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第二十七節「空白の年月 無念重ねて なお想い途切れず」
~心に想うは彼女~
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季節は六月……緩やかな春が過ぎ去り、再び気候に若干の湿気と熱気を含む季節が訪れた。
勇が横浜までロードワークを行った日の翌日。
その日は陽気を伴う曇り日。
薄っすらとした雲が僅かに日の光を遮り、後に晴れるとの予報もある。
勇は再び空を舞っていた。
そもそもそれは毎日の日課となっているのだが……今日はちょっとした目的があり、いつもよりも大きくコースを外していた。
行き先はレンネィの家。
折角お土産を買ったのだ、届けなければ意味が無い。
既に倉持ジムにはお届け済み。
そのついでに愛希を呼んで彼女にもお渡し済み。
今の彼はちょっとした配達員気分……そんじょそこらの運送業よりも何倍も速い。
中身が潰れなければの話ではあるが。
「よっと……」
再び華麗な着地を決め、今度はお土産も無事だ。
出来の良い力のコントロールに……当人も満足だったのだろう、思わず力拳を腰に引かせていた。
そこはレンネィのマンションの屋上。
最近は正面ゲートも面倒とあって、そこから侵入して直接レンネィの家に向かっている。
本当は犯罪なのだが……結果的に住人に用がある事には変わりないのだから御愛嬌である。
既にアンディとナターシャは彼の手を離れ、都内の高校へと通っている。
家庭教師の役目を終えてもう長く、それ以降レンネィの家にはほとんど訪れてはいない。
一応は既婚者なのだから、そうしょっちゅう出入りするのも彼女の世間体の為にはよろしくない訳で。
何かしらの理由を見つけては……こうやって訪れるくらいだ。
レンネィの家の前に着くと、呼び鈴を押して彼女を呼ぶ。
すると間も無くレンネィが扉を開けて姿を現した。
「久しぶりねぇ、勇」
「レンネィさんもお変わりなく」
彼を待っていたのだろう、既に彼女はスーツ姿。
出勤時間をずらして現在待機中の様だ。
「すいません、待たせちゃって……あ、はいこれお土産」
「あら、ありがとねぇ~。 まぁなんだからちょっとだけ話でもしていきなさいな」
「それじゃあちょっとだけ……」
彼女に受け入れられ、勇が屋内へと足を踏み入れる。
そこに在るのは相変わらずの大きなリビング。
若干散らかってはいるが、しっかり片付けは行っている様だ。
ソファーの既に定位置と化した場所に二人が腰を掛けると、今までに積もった話を語る様にレンネィが口を開いた。
「まぁ相変わらず、あの子達の事を話すのは禁じられてるから話せないけれど……簡単に言えば元気にやってるわよ。 ちょっと気張り過ぎてる所もあるけどね」
「そうですか……まぁ元気ならそれで充分だよ。 活躍してるっていうのは愛希ちゃん達からも聞いてるし、茶奈の強さならもう苦戦する相手は居ないだろうから」
その時勇の口元に浮かぶのは微笑み……それは彼女の事を知ってるが故の自信からによるものか。
そう語る勇の顔をレンネィはじっと真顔で見つめていた。
「でも茶奈はちょっときつくても無理しちゃう所があるからな……それが気張りの原因かもしれないなぁ……」
腕を組み、悩む様に頭を垂れながら「うーん」と声を唸らせる。
「そういえば本部の食事ってどうなんだろう……安居さんの料理はおいしいから心配はしてないけど、満足に食べられてるかな……」
「勇……」
淡々と語り続ける勇。
思いのままにつらづらと語る彼に、とうとうレンネィからストップが掛かる。
悩みながらの語りだったからか。
勇が彼女の声に気付くと、ゆっくりと頭を上げて彼女へ視線を戻していく。
そこから覗く顔には……彼女が止めた理由などまるでわかっていない様な、キョトンとした表情が浮かんでいた。
「あ、すいません……なんか一人で喋りこくってた……」
「そうじゃなくて……」
