俺はトイレに逃げる。昔と相変わらずに。
横で小便している中年のオヤジが痰を吐く。俺も釣られて吐く。居酒屋のトイレで話合えば色々溜まったもんが吐けるんじゃねーか?とかなんとか。阿呆みたいに明日は何時に起きて何時に仕事に行って何時に終わるっけ?とかなんとか。そういえば、またあいつにメール返すの忘れてたわ、とか考えてたら外の雨の音がふと耳に飛び込んできた。ふとほんの一瞬だが、本当に一瞬だが、その時、この世界が止まった気がした。自分が無くなった。自分が消えた世界。まるで幼稚園から母と手を繫いで帰宅する時のように。それでも世界は回り皆は息をしている。思い出したかのように呼吸をした。吸って吐いて。風が耳から、音が頭から流れてくる。少しだが優しい様な慈悲深い気持ち。そっと呟いてみた、ごめんな。いまなら言える気がした、ありがとうと。そして席に戻る。
ただいま、席に戻ると不思議とアルコールが全てを乱暴に吹き飛ばした。
「ありがとう」なんて言えねーわな。
目を覚ましたのは昼過ぎの蒸し暑さのせいと、昔の友達(今はさらさら友達ではない)と懐かしい小学校の校舎の断片とゴキブリの夢のせいだった。高校三年生なのになぜか小学校の教室にいる俺とあいつ。先生に言われる「お前たちは一年生からやり直し」と。妙に粋がって一年の初々しい教室にずかずか入る。んで確か、そのあとは、なんだったけ?ゴキブリはどこで見たっけ?などと考えながら煙草を吸う。外はまだ雨だ。「洗濯もできねーわ」とぼやきまた横になる。
頭が痛い。胃が重い。体がほてってしょうがない。また飲みすぎた。昨日は言い過ぎたかも?いつ別れたかも覚えていない。すっきりしねー酒だ。携帯を見るが着信も糞もない。が、リダイヤルを見ると何人かの野郎友達に電話していたみたいだ。申し訳ない気持ちと恥ずかしさからかすぐに携帯を閉じ、煙草を押し消し、目をつぶる。忘れたい。よし見なかったことにして違うこと考えよう、なんて、軽い馬鹿な自分が嫌になるのが怖いから空想する。
よし、空を飛ぼう。まずは雲まで揚がって風に乗ろう。でも何の力で飛ぼうかな?翼は重そうだし超能力も頭がだるくなりそうだ。まぁいいか。漫画の世界じゃ皆自由に飛んでる事だし。空から街を見下ろすとそこには綺麗な夜景が広がる。一人一人がその光の中で生きているんだろう。こんなに人がいるのが謎で仕方がない。速度を上げてどこか行こう。遠くへ。そうだ、海でも行ってみるか。ん、そういえば昔はよく海で遊んだな。久し方帰っていない地元まで行ってみるか。そういえば昔好きだったあの子は何をしているんだろう。…行ってみるか。ユーモレスクが響き渡る部屋の片隅できっと、泣いているんだろうな。その横で旦那さんが腹ぁ搔きながら寝ているんだろうな。世界は空想すら超えるから世界なんだろう。なんて悲しいんだ。なんて偉大で美しいこのご時世。まだまだ、まだまだ一緒に、ずっとそばに居れたらな。もっと優しくなれたらな。ただただ君を抱きしめたい。
あー暑い。ファック。
夕方の貧乏臭い西日で目が覚めた。鳥が鳴いている。雨があがったみたいだ。
シャワーを浴びて洗濯機を回し、近所のコンビニへ弁当でも買いに行く。かつ丼とカップ麺、煙草とお茶とコーヒーと、彼女の好きなチロルチョコを2、3個。帰る途中で野良猫を見た。水たまりをよけた。犬の散歩をする太っちょのおばさんとすれ違った。ビニール袋がかさかさなっている。雀が飛んで行った。俺は立ち止って辺りを見回した。また歩く。かさかさ音が鳴る。ポケットの携帯を取り出し、彼女に電話を掛ける。言いたい事が沢山あるんだ。
電話は繋がらなかった。
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