恋は止まらない

空条かの

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12話

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暖かい太陽の光、遠くから微かに聞こえてくる波の音、俺はふかふかの布団の中で気持ちよく目が覚めた。昨日は夕日色に染まっていた海が今朝は透けるような青色に変わっている。一分一秒も待てない。俺はパジャマのまま屋敷を抜け出していた。
浜辺までほんの数分、俺は波打ち際まで走った。

「海だ~~~~~!」

なんとも情けないが俺の感想第一声がそれだ。だってしょうがないよな、海見るのって中学一年生以来なんだし、しかも石なんかがゴロゴロしてない白いさらさらの砂浜に遠浅の海。どこかのリゾート写真の海が俺の目の前に広がってるんだから、興奮しないほうが変だ。

「やっぱ、着替えてくれば良かった……」

半そで長ズボンのパジャマの俺は着替えの時間をケチったことを後悔した。でもここまで来ちゃったことだし、俺はズボンの裾をたたみ短くすると靴を脱ぎ捨て海に足を入れた。冷たいかと思われた海は意外と温かく、近くで小さな魚が泳いでたりもした。

「なにかいるのかい?」

小さな魚を覗き込んでいた俺は突然掛けられた声に振り返る。いつの間にやってきたのか浜辺には雨宮がいた。

「雨宮おはよう。ここに魚がいるんだ」
「おはよう悠ちゃん。楽しそうだね」

両手を組んで立っている雨宮に俺は走りより、

「ここの魚って食べられるのか?」

なんて、尋ねる。

「もう少し沖のほうに行けば大きな魚がいると思ったけど……、そうだ後でこの海に潜ってみるかい?」
「潜るって?」
「スキューバダイビング」

ウインクつきで言われた言葉を理解するのに約三秒。普段聴きなれない横文字はどうも苦手だ。でも日本語に訳したら『自給式水中呼吸装置を用いた潜水』余計分からないな……
変な間を空けてしまってから、俺は両手を叩いて自分なりに納得。

「雨宮って潜れるの?」
「こう見えても海関連のライセンスは結構持ってるんだよ」
「でも俺素人だよ」
「私が教えてあげるから大丈夫」

青い青い海に潜れる! 俺はうれしさのあまり雨宮に抱きついて喜んでいた。俺ってやっぱり小さな子供かも……、精神的に……。

「もう悠ちゃんてば可愛い」
「……んっ」

俺は雨宮に抱きしめ返されて唇を雨宮の唇で塞がれた。早く離れようともがくが、雨宮の馬鹿力でしっかりと抱きしめられててびくともしない。

「……何考えてんだ雨宮!」

ようやく離された口から出た言葉はいつもの文句。そして決まって雨宮が冗談交じりで悪戯を仕掛けてくる……、はずなのに、雨宮はそのまま俺の肩に顔を埋めた形でもたれかかってきた。

「このままじゃ……、私は壊れてしまうよ……」

俺の耳元で消え入りそうな声が聞こえた。動きを止めた俺は、泣いているんじゃないかと思えるほどに大人しくなった雨宮の次の言葉に耳を傾けていた。

「……消えてしまおうか」
「……雨宮?」

本当に消えてしまいそうな雨宮の声に俺は声を掛けずにはいられなかった。さっきまで元気に聞こえていた波の音までもが静かに耳に届いていた。

「さぁ~てと、そろそろ朝食の準備も終わったかな? 悠ちゃんもお腹空いたでしょう。ご飯食べたらみんなで海に行こうね」

いきなり俺から離れた雨宮は、いつもと変わらない明るさで俺をヒョイッと抱き上げた。

「ちょ……、雨宮下ろせって……」
「悠ちゃんは大人しく抱っこされてなさい。じゃないとこのまま落っことしちゃうよ」

いくら下はさらさらの砂浜でもやっぱり落ちたら痛そうだ。俺はしぶしぶ抱っこされてやった。さっきの雨宮の言葉の意味を聞いてみたいけど、聞いてはいけない気がして俺は何も聞けずに屋敷まで戻ってきていた。
ご飯を食べたあとは、雨宮の行ったとおり俺たちは海に潜りに出かけた。その間も帰ってきてからも雨宮はいつものお調子者の雨宮だった。