再びの切り返しに、思わず勇が首を傾げる。
当人が全く気付いていない事を理解すると……レンネィは「ハァ」と一溜息を付くと、悩ましく額にその手を充てた。
「……貴方、今ずっと茶奈の事だけ話してたでしょ……」
「あ……」
ようやくここで勇が気付き、途端に頬を赤く染めていく。
「ま、まぁ、ほら、家族の事を心配しない訳ないしさ……!」
「ふーん……」
「それに茶奈はなんていうか! ほら! あ、ああ見えて抜けてる所があるからっ!!」
「あっそう……」
そう慌てる様に語る勇をレンネィがずっと座った目で見つめながら、二人の会話……もとい一方的な勇の言い訳が長々と続いた。
語れるような言い訳が無くなると……当人も落ち着いたのか、誤魔化す様な歯を見せた笑顔を「ニカッ」と見せる。
その一連の語りにずっと聞き耳を立てていたレンネィはと言うと……「ニタァ」としたいじらしい笑顔を見せていた。
「……んまぁ、そうね、そうよねぇ……もう久しく会ってないもの、心配は募るばかりでしょうねぇ……」
「うん、まぁ、そうなんだよ……」
しかしこうも見れば、彼は立派なシ ス コ ンの様なものか。
そんな様を不意にも見せてしまえば恥ずかしくもなるだろう。
「ずぅ~~~っと会えなかったから、ねぇ?」
「う、うん……」
まるでそれは責め立てる様な、もしくは再確認する様な……ねっとりとした語り調。
僅かに籠る、腹の底から来るような低音交じりの一言が思わぬ勇の態度をしおらしくさせたのだった。
「……さてと、そろそろ行かなきゃねぇ」
「あ、すいません……なんか俺ばっかり」
「いいのよ。 いつもは私が喋ってばかりだしね」
僅か30分程の会話であったが、ほんの少し本音を語れた様だ。
場が途切れると……それを成した勇の顔に覗く笑みはどこか、落ち着いた様相にも見えた。
こうして二人はまた別れ、互いの目的地へと向かっていく。
再び会えるのがいつかもわからないまま。
勇は跳ぶ。
その顔にどこか希望に寄せた笑顔を浮かばせて。
そして車を運転するレンネィはどこか思い詰める様な……訝しげな表情を浮かべていた。
二人が想うのは……果たして……。
勇が横浜までロードワークを行った日の翌日。
その日は陽気を伴う曇り日。
薄っすらとした雲が僅かに日の光を遮り、後に晴れるとの予報もある。
勇は再び空を舞っていた。
そもそもそれは毎日の日課となっているのだが……今日はちょっとした目的があり、いつもよりも大きくコースを外していた。
行き先はレンネィの家。
折角お土産を買ったのだ、届けなければ意味が無い。
既に倉持ジムにはお届け済み。
そのついでに愛希を呼んで彼女にもお渡し済み。
今の彼はちょっとした配達員気分……そんじょそこらの運送業よりも何倍も速い。
中身が潰れなければの話ではあるが。
「よっと……」
再び華麗な着地を決め、今度はお土産も無事だ。
出来の良い力のコントロールに……当人も満足だったのだろう、思わず力拳を腰に引かせていた。
そこはレンネィのマンションの屋上。
最近は正面ゲートも面倒とあって、そこから侵入して直接レンネィの家に向かっている。
本当は犯罪なのだが……結果的に住人に用がある事には変わりないのだから御愛嬌である。
既にアンディとナターシャは彼の手を離れ、都内の高校へと通っている。
家庭教師の役目を終えてもう長く、それ以降レンネィの家にはほとんど訪れてはいない。
一応は既婚者なのだから、そうしょっちゅう出入りするのも彼女の世間体の為にはよろしくない訳で。
何かしらの理由を見つけては……こうやって訪れるくらいだ。
レンネィの家の前に着くと、呼び鈴を押して彼女を呼ぶ。
すると間も無くレンネィが扉を開けて姿を現した。
「久しぶりねぇ、勇」
「レンネィさんもお変わりなく」
彼を待っていたのだろう、既に彼女はスーツ姿。
出勤時間をずらして現在待機中の様だ。
「すいません、待たせちゃって……あ、はいこれお土産」
「あら、ありがとねぇ~。 まぁなんだからちょっとだけ話でもしていきなさいな」
