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特別な存在
#2
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ざわざわと教室がざわめく。
今日、琥珀が転校するからだ。
違うクラスなのに、この教室でも琥珀が転校することがここ最近の一番の話題となっていた。
「今日なんだってー吾妻屋くんが転校するの」
「えー!もっと先だと思ってた。凄く急なんだね」
「そりゃそうだよね、だって吾妻屋くんαだったんだもん」
「やっぱりねー。吾妻屋くんがβなのおかしいと思ってた。あれだけイケメンで何でもソツなくこなしちゃうし」
「αの学校に転校するんでしょ?」
「αとΩの学校ね。はーこれで吾妻屋くんもΩのモノになっちゃうなぁ残念」
「どちみちβの私たちなんて眼中ないって」
「それもそうねー」
そう、琥珀はαだった。
この間、再検査を受けて、そこで琥珀がα性だと結果が分かったのだ。
そこからの話はさっき女子たちが話していた通りで、αにはα専門の学校が設けられている。
その学校に琥珀は転校を余儀なくされた。
ここに居てもαは力を発揮できない。
αは優秀だからこそ、その手の道を進むために特別なカリキュラムを受ける事が政府の意向だ。
本来は10歳の時に結果を受けたαとΩがその学校に入れられるはずが
こうしてたまに普通の学校でαが出てしまう事が起きる。
その為、αだと分かった生徒は早急に転校の手続きをさせられる。その手続きには本来は一か月くらいを要すると聞いた。
しかし琥珀の場合のみ、そこまでの期間も設けられなかった。
琥珀の両親はαの父親とΩの母親だった。
父親は大きい病院の院長でもあった。
最初の診断結果の時、琥珀がβだと知った父親は酷く落ち込んだそうだが、これで晴れて自分の息子がαだと分かり
すぐにでも転校させてほしいとの両親からの打診があったそうだ。
そして、検査結果から僅か一週間足らずで琥珀はこの学校を去る事となった。
俺はふと外を見た。
青い空が広がるのをぼーと眺め、そしてあの日の事を思い出していた。
「樹」
「んー?なに?どした?」
それはバース検査を受ける日だった。
バース検査をすると学校から聞いたのは、検査の前日だった。
俺は予め佐々木から噂を聞いていたので心の準備は出来ていたが他の生徒はざわついていた。
αだったら、Ωだったら、どうしようと。
ざわついていても、基本そのノリは軽い。
ここにいる全員、自分がβだと疑っていない。そんな雰囲気。
当の俺だって自分はβ以外あり得ないと思っている口だ。
だがそんな中、俺は琥珀に空き教室へと連れてこられていた。
「樹は今日、バース検査があるって知ってた?」
「あー、うん。この間佐々木から聞いたから、近いうちにあるんだろうなとは思ってた。
学校から通達受けたの昨日だからな、まぁみんなびっくりするよな。あ、しかも琥珀は昨日体調不良で休んでたから今日知った?」
「…そう。なんで…」
「ん?」
「なんで言わなかった」
「だってそんなの言っても言わなくても同じじゃん?それに本当にあるかどうかも分かんなかったし」
「同じじゃない」
「えっ」
急に琥珀が怒気を含んだ声を発した。
長年一緒にいるけど、琥珀がこんなにも感情を露わにしたのは初めての事な気がする。
「同じじゃないよ。知ってたら俺は、また…」
何かを察知したかのように琥珀は顔をその手で覆った。
まるで何かに捕まったような、絶望したようにその場から動かなくなった。
「…琥珀?おい、大丈夫か?お前、まだ体調悪いんじゃね?」
「樹…樹、お願い…お願いだから…俺から離れないで」
「え?何て?お前声ちっさいよ。聞こえない」
俺のいる位置と少し距離があるからか、琥珀の声が小さすぎて聞こえない。
取り敢えず近くに寄ろうと足を踏み出したとき、琥珀は急にその顔を上げた。
「離れるなっ」
「ちょっ!?琥珀!」
琥珀から伸ばされた腕はあっという間に俺の後ろ頭を捉え、琥珀の肩口へと押し付けられた。
「っどうして、なんで今更…」
琥珀の切羽詰まったような声が耳元から聞こえる。
痛いほど俺を抱きしめる腕はその力を弱めようともしない。
「琥珀!どうしたんだよ急に」
「…再検査なんて、する必要なんてないだろ…」
βだと分かっているのに今更検査して何になる。
琥珀がそう呟いた声が聞こえた。
「…必要だろ。αかもしれない」
その問いに俺が答えると琥珀は少しだけ身じろぎをし、吐息を吐いた。
「樹は、運命って信じる?」
「は?何だよ藪から棒…てか、いてぇよ…放せって」
「信じる?」
まるで答えるまでは離さないと言わんばかりの抑圧的な声だった。
「…分かんねーよ。俺はβだから」
「βだから運命は信じない?」
「信じるも信じないもないってこと。例えばαとΩには運命の番ってのがあるだろ?
でも俺はβだからそれは分からない。運命とか、その感覚も分からない。
運命って何?って次元の問題。死ぬことは知ってても、じゃあ死ぬ感覚は何かって聞かれても分かんねーのと一緒。
体験したことないから分かんないとしか言えない」
体験したことない事象に対して、それを信じるかどうか聞かれても俺は答えられない。
神様がいるのだと言われても、俺はその神様を見たことがないから居るか居ないかもわからない。
俺は俺の目で見たもの、聞いたもの、感じたものに対してでしか答えが出せないんだ。
「俺は信じるよ」
「運命があるってこと?」
「俺は樹に出会えたのは運命だと思ってる」
それは、嬉しいと思っていいのか?
この状況もよく分からないし、琥珀の言いたいこともよく分からない。
質問の意図も分からない。
とにかく今の俺は疑問ばかりが浮かんでいた。
「でも、運命なんて無くなればいいとも思ってる」
「んん?難しい事言い始めたな…」
なんだ?それはつまりたった今俺と出会ったことは運命とか言いながら
俺と出会ったのは間違いだったと言いたいのか?