◆◆◆
それは、全く予想できない出来事だった。



ダンッ

「せ、先生?!」

解熱剤を持ってきてくれた保険医が突然ぶっ倒れ、ベッドに横になっていた生徒は、慌てて駆け寄る。
真っ赤な顔をして倒れたのは、雨宮先生だ。

「参ったね……」

ゆっくりと身体を起こした雨宮は、くらくらする頭を抱えて、駆け寄ってきてくれた学生に苦笑して見せた。

「大丈夫ですか?」
「風邪を甘くみすぎたみたいだ」

そう、雨宮は今朝、少し熱があったが、大事な会議があり、大丈夫だろうと出勤してきてしまったのだ。
まさか一気にここまで熱が上がるとは、と、自分のふがいなさに嫌悪する。
しかもだ、学生の方も高熱がある。起き上がるもの大変だろうと、ひとまず生徒優先を選択する。

「ごめんね、先生は大丈夫だから、ベッドに戻って」
「で、でも……」
「病人はちゃんと寝る、いい? 歩けないなら、先生がお姫様抱っこしてあげるけど」

可愛くウインクまでつければ、学祭は悪寒が走り、ベッドへとフラフラと戻っていく。
雨宮は体温計を探し、自身の熱を測り、うんざりする。


『39度』


「本気でまずいね……」

奥で寝ている学生を放って早退するわけにもいかず、雨宮はとりあえず、怠い身体を引きずって、ドアに『本日、不在』の看板を下げた。
学生にはさきほど解熱剤を投与したので、少し寝れば熱も下がり帰宅できるはずだが、それまで自分が持つか不安だった。
眠くなる成分が入っているため、自身は薬を飲めず、雨宮は愛車のキーを眺めた。別に学校に車を置いて、タクシーで帰ってもいいが、明日の朝、使用する予定があるので、出来れば乗って帰りたいのだ。

「さて、どうする?」

車のキーをクルクルと指で転がしながら、雨宮は徐々に重たくなる身体を背もたれに預ける。





「……ん、ぅ」

いつの間にか眠ってしまったのか、それとも気を失っていたのか? 雨宮が目を覚ましたのは2時間後だった。
しかもだ、視界に写ったのは天井。

「冷たい?」

先程より少し体調も回復し、雨宮が身体を起こせば、額から冷たいタオルが落下。
これは? と、状況を整理すると、おそらくここで寝ていた学生が、椅子で眠っていた雨宮をベッドに運び、タオルを濡らして熱を下げてくれたと推測される。
おかげで体調がいい。

「ふふ、可愛いことしてくれるね」

冷たいタオルを手にして、雨宮は誰かに看病されたのはいつぶりだろうか、なんて、つい笑みが溢れた。
しかもだ、近くのテーブルには、スポーツドリンクと、栄養ドリンク、おまけに桃缶があった。



『雨宮先生へ
ものすごい熱があったので、とりあえず冷やしました。』
良かったら食べてください。
ありがとうございました』



メモ帳に残されたメッセージに、雨宮はますます口元が緩む。

「ほんと、可愛い子だなぁ」

こういうときは、誰か呼んでくるのが定番だけど、まさかの看病と優しい気遣い。
確かに、弱ってる姿を他人に見られたくはない。

「人に優しくしてもらったのって、久々すぎて、泣きそうだよ……」

雨宮家は、基本厳しい。桃缶なんて初めて食べると、雨宮は嬉しそうに鞄にしまい、体調がいいうちに、早退しようと決めた。

つまり、これが南との出会いだった。
それから雨宮は南悠太を探し当て、追っかけてるうちに、思いを募らせていった。
どんなにしつこくしても、南は軽蔑したりせず、いつも構ってくれる。その上、こんな自分にも優しい。
もともと男の子に興味がある自分なんだから、好きにならないわけないよね。
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