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36、【決戦の朝】
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どんよりとした灰色の雲が空の青を隠し、朝から雨が降っていた。紗奈の一件があり、自宅には戻れず、しばらくの間、遼たちは旅館で過ごすことになった。
「昨晩はゆっくり眠れましたか?」朝から爽やかな笑顔を浮かべる旅館の女将。白ユリのような清楚感溢れる彼女は亡くなった紗奈の叔母にあたる。紗奈の両親の計らいで父方の妹夫妻が市内で経営している旅館にご好意で泊めてもらえることになったのだった。
旅館の朝食はバイキング形式になっており、わざわざ女将自ら遼たちが泊まっている二部屋の客室に出向き、誘いに来てくれた。
「なんだか色々とすみません。ご丁寧に対応してくださり、ありがとうございます」
「いいえ! ご迷惑をおかけしたのは、こちらですから……」
母と女将の後ろを歩いている遼は大人の会話を耳にし、何とも言えない心持ちになった。紗奈のやろうとしていたことは許されることではないが、かと言って彼女が全て悪いわけではない。──あの場所で彼女は遼と結ばれることを夢見ていた。自分のなかで明るい未来を思い描いていたはずだ。しかし、犯人の手により永久に叶わぬ幻に変えられてしまった。
「お兄ちゃん」ショックなことが立て続けに起き、精神状態が落ち込んでいる美緒が口を開いた。生気は薄れ、声にも肌にも張りがない。10代の水々しい桃のような肌にも潤いがなくなり、頬に暗い影まで浮かび上がっていた。食事制限のダイエットに励んでいた頃も心配していたが、それ以上に妹の弱っている姿を目にし、遼は兄として自分が何とかしなければ!と強い思いを胸に抱いていた。
「響子さんのことだけじゃなく、今回の事件で命を落とした全員の仇を取って」
「……あぁ」
「私のことなら心配いらないからね! ダイエットに成功したと思うことにするから」
「美緒……」
遼の手よりも先に美緒の頭に到達したのは澄貴だった。ゴツゴツと骨張った遼の手とは打って変わり、細く長い綺麗な指が並んだ澄貴の手は不思議と美緒を慰めた。
「君は強い子だね。──大丈夫。君のお兄さんは必ず守るよ」
「……澄貴くん」
「おい! 田部井!!」
慌てて遼は澄貴を美緒から引き離した。美緒の頬が赤らんでいる。
「あらら、意外と過保護なんだねー。シスコンってやつかな?」
「シス、コン……?」
「冗談は顔だけにしてよね、お兄ちゃん」
「ふざけんな!!」と顔を真っ赤にさせて叫ぶ遼を見て、美緒は笑顔を取り戻した。──最初から田部井はこれが狙いだったのか……。遼が澄貴を見ると、「なぁに?」と彼はおどけて微笑んだ。
「なんだか笑ったらお腹空いてきちゃった!」
「いいことだ! バイキングって言ってたけど、バランスよく食べろよ!」
「また先生気取り? ……でも、お兄ちゃんは先生に向いてるかもね」
「え!? 本当に!?」
「うん。──だから、絶対なりなよ。先生に」
最後の言葉には美緒の思いが込められていた。響子のために、響子の分まで、遼自身のためにも──だから、死なずに戻ってきてね。お兄ちゃん。
美緒の思いを受け取り、今度は遼の手が彼女の頭を撫でた。
「約束する。──お前や母さんのためにも」
【家族】に触れ、澄貴は懐かしい気持ちになった。残念なことに澄貴に家族はいない。姉のように接してくれた響子も失ってしまった。だが、不思議と心は温かなまま。両親を亡くした時、冬の雨に打たれたように心は悴んだ。けれど今は違う。響子や遼が彼に教えてくれたから。
──人を愛する心を。
「美しい兄弟愛もそこまでにして、朝食を取りに行こうか」
「賛成!!」
「あ! こらっ! 腕組んで歩くな!!」
「そうだなー。僕も塩ノ谷くんのこと、【義兄さん】って呼ぼうかな?」
「は!? ふざけんな!! お前に呼ばれる筋合いはない!!」
「お兄ちゃん、ドラマのお父さんみたい! うけるー!!」