それはそれで、まぁちょっとショックではあるけども。
「難しくない。簡単なこと。俺は樹と出会えた事は運命だと思えるけど、それ以外の運命があるのなら
俺はそんなの欲しくない。要らない。必要ない。俺には樹だけが運命でいい」
「ん?よく分からないけど、何かとんでもなくこっ恥ずかしい事言ってんな?」
てか、いい加減マジで離してくんないかな…。頭抑えられてるし、息苦しいんですけど…。
「覚えておいて樹。俺は樹以外の運命は要らない。樹だけが俺の運命なんだ」
「おー…うん。ありがとう?」
そう訳も分からずお礼を述べたら琥珀が腕の力を弱めてくれた。
やっと解放されたかと思って顔を上げたら、殊の外琥珀の顔が近くにあったもんだから
俺は驚いたのと恥ずかしいのとで顔を少しのけ反らせた。
その行動で琥珀は俺の頭を掴んでいた手をその首へと回した。
「…樹」
丁度その手が俺の項に当たっていた。
まるで擦るようにそこを琥珀の指が這う。
くすぐったくて俺は顔をしかめて見せた。
「樹がΩだったら良かったのに…でも、樹がΩだったら俺はきっと壊れてた」
「…なに言ってんの?」
俺はどう転んだってβ性だ。
Ωになったとしても貰い手が見つかるかどうかも分からないし、見つからないならないで、そうなるとΩは地獄だ。
抑制剤をずっと飲み続けることになり、生涯その性で苦しむ事になる。
だとしたら俺は一生βのままでいい。
αになればその運命とやらも信じる事が出来るかもしれないけど、それもまた確率が低い。
αが運命の番に出会えることは一生涯かかってもそうある事ではないと聞いた。
だとすると運命なんてものは殆ど無くて
本当はどんな性別であれ、運命なんてものには出会えない可能性が高い。
琥珀が言う俺との出会いが運命だとしても
俺は琥珀と出会ったことが運命だとは思えない。
偶然同じ町に住んで、偶然家が隣同士で、たまたま同じ年だっただけ。
でもそんな偶然なんてこの世の中探したら腐るほど出てくる案件だろ?
それを運命なんて言いきれる琥珀が少しおかしいと思うんだよ。
運命とやらを別に信じていないわけじゃないけど
信じられる要素もない。
「樹がΩだったら、他の奴に取られる可能性があったってこと」
まだ俺の項を指で撫でているのでその手を取って離した。
「…琥珀が壊れるのとどう関係があんの」
「俺は…樹が俺以外の奴に取られるのが怖い…死んでも嫌だ」
正直驚いた。
琥珀にここまで依存されているとは思っていなかったからだ。
俺だって琥珀の事は大事に思っている。
それは唯一無二の幼馴染でもあったし、気を許せる友人だ。
でも俺は多分、琥珀が俺を思うより琥珀の事をそれと同等には思っていない。
いつか琥珀と離れる日が来たとしても、俺はそれを受け入れる気がする。
そして、それを当たり前の日常に出来るとも思える。
でも琥珀はきっとそうじゃないのだろう。
「大丈夫だよ。俺はβだし、αも近くに居ないし、俺がΩになることもない
でもさ、俺だっていつか結婚とかするかもしれないだろ?ずっと琥珀の傍にはいてやれないぞ」
「…分かってる。でも、樹に運命の番がいないってだけでも俺は安心するんだ」
なんだそりゃ?どういう意味だよと突っ込みたかったが、これ以上掘り下げても何か良くない物を引きずり出しそうな気がして
俺は出てきそうな言葉を喉の奥に押し込めた。
「樹」
「ん?」
「約束して」
「なにを?」
手を差し出してきた琥珀の手を仕方がないので俺も掴み返す。
「俺の検査結果がどう出ても、ずっと俺の傍に居て。俺にどんな運命が現れても、俺を疑わないで。」
握り返した手を琥珀がぎゅっと握りしめた。
この約束をどうか違えたりしないでと言うように。
それが検査の当日、俺と琥珀が最後に交わした約束だった。
正直、琥珀がαだと判定がでて、あーやっぱりなと思えたと同時に少しほっともしたんだ。
琥珀は俺と一緒に居ても何かどこか違う気がしていた。
いつも何か底の知れない違和感が付きまとっていたように思う。
βなのにβらしくないところとか
俺と同じはずなのに、やっぱりどこか違うと心が訴えかけていたような
小さい頃はその違和感が、琥珀は凄いとか、そんな尊敬だけの感情で終わっていたけど
高校生なって急激に琥珀との距離を感じ始めていた。
モテるとかそういうのも含まれていたとは思うけど…。
だからこそ、琥珀がαだと聞いて、ああ、これでやっと琥珀と離れられるんだとも思った。
俺はもしかしたら、琥珀といてずっと劣等感を感じていたのかもしれない。
「樹ー」
「んー?何だい爺さんや」
「もうそれはいいっての!…てか吾妻屋さ、やっぱりαだったんだな」
「んー、そうね」
「お前の言ってたこと当たってたじゃん」
「佐々木だってそう言ってたっしょ」
「…寂しい?」
「…んーどうかな?まだ実感わかねーし」
転校をするのは今日だし
でも家は隣同士だから俺と琥珀の縁がここで切れるわけでもない。
確かに会う時間や機会は減るかもしれないけれど
それで寂しいと思うようになるかは俺自身も分からない。
ただ俺は、慣れると思う。
琥珀が居ない時間とか、空間とか、そういうの全部。
「…お前は大丈夫かもな。危ないのは吾妻屋のほうかも」
そう佐々木が呟いて、俺もそこは否定出来ないでいた。
あれだけ依存されているのが分かって、今更離れることになる。
それは琥珀の精神をどう変えてしまうのだろう。
琥珀も、俺と同じようになればいいのに…。
俺が隣に居ない空間を当たり前に思えればいいのに。
そして琥珀は次の日には俺たちの学校から姿を消した。
それでも変わらない日常。
変わらない俺の周りの空気。
電車に乗るのは一人になったけれど
それでも見る景色は変わらない。
隣に琥珀がいないだけ。
寂しい気持ちもあった。でもそれは耐えきれない程ではない。
そうして、一か月もすればそれが当たり前になってしまった。
琥珀が居ない事を当たり前に思えてしまった。
(やっぱり、慣れるんじゃねーか)
あれだけ一緒に居たのに、薄情に思われるかもしれない。でも俺はそういう人間だっただけだ。慣れてしまう人間だっただけ。
琥珀はどうなんだろう。
転校していった日から、俺は琥珀に会っていない。
家が隣同士でも、同じ学校でなければ会う約束を取り付けない限りはばったり会う事なんて殆どないんだと知った。
でも、一つ変わったことと言えば
琥珀からのメッセージがやたらと増えたこと。
会っていない分、アイツは俺を補給するかのように毎日毎日メッセージを入れてくる。
朝は「おはよう」から始まり、今日起きた出来事や、学校のこと
俺の近況を聞いてきたりして最後は必ず「おやすみ」で締めくくる。
琥珀はたまに一言「会いたい」と入れてくることもあった。
でも俺はそれに返事をしないでいた。
既読して、それで終わり。
ここまでメッセージでやり取りして、会って他に何を話せばいいのか俺は分からない。
たまに部屋から隣の琥珀の家を見る。
琥珀の部屋に電気が付いていることを確認して、そこに居るのだからいいだろと感じてしまうのだ。
別に会わなくてもこうしてお互いの存在を確認できる距離でいい。
俺はそれだけでいい。
《今日、何してた?》
《佐々木とカラオケ行ってた》
《いいな。俺も行きたかった》
《そっちの学校厳しんだろ?制服でバレるし》
《それでも、行きたかった。それに、最近よく佐々木と遊んでるよね》
《まーな。クラス同じだし、気が合うし?》
《そう。》
《そっちは?》
《相変わらず、勉強が大変かな。樹のいる学校に戻りたいよ》
《そっちの学校だと普通の教科じゃないもんな。大変そう。で?いい相手は見つかったか?》
《そんなの居ないよ》
《でもお前、そっちでもモテてんだろ?選びたい放題じゃん》
《運命じゃないから》
《あー運命の番探してんの?あんまハードル高くすると見つかるもんも見つかんねーぞ》
《言ったでしょ。俺の運命は樹だけだよ》
またこれか。
琥珀とメッセージのやり取りをしていても何度かこの話題が持ち上がる。
そうしていつも琥珀の切り替えしはこれだった。
琥珀は俺に依存しているとは思っていたけど、離れた今でもその頃の気持ちは変わっていないようだ。
まぁこうは言ってても、運命の番が現れれば琥珀も変わるだろう。
それ程までにαとΩの繋がりは深いものだと聞く。
特に運命の番は何をどう足掻いても引き合う様に出来ていて、その人しか居ないのだと思うそうだ。
琥珀がαなら、必ず運命の番がいる。
でもそれは俺ではない。
βである俺のはずがないんだ。
だからこそ、早いとこ琥珀に運命の番が現れればいい。
一生見つからない事もあるけど、それでも周りにΩは沢山いるんだ。
ヒートを起こしたΩに対して、αは理性を保てない。
琥珀だって例外ではないはずだ。
今まで琥珀の周りにΩが居なかったから暴走しなかっただけで
今は近くにいる。
それを学校も政府も許容している。
抗う事なんか出来るわけがない。
《もう寝るわ。おやすみ》
《おやすみ樹。今度、そっちの部屋遊びに行くから》
えっ来んの?