「それじゃあちょっとだけ……」
彼女に受け入れられ、勇が屋内へと足を踏み入れる。
そこに在るのは相変わらずの大きなリビング。
若干散らかってはいるが、しっかり片付けは行っている様だ。
ソファーの既に定位置と化した場所に二人が腰を掛けると、今までに積もった話を語る様にレンネィが口を開いた。
「まぁ相変わらず、あの子達の事を話すのは禁じられてるから話せないけれど……簡単に言えば元気にやってるわよ。 ちょっと気張り過ぎてる所もあるけどね」
「そうですか……まぁ元気ならそれで充分だよ。 活躍してるっていうのは愛希ちゃん達からも聞いてるし、茶奈の強さならもう苦戦する相手は居ないだろうから」
その時勇の口元に浮かぶのは微笑み……それは彼女の事を知ってるが故の自信からによるものか。
そう語る勇の顔をレンネィはじっと真顔で見つめていた。
「でも茶奈はちょっときつくても無理しちゃう所があるからな……それが気張りの原因かもしれないなぁ……」
腕を組み、悩む様に頭を垂れながら「うーん」と声を唸らせる。
「そういえば本部の食事ってどうなんだろう……安居さんの料理はおいしいから心配はしてないけど、満足に食べられてるかな……」
「勇……」
淡々と語り続ける勇。
思いのままにつらづらと語る彼に、とうとうレンネィからストップが掛かる。
悩みながらの語りだったからか。
勇が彼女の声に気付くと、ゆっくりと頭を上げて彼女へ視線を戻していく。
そこから覗く顔には……彼女が止めた理由などまるでわかっていない様な、キョトンとした表情が浮かんでいた。
「あ、すいません……なんか一人で喋りこくってた……」
「そうじゃなくて……」
再びの切り返しに、思わず勇が首を傾げる。
当人が全く気付いていない事を理解すると……レンネィは「ハァ」と一溜息を付くと、悩ましく額にその手を充てた。
「……貴方、今ずっと茶奈の事だけ話してたでしょ……」
「あ……」
ようやくここで勇が気付き、途端に頬を赤く染めていく。
「ま、まぁ、ほら、家族の事を心配しない訳ないしさ……!」
「ふーん……」
「それに茶奈はなんていうか! ほら! あ、ああ見えて抜けてる所があるからっ!!」
「あっそう……」
そう慌てる様に語る勇をレンネィがずっと座った目で見つめながら、二人の会話……もとい一方的な勇の言い訳が長々と続いた。
語れるような言い訳が無くなると……当人も落ち着いたのか、誤魔化す様な歯を見せた笑顔を「ニカッ」と見せる。
その一連の語りにずっと聞き耳を立てていたレンネィはと言うと……「ニタァ」としたいじらしい笑顔を見せていた。
「……んまぁ、そうね、そうよねぇ……もう久しく会ってないもの、心配は募るばかりでしょうねぇ……」
「うん、まぁ、そうなんだよ……」
しかしこうも見れば、彼は立派なシ ス コ ンの様なものか。
そんな様を不意にも見せてしまえば恥ずかしくもなるだろう。
「ずぅ~~~っと会えなかったから、ねぇ?」
「う、うん……」
まるでそれは責め立てる様な、もしくは再確認する様な……ねっとりとした語り調。
僅かに籠る、腹の底から来るような低音交じりの一言が思わぬ勇の態度をしおらしくさせたのだった。
「……さてと、そろそろ行かなきゃねぇ」
「あ、すいません……なんか俺ばっかり」
「いいのよ。 いつもは私が喋ってばかりだしね」
僅か30分程の会話であったが、ほんの少し本音を語れた様だ。
場が途切れると……それを成した勇の顔に覗く笑みはどこか、落ち着いた様相にも見えた。
こうして二人はまた別れ、互いの目的地へと向かっていく。
再び会えるのがいつかもわからないまま。
勇は跳ぶ。
その顔にどこか希望に寄せた笑顔を浮かばせて。
そして車を運転するレンネィはどこか思い詰める様な……訝しげな表情を浮かべていた。
二人が想うのは……果たして……。
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