「うけるとか言うな! ちゃんとした日本語を話せ!! その前に! 田部井と腕組むのをやめろ!!」
賑やかな朝だ。この平和な日々を取り戻すためにも、遼は犯人に立ち向かわなければいけない。
「昨晩はゆっくり眠れましたか?」朝から爽やかな笑顔を浮かべる旅館の女将。白ユリのような清楚感溢れる彼女は亡くなった紗奈の叔母にあたる。紗奈の両親の計らいで父方の妹夫妻が市内で経営している旅館にご好意で泊めてもらえることになったのだった。
旅館の朝食はバイキング形式になっており、わざわざ女将自ら遼たちが泊まっている二部屋の客室に出向き、誘いに来てくれた。
「なんだか色々とすみません。ご丁寧に対応してくださり、ありがとうございます」
「いいえ! ご迷惑をおかけしたのは、こちらですから……」
母と女将の後ろを歩いている遼は大人の会話を耳にし、何とも言えない心持ちになった。紗奈のやろうとしていたことは許されることではないが、かと言って彼女が全て悪いわけではない。──あの場所で彼女は遼と結ばれることを夢見ていた。自分のなかで明るい未来を思い描いていたはずだ。しかし、犯人の手により永久に叶わぬ幻に変えられてしまった。
「お兄ちゃん」ショックなことが立て続けに起き、精神状態が落ち込んでいる美緒が口を開いた。生気は薄れ、声にも肌にも張りがない。10代の水々しい桃のような肌にも潤いがなくなり、頬に暗い影まで浮かび上がっていた。食事制限のダイエットに励んでいた頃も心配していたが、それ以上に妹の弱っている姿を目にし、遼は兄として自分が何とかしなければ!と強い思いを胸に抱いていた。
「響子さんのことだけじゃなく、今回の事件で命を落とした全員の仇を取って」
「……あぁ」
「私のことなら心配いらないからね! ダイエットに成功したと思うことにするから」
「美緒……」
遼の手よりも先に美緒の頭に到達したのは澄貴だった。ゴツゴツと骨張った遼の手とは打って変わり、細く長い綺麗な指が並んだ澄貴の手は不思議と美緒を慰めた。
「君は強い子だね。──大丈夫。君のお兄さんは必ず守るよ」
「……澄貴くん」
「おい! 田部井!!」
慌てて遼は澄貴を美緒から引き離した。美緒の頬が赤らんでいる。
「あらら、意外と過保護なんだねー。シスコンってやつかな?」
「シス、コン……?」
「冗談は顔だけにしてよね、お兄ちゃん」
「ふざけんな!!」と顔を真っ赤にさせて叫ぶ遼を見て、美緒は笑顔を取り戻した。──最初から田部井はこれが狙いだったのか……。遼が澄貴を見ると、「なぁに?」と彼はおどけて微笑んだ。
「なんだか笑ったらお腹空いてきちゃった!」
「いいことだ! バイキングって言ってたけど、バランスよく食べろよ!」
「また先生気取り? ……でも、お兄ちゃんは先生に向いてるかもね」
「え!? 本当に!?」
「うん。──だから、絶対なりなよ。先生に」
最後の言葉には美緒の思いが込められていた。響子のために、響子の分まで、遼自身のためにも──だから、死なずに戻ってきてね。お兄ちゃん。
美緒の思いを受け取り、今度は遼の手が彼女の頭を撫でた。
「約束する。──お前や母さんのためにも」
【家族】に触れ、澄貴は懐かしい気持ちになった。残念なことに澄貴に家族はいない。姉のように接してくれた響子も失ってしまった。だが、不思議と心は温かなまま。両親を亡くした時、冬の雨に打たれたように心は悴んだ。けれど今は違う。響子や遼が彼に教えてくれたから。
──人を愛する心を。
「美しい兄弟愛もそこまでにして、朝食を取りに行こうか」
「賛成!!」
「あ! こらっ! 腕組んで歩くな!!」
「そうだなー。僕も塩ノ谷くんのこと、【義兄さん】って呼ぼうかな?」
「は!? ふざけんな!! お前に呼ばれる筋合いはない!!」
「お兄ちゃん、ドラマのお父さんみたい! うけるー!!」
「うけるとか言うな! ちゃんとした日本語を話せ!! その前に! 田部井と腕組むのをやめろ!!」
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