と思ったけどおやすみと言ってしまった手前もう何か打ち込む気も起きなかった。
同じ学校にいた時は家で会うなんてこと殆どしなかったし
通学路も学校も一緒だとそこで会話が出来るから高校に入ってから家で会う事は激減していた。
たまに親が飯を大量に作ってしまった時なんかに呼ぶくらいで。
仕方ない。菓子くらいは用意しといてやろう。
お坊ちゃんの琥珀の舌に合う菓子は用意出来そうにもないけど。ポテチでいいかな?俺が出来る精一杯のもてなしだ。
「お邪魔します」
「あらいらっしゃい琥珀くん。久しぶりねぇ」
「華さんお久しぶりです」
「ちょっと見ない間にまた凛々しくなったわねぇ。うちの樹はてんで変わらないのに」
「樹も成長してますよ」
「そうかしら?まぁあの子のことはどうでもいのよ!そんなことよりも、琥珀くんαだったんですって?
凄いわねぇ、あ、でもそうね、なんか逆におばさん納得しちゃったわ。琥珀くんみたいな出来た子が
βなんてありえないわよね。」
「…」
「ちょっと何してんの?話はいいからさっさと上来いって!」
ほっとくといつまでも俺の母親が琥珀を放しそうにないので俺は部屋のドアを開けて呼んでやった。
うちの母親イケメンに目がないからな…。特に琥珀みたいな美青年を可愛がりまくる。実の息子より溺愛してんじゃね?と思うほどだ。
一ヶ月以上ぶりに見た琥珀は俺の知らない制服を身にまとっていた。
白いブレザーに紺のワイシャツと緑と白のストライプタイプのネクタイ。
いかにも有名な私立校の制服だ。
琥珀の肢体によく似合っているのがまた憎らしい。俺が来たら制服に着せられている感が満載だろう。七五三か?って言われるだろう。
「久しぶり樹」
「おう。てかなに琥珀、直で来たの?」
「制服着替える時間、勿体ない」
学校終わってすぐに俺の家に直行したらしい。
いや、家は隣なんだから着替えて来いよ。別にそれくらいの時間はあるだろう。
とはいえ、来てしまった客を再度突き返す事は出来ない為俺はそれ以上何も言わないでおいた。
「で?どったの今日は。急に来るなんて珍しいじゃん」
「ん。迷惑だった?」
「や、別に迷惑ではないけど…」
「樹の顔が見たくなった」
「え?そんだけ?」
「それだけ。理由にならない?」
「あー、うん。や、別にいいんだけど」
「それに、確かめたくて」
「何を?」
「樹が俺のこと忘れてるんじゃないかと思って」
「はは、何それ、そんなわけないだろ」
「でも、一ヶ月以上も会わなくても樹は平気だったでしょ」
「っ…」
図星だった。
まるで的確に俺の心情を当ててくる琥珀が怖い。
「慣れたんでしょ?俺が居ない事に」
「そんなこと…」
「いいよ別に。樹が俺を忘れても、何度だって思い出させる。俺を思い出なんかにさせない」
「だから、忘れるなんてあるわけないだろ。でもほら、お前にはお前の生活ってもんがあるし」
学校が違えばそれなりに生活習慣も変化する。
琥珀が隣から居なくなったことで、俺は一人でいる時間が増えた。
最初は寂しい気もしてたけど、学校に行けば話す相手はいるし
琥珀と居ない時間を自分のやりたい事に使えるようにもなった。
何と言うか、充実って言い方も悪い気もするけど
俺は俺が思っていた以上に一人でいる時間が好きだったのだ。
琥珀と一緒にいた時間が嫌いだったわけじゃないし
むしろ楽しかったと思う。
でも、離れてみて初めて感じる満喫感が俺には新鮮だったんだ。
それから琥珀は一週間の内に2回ほど俺の家に来るようになった。
まるで今まで会っていなかった期間を埋めるように。
琥珀の家は両親が共働きのため、家に帰っても琥珀は一人で過ごすことが多いと聞いたことがある。
俺の母親も琥珀が来ると喜ぶし、何なら琥珀が家に来た時の方が飯が豪華なため、俺もそう頻繁に来るなと言えない状況になってしまった。
その為、琥珀から「今日行くから」と連絡が来ると俺も真っすぐ家に帰る事が多くなっていった。
学校の友人からは最近付き合い悪くね?と言われたが
琥珀の名前を出すと、「あーそれは仕方ないよな」と、お前ら仲良かったもんな的なニュアンスで許されてしまう。
別に琥珀が来ることを断ってたまにはお前らとも遊びたいんだがと言おうものなら
あのαの友人を蔑ろにするとかないわー、お前ないわーとも切り返される。
いやαは関係ないだろとも思うが、もうそのやり取りもめんどいため最近は俺も諦めている状態だ。
そして変わったことと言えばもう一点。
何かここ最近の琥珀はやたらとスキンシップが増えたような気がする。
前はそんなに触っても来なかったはずだけど
俺がゲームをしていると後ろから抱きしめてきたり
漫画読んでると俺の肩に頭を乗せてきたり
学校であった話をしていてもどこか上の空で聞いて、俺の髪の毛等をいじり始めたりする。
逆にこっちが「そっちの学校どう?」と聞いても
別に普通と答えるだけで特に何があったとか、何をしたとか言わない。
友人ができたかどうかも話してくれない。
こいつちゃんと上手く馴染めているのか?と心配になってきたところだ。
「俺は、樹が居なくてつまらない。どこを見ても樹がいない。今まではこの距離が当たり前だったのに」
そう言って、琥珀はするりと俺の頬をその手で撫でた。
「こうやって、触れることがもうできない」
くすぐったくて身をよじりその手から離れようとするが、琥珀がそれを許そうとしない。
離れた分だけ追ってくる。
「一緒に居た時も別にそんなにベタベタしてなかっただろ?」
「一緒に居られたからしてなかったんだよ」
でも今は違う。と、琥珀は俺の目を覗き込んだ。
「今は誰と居るの?」
「え?」
「俺以外の誰と居るの?」
「誰って…別に誰とも…」
何が聞きたいんだコイツは…。
そりゃ俺と琥珀の仲が良かったことは友人達も知ってるけど、流石に一ヶ月以上、いや、もう二ヶ月以上も経つと
友人達も慣れるもので、俺に対して寂しいか?と茶化してくる事もなくなった。
琥珀の知らない友人だって出来たくらいだ。
と、そう告げたら
「…やっぱり、噛んでおけば良かったのかな」
急に琥珀の態度が冷たいものに変わった。
「は?」
「こうして、ここに俺の痕を付けておけばよかったのかなって」
琥珀の顔が近づいて来たかと思えば急に顎を捉えられ、強引に横へと向けられた。
「いった!なに…」
そしてまた一段と近づいてきたかと思ったら
俺の首の後ろに、その唇を押し付けてきやがった。
「え、ちょっ?なにしてんだ!」
急な事に驚いた俺は、琥珀の肩を押すが力が強くて押し切れない。
その間にも琥珀は俺の首、項部分に唇を這わせている。
微かにチュッという効果音まで聞こえてくる始末だ。
何なんだよこの状況は!?
「やめろってばっ!俺はΩじゃないぞ!」
「知ってる」
そう言い切った琥珀が一体どんな表情をしているのか俺には分からない。
ただ、その一言は余りにも冷たく俺の耳に響いた。
「樹がΩだったら、もうとっくに噛んでる」
唇の動きと合わせて琥珀が紡ぐ言葉に俺は一体何を言えばいい?
何を言えば、お前は満足すんの?
俺がΩだったら噛まれてんの?
なんで?
「…ずっと一緒だったからか?」
「…」
「ずっと一緒に居たから、俺が他の奴といるのが気に食わない?」
「…そうかもね」
じゅうっと肌を吸われる痛みが走った。
「っ…、はぁ、俺がΩだったら、ずっと一緒にいられると思ったのか?」
「…合ってるけど、多分、樹が思ってることと、俺が思ってることは違う。俺はずっと樹と居たいけど
樹はそうじゃない。俺と居たいと思ってても、それは俺の思ってる感情とは別物だから」
琥珀が言ってることが俺にはよく分からない。
どうして?
俺だって琥珀と居たい気持ちはある。唯一無二の幼馴染で友人だ。代わりなんて居ない。
今までずっと一緒に居たから、これからも琥珀と居られるならそれはそれで楽しいと思う。
αとΩは番になるけど、でも俺はそうなれない。だってβだし。でも、友情で繋がれるだろ?
その感情の何が違うと言うのか俺には分からない。
「俺は樹を独占したい。でも樹はそうじゃない」
琥珀の手が俺の髪を掻きあげて、また口づけを深めてきた。
じっとりと、その肌を濡らしていく。
「…」
「樹がΩだったら俺の番にしてた。たとえ運命の番じゃなくても」
「それは、一緒に居られるからだろ?同じじゃん」
「違う」
やっと俺の首から離れた琥珀は俺の顔をじっと見て、そしてまた「違う」と呟いた。
何がそんなに気に入らない?
一緒に居たいのはお互いに一致してんのに、琥珀はそうじゃないと言う。
このままじゃずっと平行線だ。
俺は琥珀がこれ以上何をどうしたいのか理解できない。
だったらもういっそ…。
「琥珀はαだ」
「…」
「琥珀には、運命の番が居る。俺じゃないよ。勘違いだよ琥珀。琥珀と一緒に居たのは今までは俺だったけど
でももう違う。もう一緒の時間は終わったんだ。琥珀がαになったことで、終わったんだよ」
「終わってない」
「そう思ってんのは琥珀だけだ。俺は、琥珀とはどうにもならない。どうにもなれない。それが俺たちの関係の、全てだよ」
「違う…、違う違うちがう…運命は樹だけ。俺の運命は樹だけだ。他の奴に代われるわけがない」
「運命を約束されてるのはお前だけだよ。俺はβだから。お前の運命の相手にはなれないし、なるつもりもないよ」
ぐっと琥珀の胸を押し返す。
やっぱり、今までが近過ぎたのだろうか?
離れみて、その距離感が余計によく分からない事になってしまった気がする。
だったらいっそ、とことん突き放してもいいのかもしれない。
どうせ俺と琥珀とじゃ今後は生きる世界が違うんだ。
どのみち離れるのなら、遅いか早いかの違いだけ。
俺がそう思い始めていた時期のまさにそのタイミングで、彼が現れた。
「あの、新島 樹…さん、ですよね?」
「はい…そうですけど」
俺の通う学校の門の前。そこに現れたのはとんでもなく可愛い顔をした美少年だった。
色白で線が細く一見すると女の子にさえ見えるほどの美貌だ。声で男だと分かったが、声を出さなかったらマジで女子かと思ったかも知れない。
「突然の訪問申し訳ありません。僕は真野 明(マノ アキラ)と申します。」
「あ、どーも…?」
「少し、あなたとお話がしたいのですが、この後少しだけお時間よろしいでしょうか?」
そう言った彼の制服をよく見ると、琥珀と同じ学校の制服だと気が付いた。
つまりこの人は琥珀の知り合いの可能性が高い。
蔑ろにするのも憚れるし、琥珀の知り合いなら付いて行っても変な事に巻き込まれる可能性は少ないかもしれない。
場所はこっちが指定すればいいし。
「分かりました。駅前にマックがあるのでそこでいいですか?」
「大丈夫です」
駅に向かう道中、学年とかどこに住んでるとか他愛無い会話をしつつ得た情報だと
やはり彼は琥珀の知り合いだと言う。
そして俺と琥珀の一年後輩らしい。
琥珀を知ったのは琥珀がそっちの学校へ転入した次の日の事で
急な転入生なんてそう居ないので校内でかなり話題となり瞬く間に琥珀の事は知れ渡ったとのこと。
加えて顔も良いからすぐにΩ達が色めき立ったという。
基本的にαはαのクラスへ入れられるしΩはΩのクラスに振り分けられるため
接触等は少ないみたいだ。
だけど琥珀は今でもこの学校に馴染めていないという。
なんか、俺の予想通りなんですけど…。
琥珀自体は人見知りするタイプではないけど、物静かだし、口数少ないし
相手側が琥珀に話しかけるのも最初は勇気がいるタイプと友人達が話していた。
俺は幼馴染だからそこら辺はよく分からないけど。最初からアイツは俺とは仲良かったしなぁ。
「単刀直入にお聞きしますが、吾妻屋先輩はあなたとどういう関係なんでしょうか?」
マックに入り席に着いたと同時にそんな質問を真野から浴びせられた。
「どうって…あーえーと…家が隣同士で、所謂幼馴染ってやつかな」
「幼馴染…」
「うん。小さい頃から知ってる」
「そう…ですか」
真野は何やら考える素振りを見せ、そして何か決心したように俺の方を向いた。
「新島さん、俺はΩです」
「え!…あっえ…えっと、そんな事こんな公共の場で話していいの?」
言ってきた本人ではなく俺があたふたしてしまった。
Ωだとバレるだけで、その身が危険に晒される可能性だってあるのに。
「いいんです別に。この制服を着てるってだけでもうバレてるようなものですから。それに、あなたには知っておいてもらわないと、僕が困るから…」
「それはどういう…」
「僕は、…僕は、吾妻屋先輩の……運命の番なんです」
今日、琥珀が転校するからだ。
違うクラスなのに、この教室でも琥珀が転校することがここ最近の一番の話題となっていた。
「今日なんだってー吾妻屋くんが転校するの」
「えー!もっと先だと思ってた。凄く急なんだね」
「そりゃそうだよね、だって吾妻屋くんαだったんだもん」
「やっぱりねー。吾妻屋くんがβなのおかしいと思ってた。あれだけイケメンで何でもソツなくこなしちゃうし」
「αの学校に転校するんでしょ?」
「αとΩの学校ね。はーこれで吾妻屋くんもΩのモノになっちゃうなぁ残念」
「どちみちβの私たちなんて眼中ないって」
「それもそうねー」
そう、琥珀はαだった。
この間、再検査を受けて、そこで琥珀がα性だと結果が分かったのだ。
そこからの話はさっき女子たちが話していた通りで、αにはα専門の学校が設けられている。
その学校に琥珀は転校を余儀なくされた。
ここに居てもαは力を発揮できない。
αは優秀だからこそ、その手の道を進むために特別なカリキュラムを受ける事が政府の意向だ。
本来は10歳の時に結果を受けたαとΩがその学校に入れられるはずが
こうしてたまに普通の学校でαが出てしまう事が起きる。
その為、αだと分かった生徒は早急に転校の手続きをさせられる。その手続きには本来は一か月くらいを要すると聞いた。
しかし琥珀の場合のみ、そこまでの期間も設けられなかった。
琥珀の両親はαの父親とΩの母親だった。
父親は大きい病院の院長でもあった。
最初の診断結果の時、琥珀がβだと知った父親は酷く落ち込んだそうだが、これで晴れて自分の息子がαだと分かり
すぐにでも転校させてほしいとの両親からの打診があったそうだ。
そして、検査結果から僅か一週間足らずで琥珀はこの学校を去る事となった。
俺はふと外を見た。
青い空が広がるのをぼーと眺め、そしてあの日の事を思い出していた。
「樹」
「んー?なに?どした?」
それはバース検査を受ける日だった。
バース検査をすると学校から聞いたのは、検査の前日だった。
俺は予め佐々木から噂を聞いていたので心の準備は出来ていたが他の生徒はざわついていた。
αだったら、Ωだったら、どうしようと。
ざわついていても、基本そのノリは軽い。
ここにいる全員、自分がβだと疑っていない。そんな雰囲気。
当の俺だって自分はβ以外あり得ないと思っている口だ。
だがそんな中、俺は琥珀に空き教室へと連れてこられていた。
「樹は今日、バース検査があるって知ってた?」
「あー、うん。この間佐々木から聞いたから、近いうちにあるんだろうなとは思ってた。
学校から通達受けたの昨日だからな、まぁみんなびっくりするよな。あ、しかも琥珀は昨日体調不良で休んでたから今日知った?」
「…そう。なんで…」
「ん?」
「なんで言わなかった」
「だってそんなの言っても言わなくても同じじゃん?それに本当にあるかどうかも分かんなかったし」
「同じじゃない」
「えっ」
急に琥珀が怒気を含んだ声を発した。
長年一緒にいるけど、琥珀がこんなにも感情を露わにしたのは初めての事な気がする。
「同じじゃないよ。知ってたら俺は、また…」
何かを察知したかのように琥珀は顔をその手で覆った。
まるで何かに捕まったような、絶望したようにその場から動かなくなった。
「…琥珀?おい、大丈夫か?お前、まだ体調悪いんじゃね?」
「樹…樹、お願い…お願いだから…俺から離れないで」
「え?何て?お前声ちっさいよ。聞こえない」
俺のいる位置と少し距離があるからか、琥珀の声が小さすぎて聞こえない。
取り敢えず近くに寄ろうと足を踏み出したとき、琥珀は急にその顔を上げた。
「離れるなっ」
「ちょっ!?琥珀!」
琥珀から伸ばされた腕はあっという間に俺の後ろ頭を捉え、琥珀の肩口へと押し付けられた。
「っどうして、なんで今更…」
琥珀の切羽詰まったような声が耳元から聞こえる。
痛いほど俺を抱きしめる腕はその力を弱めようともしない。
「琥珀!どうしたんだよ急に」
「…再検査なんて、する必要なんてないだろ…」
βだと分かっているのに今更検査して何になる。
琥珀がそう呟いた声が聞こえた。
「…必要だろ。αかもしれない」
その問いに俺が答えると琥珀は少しだけ身じろぎをし、吐息を吐いた。
「樹は、運命って信じる?」
「は?何だよ藪から棒…てか、いてぇよ…放せって」
「信じる?」
まるで答えるまでは離さないと言わんばかりの抑圧的な声だった。
「…分かんねーよ。俺はβだから」
「βだから運命は信じない?」
「信じるも信じないもないってこと。例えばαとΩには運命の番ってのがあるだろ?
でも俺はβだからそれは分からない。運命とか、その感覚も分からない。
運命って何?って次元の問題。死ぬことは知ってても、じゃあ死ぬ感覚は何かって聞かれても分かんねーのと一緒。
体験したことないから分かんないとしか言えない」
体験したことない事象に対して、それを信じるかどうか聞かれても俺は答えられない。
神様がいるのだと言われても、俺はその神様を見たことがないから居るか居ないかもわからない。
俺は俺の目で見たもの、聞いたもの、感じたものに対してでしか答えが出せないんだ。
「俺は信じるよ」
「運命があるってこと?」
「俺は樹に出会えたのは運命だと思ってる」
それは、嬉しいと思っていいのか?
この状況もよく分からないし、琥珀の言いたいこともよく分からない。
質問の意図も分からない。
とにかく今の俺は疑問ばかりが浮かんでいた。
「でも、運命なんて無くなればいいとも思ってる」
「んん?難しい事言い始めたな…」
なんだ?それはつまりたった今俺と出会ったことは運命とか言いながら
俺と出会ったのは間違いだったと言いたいのか?
それはそれで、まぁちょっとショックではあるけども。
「難しくない。簡単なこと。俺は樹と出会えた事は運命だと思えるけど、それ以外の運命があるのなら
俺はそんなの欲しくない。要らない。必要ない。俺には樹だけが運命でいい」
「ん?よく分からないけど、何かとんでもなくこっ恥ずかしい事言ってんな?」
てか、いい加減マジで離してくんないかな…。頭抑えられてるし、息苦しいんですけど…。
「覚えておいて樹。俺は樹以外の運命は要らない。樹だけが俺の運命なんだ」
「おー…うん。ありがとう?」
そう訳も分からずお礼を述べたら琥珀が腕の力を弱めてくれた。
やっと解放されたかと思って顔を上げたら、殊の外琥珀の顔が近くにあったもんだから
俺は驚いたのと恥ずかしいのとで顔を少しのけ反らせた。
その行動で琥珀は俺の頭を掴んでいた手をその首へと回した。
「…樹」
丁度その手が俺の項に当たっていた。
まるで擦るようにそこを琥珀の指が這う。
くすぐったくて俺は顔をしかめて見せた。
「樹がΩだったら良かったのに…でも、樹がΩだったら俺はきっと壊れてた」
「…なに言ってんの?」
俺はどう転んだってβ性だ。
Ωになったとしても貰い手が見つかるかどうかも分からないし、見つからないならないで、そうなるとΩは地獄だ。
抑制剤をずっと飲み続けることになり、生涯その性で苦しむ事になる。
だとしたら俺は一生βのままでいい。
αになればその運命とやらも信じる事が出来るかもしれないけど、それもまた確率が低い。
αが運命の番に出会えることは一生涯かかってもそうある事ではないと聞いた。
だとすると運命なんてものは殆ど無くて
本当はどんな性別であれ、運命なんてものには出会えない可能性が高い。
琥珀が言う俺との出会いが運命だとしても
俺は琥珀と出会ったことが運命だとは思えない。
偶然同じ町に住んで、偶然家が隣同士で、たまたま同じ年だっただけ。
でもそんな偶然なんてこの世の中探したら腐るほど出てくる案件だろ?
それを運命なんて言いきれる琥珀が少しおかしいと思うんだよ。
運命とやらを別に信じていないわけじゃないけど
信じられる要素もない。
「樹がΩだったら、他の奴に取られる可能性があったってこと」
まだ俺の項を指で撫でているのでその手を取って離した。
「…琥珀が壊れるのとどう関係があんの」
「俺は…樹が俺以外の奴に取られるのが怖い…死んでも嫌だ」
正直驚いた。
琥珀にここまで依存されているとは思っていなかったからだ。
俺だって琥珀の事は大事に思っている。
それは唯一無二の幼馴染でもあったし、気を許せる友人だ。
でも俺は多分、琥珀が俺を思うより琥珀の事をそれと同等には思っていない。
いつか琥珀と離れる日が来たとしても、俺はそれを受け入れる気がする。
そして、それを当たり前の日常に出来るとも思える。
でも琥珀はきっとそうじゃないのだろう。
「大丈夫だよ。俺はβだし、αも近くに居ないし、俺がΩになることもない
でもさ、俺だっていつか結婚とかするかもしれないだろ?ずっと琥珀の傍にはいてやれないぞ」
「…分かってる。でも、樹に運命の番がいないってだけでも俺は安心するんだ」
なんだそりゃ?どういう意味だよと突っ込みたかったが、これ以上掘り下げても何か良くない物を引きずり出しそうな気がして
俺は出てきそうな言葉を喉の奥に押し込めた。
「樹」
「ん?」
「約束して」
「なにを?」
手を差し出してきた琥珀の手を仕方がないので俺も掴み返す。
「俺の検査結果がどう出ても、ずっと俺の傍に居て。俺にどんな運命が現れても、俺を疑わないで。」
握り返した手を琥珀がぎゅっと握りしめた。
この約束をどうか違えたりしないでと言うように。
それが検査の当日、俺と琥珀が最後に交わした約束だった。
正直、琥珀がαだと判定がでて、あーやっぱりなと思えたと同時に少しほっともしたんだ。
琥珀は俺と一緒に居ても何かどこか違う気がしていた。
いつも何か底の知れない違和感が付きまとっていたように思う。
βなのにβらしくないところとか
俺と同じはずなのに、やっぱりどこか違うと心が訴えかけていたような
小さい頃はその違和感が、琥珀は凄いとか、そんな尊敬だけの感情で終わっていたけど
高校生なって急激に琥珀との距離を感じ始めていた。
モテるとかそういうのも含まれていたとは思うけど…。
だからこそ、琥珀がαだと聞いて、ああ、これでやっと琥珀と離れられるんだとも思った。
俺はもしかしたら、琥珀といてずっと劣等感を感じていたのかもしれない。
「樹ー」
「んー?何だい爺さんや」
「もうそれはいいっての!…てか吾妻屋さ、やっぱりαだったんだな」
「んー、そうね」
「お前の言ってたこと当たってたじゃん」
「佐々木だってそう言ってたっしょ」
「…寂しい?」
「…んーどうかな?まだ実感わかねーし」
転校をするのは今日だし
でも家は隣同士だから俺と琥珀の縁がここで切れるわけでもない。
確かに会う時間や機会は減るかもしれないけれど
それで寂しいと思うようになるかは俺自身も分からない。
ただ俺は、慣れると思う。
琥珀が居ない時間とか、空間とか、そういうの全部。
「…お前は大丈夫かもな。危ないのは吾妻屋のほうかも」
そう佐々木が呟いて、俺もそこは否定出来ないでいた。
あれだけ依存されているのが分かって、今更離れることになる。
それは琥珀の精神をどう変えてしまうのだろう。
琥珀も、俺と同じようになればいいのに…。
俺が隣に居ない空間を当たり前に思えればいいのに。
そして琥珀は次の日には俺たちの学校から姿を消した。
それでも変わらない日常。
変わらない俺の周りの空気。
電車に乗るのは一人になったけれど
それでも見る景色は変わらない。
隣に琥珀がいないだけ。
寂しい気持ちもあった。でもそれは耐えきれない程ではない。
そうして、一か月もすればそれが当たり前になってしまった。
琥珀が居ない事を当たり前に思えてしまった。
(やっぱり、慣れるんじゃねーか)
あれだけ一緒に居たのに、薄情に思われるかもしれない。でも俺はそういう人間だっただけだ。慣れてしまう人間だっただけ。
琥珀はどうなんだろう。
転校していった日から、俺は琥珀に会っていない。
家が隣同士でも、同じ学校でなければ会う約束を取り付けない限りはばったり会う事なんて殆どないんだと知った。
でも、一つ変わったことと言えば
琥珀からのメッセージがやたらと増えたこと。
会っていない分、アイツは俺を補給するかのように毎日毎日メッセージを入れてくる。
朝は「おはよう」から始まり、今日起きた出来事や、学校のこと
俺の近況を聞いてきたりして最後は必ず「おやすみ」で締めくくる。
琥珀はたまに一言「会いたい」と入れてくることもあった。
でも俺はそれに返事をしないでいた。
既読して、それで終わり。
ここまでメッセージでやり取りして、会って他に何を話せばいいのか俺は分からない。
たまに部屋から隣の琥珀の家を見る。
琥珀の部屋に電気が付いていることを確認して、そこに居るのだからいいだろと感じてしまうのだ。
別に会わなくてもこうしてお互いの存在を確認できる距離でいい。
俺はそれだけでいい。
《今日、何してた?》
《佐々木とカラオケ行ってた》
《いいな。俺も行きたかった》
《そっちの学校厳しんだろ?制服でバレるし》
《それでも、行きたかった。それに、最近よく佐々木と遊んでるよね》
《まーな。クラス同じだし、気が合うし?》
《そう。》
《そっちは?》
《相変わらず、勉強が大変かな。樹のいる学校に戻りたいよ》
《そっちの学校だと普通の教科じゃないもんな。大変そう。で?いい相手は見つかったか?》
《そんなの居ないよ》
《でもお前、そっちでもモテてんだろ?選びたい放題じゃん》
《運命じゃないから》
《あー運命の番探してんの?あんまハードル高くすると見つかるもんも見つかんねーぞ》
《言ったでしょ。俺の運命は樹だけだよ》
またこれか。
琥珀とメッセージのやり取りをしていても何度かこの話題が持ち上がる。
そうしていつも琥珀の切り替えしはこれだった。
琥珀は俺に依存しているとは思っていたけど、離れた今でもその頃の気持ちは変わっていないようだ。
まぁこうは言ってても、運命の番が現れれば琥珀も変わるだろう。
それ程までにαとΩの繋がりは深いものだと聞く。
特に運命の番は何をどう足掻いても引き合う様に出来ていて、その人しか居ないのだと思うそうだ。
琥珀がαなら、必ず運命の番がいる。
でもそれは俺ではない。
βである俺のはずがないんだ。
だからこそ、早いとこ琥珀に運命の番が現れればいい。
一生見つからない事もあるけど、それでも周りにΩは沢山いるんだ。
ヒートを起こしたΩに対して、αは理性を保てない。
琥珀だって例外ではないはずだ。
今まで琥珀の周りにΩが居なかったから暴走しなかっただけで
今は近くにいる。
それを学校も政府も許容している。
抗う事なんか出来るわけがない。
《もう寝るわ。おやすみ》
《おやすみ樹。今度、そっちの部屋遊びに行くから》
えっ来んの?
と思ったけどおやすみと言ってしまった手前もう何か打ち込む気も起きなかった。
同じ学校にいた時は家で会うなんてこと殆どしなかったし
通学路も学校も一緒だとそこで会話が出来るから高校に入ってから家で会う事は激減していた。
たまに親が飯を大量に作ってしまった時なんかに呼ぶくらいで。
仕方ない。菓子くらいは用意しといてやろう。
お坊ちゃんの琥珀の舌に合う菓子は用意出来そうにもないけど。ポテチでいいかな?俺が出来る精一杯のもてなしだ。
「お邪魔します」
「あらいらっしゃい琥珀くん。久しぶりねぇ」
「華さんお久しぶりです」
「ちょっと見ない間にまた凛々しくなったわねぇ。うちの樹はてんで変わらないのに」
「樹も成長してますよ」
「そうかしら?まぁあの子のことはどうでもいのよ!そんなことよりも、琥珀くんαだったんですって?
凄いわねぇ、あ、でもそうね、なんか逆におばさん納得しちゃったわ。琥珀くんみたいな出来た子が
βなんてありえないわよね。」
「…」
「ちょっと何してんの?話はいいからさっさと上来いって!」
ほっとくといつまでも俺の母親が琥珀を放しそうにないので俺は部屋のドアを開けて呼んでやった。
うちの母親イケメンに目がないからな…。特に琥珀みたいな美青年を可愛がりまくる。実の息子より溺愛してんじゃね?と思うほどだ。
一ヶ月以上ぶりに見た琥珀は俺の知らない制服を身にまとっていた。
白いブレザーに紺のワイシャツと緑と白のストライプタイプのネクタイ。
いかにも有名な私立校の制服だ。
琥珀の肢体によく似合っているのがまた憎らしい。俺が来たら制服に着せられている感が満載だろう。七五三か?って言われるだろう。
「久しぶり樹」
「おう。てかなに琥珀、直で来たの?」
「制服着替える時間、勿体ない」
学校終わってすぐに俺の家に直行したらしい。
いや、家は隣なんだから着替えて来いよ。別にそれくらいの時間はあるだろう。
とはいえ、来てしまった客を再度突き返す事は出来ない為俺はそれ以上何も言わないでおいた。
「で?どったの今日は。急に来るなんて珍しいじゃん」
「ん。迷惑だった?」
「や、別に迷惑ではないけど…」
「樹の顔が見たくなった」
「え?そんだけ?」
「それだけ。理由にならない?」
「あー、うん。や、別にいいんだけど」
「それに、確かめたくて」
「何を?」
「樹が俺のこと忘れてるんじゃないかと思って」
「はは、何それ、そんなわけないだろ」
「でも、一ヶ月以上も会わなくても樹は平気だったでしょ」
「っ…」
図星だった。
まるで的確に俺の心情を当ててくる琥珀が怖い。
「慣れたんでしょ?俺が居ない事に」
「そんなこと…」
「いいよ別に。樹が俺を忘れても、何度だって思い出させる。俺を思い出なんかにさせない」
「だから、忘れるなんてあるわけないだろ。でもほら、お前にはお前の生活ってもんがあるし」
学校が違えばそれなりに生活習慣も変化する。
琥珀が隣から居なくなったことで、俺は一人でいる時間が増えた。
最初は寂しい気もしてたけど、学校に行けば話す相手はいるし
琥珀と居ない時間を自分のやりたい事に使えるようにもなった。
何と言うか、充実って言い方も悪い気もするけど
俺は俺が思っていた以上に一人でいる時間が好きだったのだ。
琥珀と一緒にいた時間が嫌いだったわけじゃないし
むしろ楽しかったと思う。
でも、離れてみて初めて感じる満喫感が俺には新鮮だったんだ。
それから琥珀は一週間の内に2回ほど俺の家に来るようになった。
まるで今まで会っていなかった期間を埋めるように。
琥珀の家は両親が共働きのため、家に帰っても琥珀は一人で過ごすことが多いと聞いたことがある。
俺の母親も琥珀が来ると喜ぶし、何なら琥珀が家に来た時の方が飯が豪華なため、俺もそう頻繁に来るなと言えない状況になってしまった。
その為、琥珀から「今日行くから」と連絡が来ると俺も真っすぐ家に帰る事が多くなっていった。
学校の友人からは最近付き合い悪くね?と言われたが
琥珀の名前を出すと、「あーそれは仕方ないよな」と、お前ら仲良かったもんな的なニュアンスで許されてしまう。
別に琥珀が来ることを断ってたまにはお前らとも遊びたいんだがと言おうものなら
あのαの友人を蔑ろにするとかないわー、お前ないわーとも切り返される。
いやαは関係ないだろとも思うが、もうそのやり取りもめんどいため最近は俺も諦めている状態だ。
そして変わったことと言えばもう一点。
何かここ最近の琥珀はやたらとスキンシップが増えたような気がする。
前はそんなに触っても来なかったはずだけど
俺がゲームをしていると後ろから抱きしめてきたり
漫画読んでると俺の肩に頭を乗せてきたり
学校であった話をしていてもどこか上の空で聞いて、俺の髪の毛等をいじり始めたりする。
逆にこっちが「そっちの学校どう?」と聞いても
別に普通と答えるだけで特に何があったとか、何をしたとか言わない。
友人ができたかどうかも話してくれない。
こいつちゃんと上手く馴染めているのか?と心配になってきたところだ。
「俺は、樹が居なくてつまらない。どこを見ても樹がいない。今まではこの距離が当たり前だったのに」
そう言って、琥珀はするりと俺の頬をその手で撫でた。
「こうやって、触れることがもうできない」
くすぐったくて身をよじりその手から離れようとするが、琥珀がそれを許そうとしない。
離れた分だけ追ってくる。
「一緒に居た時も別にそんなにベタベタしてなかっただろ?」
「一緒に居られたからしてなかったんだよ」
でも今は違う。と、琥珀は俺の目を覗き込んだ。
「今は誰と居るの?」
「え?」
「俺以外の誰と居るの?」
「誰って…別に誰とも…」
何が聞きたいんだコイツは…。
そりゃ俺と琥珀の仲が良かったことは友人達も知ってるけど、流石に一ヶ月以上、いや、もう二ヶ月以上も経つと
友人達も慣れるもので、俺に対して寂しいか?と茶化してくる事もなくなった。
琥珀の知らない友人だって出来たくらいだ。
と、そう告げたら
「…やっぱり、噛んでおけば良かったのかな」
急に琥珀の態度が冷たいものに変わった。
「は?」
「こうして、ここに俺の痕を付けておけばよかったのかなって」
琥珀の顔が近づいて来たかと思えば急に顎を捉えられ、強引に横へと向けられた。
「いった!なに…」
そしてまた一段と近づいてきたかと思ったら
俺の首の後ろに、その唇を押し付けてきやがった。
「え、ちょっ?なにしてんだ!」
急な事に驚いた俺は、琥珀の肩を押すが力が強くて押し切れない。
その間にも琥珀は俺の首、項部分に唇を這わせている。
微かにチュッという効果音まで聞こえてくる始末だ。
何なんだよこの状況は!?
「やめろってばっ!俺はΩじゃないぞ!」
「知ってる」
そう言い切った琥珀が一体どんな表情をしているのか俺には分からない。
ただ、その一言は余りにも冷たく俺の耳に響いた。
「樹がΩだったら、もうとっくに噛んでる」
唇の動きと合わせて琥珀が紡ぐ言葉に俺は一体何を言えばいい?
何を言えば、お前は満足すんの?
俺がΩだったら噛まれてんの?
なんで?
「…ずっと一緒だったからか?」
「…」
「ずっと一緒に居たから、俺が他の奴といるのが気に食わない?」
「…そうかもね」
じゅうっと肌を吸われる痛みが走った。
「っ…、はぁ、俺がΩだったら、ずっと一緒にいられると思ったのか?」
「…合ってるけど、多分、樹が思ってることと、俺が思ってることは違う。俺はずっと樹と居たいけど
樹はそうじゃない。俺と居たいと思ってても、それは俺の思ってる感情とは別物だから」
琥珀が言ってることが俺にはよく分からない。
どうして?
俺だって琥珀と居たい気持ちはある。唯一無二の幼馴染で友人だ。代わりなんて居ない。
今までずっと一緒に居たから、これからも琥珀と居られるならそれはそれで楽しいと思う。
αとΩは番になるけど、でも俺はそうなれない。だってβだし。でも、友情で繋がれるだろ?
その感情の何が違うと言うのか俺には分からない。
「俺は樹を独占したい。でも樹はそうじゃない」
琥珀の手が俺の髪を掻きあげて、また口づけを深めてきた。
じっとりと、その肌を濡らしていく。
「…」
「樹がΩだったら俺の番にしてた。たとえ運命の番じゃなくても」
「それは、一緒に居られるからだろ?同じじゃん」
「違う」
やっと俺の首から離れた琥珀は俺の顔をじっと見て、そしてまた「違う」と呟いた。
何がそんなに気に入らない?
一緒に居たいのはお互いに一致してんのに、琥珀はそうじゃないと言う。
このままじゃずっと平行線だ。
俺は琥珀がこれ以上何をどうしたいのか理解できない。
だったらもういっそ…。
「琥珀はαだ」
「…」
「琥珀には、運命の番が居る。俺じゃないよ。勘違いだよ琥珀。琥珀と一緒に居たのは今までは俺だったけど
でももう違う。もう一緒の時間は終わったんだ。琥珀がαになったことで、終わったんだよ」
「終わってない」
「そう思ってんのは琥珀だけだ。俺は、琥珀とはどうにもならない。どうにもなれない。それが俺たちの関係の、全てだよ」
「違う…、違う違うちがう…運命は樹だけ。俺の運命は樹だけだ。他の奴に代われるわけがない」
「運命を約束されてるのはお前だけだよ。俺はβだから。お前の運命の相手にはなれないし、なるつもりもないよ」
ぐっと琥珀の胸を押し返す。
やっぱり、今までが近過ぎたのだろうか?
離れみて、その距離感が余計によく分からない事になってしまった気がする。
だったらいっそ、とことん突き放してもいいのかもしれない。
どうせ俺と琥珀とじゃ今後は生きる世界が違うんだ。
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