時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」

~Commencer l'action <行動開始>~

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 ディックとリデル。
 二人の心の叫びが混じり合い、溶け合い、一つとなった。

 この様にして出来上がった新たな想いは今、積み上げられた苦難を振り払う。
 そしてこれから何があろうとも、きっと乗り越える事が出来るだろう。
 
 互いを愛し続けている限り―――










 それからおおよそ二日後。
 フランスからの逃走劇より六日目。

 静寂を保っていた情勢が遂に動く。
 アルクトゥーンが北海ドイツ・デンマーク領海から移動を始めたのだ。
 
 移動を始めた方角は―――西。

 その先にあるのは当然、フランス領海である。

 この情報は瞬く間に世界を駆け巡る事となる。
 それだけ多くの国々がグランディーヴァとフランスとの対決に注視していたのだ。

 何故ならこの戦いが【双界連合グランディーヴァ】と【救世同盟】の最後の戦いともなり得るから。

 希望を抱き、心を受け入れる事を是とするグランディーヴァが勝つか。
 絶望を抱き、心を踏み躙る事を是とする【救世同盟】が勝つか。

 どちらにも未だ信じる者が多く居て。
 人種、宗派、政派に拘らず、誰しもが彼等に願うだろう。



 双方とも、〝世界を救って欲しい〟と。



 誰かは言うだろう。
 「何故目的が同じなのに、道を違うのか」と。

 誰かは思うだろう。
 「何故思想は違うのに、目的が同じになるのだろうか」と。

 その原因は運命の悪戯。
 古来より地道に築き上げて来た邪神の悪戯。

 そんな悪戯が今、世界を二分する戦いとなって星を揺らそうとしているのである。





 グランディーヴァが動いたという情報は、当然フランスも掴んでいる。
 そしてフランス政府が知るとなれば、彼等もまた知らない訳が無いだろう。





 フランス、オルレアン郊外。
 デューク=デュランの屋敷、リビングルーム。

 いつか食卓を囲って賑わせたその部屋も、今となっては作戦待機室と変わり果てていて。
 デュラン達が一同にして集まる様子を見せていた。

 皆、既に戦闘準備済み。
 各々の戦闘スタイルを維持したまま、時が訪れるのを静かに待つ様子が。

 エクィオは相変わらずのローブの様な衣服を纏い。
 しかし先日の様なライフル銃は持ち合わせておらず、その代わりに腰には二つのホルスターが。

 アルバは相変わらずの、露出度が高い胴甲を纏っていて。
 暑苦しい姿を見せつけつつ、己の筋肉に不備が無いかを入念にチェック中だ。

 ピューリーも装備こそ同じだが様相は若干異なる。
 魔導文字を描いた厚手の衣服は、恐らく魔装の様な物だろうか。

 パーシィもシスターキャロも装備は以前と変わらない。
 上半身を丸ごと覆う紫のジャケットと、新品同様の修道服でその場を妙に彩っている。

 アージはラフな革鎧に【アストルディ】を背負っているのだが。
 相変わらず修繕は疎かなのだろう、綻びは目立つほどに酷いままだ。

 部屋の端には例の東洋人―――サイ 懍藍リェンランの座る姿が。
 東洋人らしい短髪の黒髪がぺたりと頭皮に貼り付く様に伸びていて。
 針の様に鋭い細目と、にこやかな笑みを浮かべながら時を待つ。
 その拳には魔剣らしき、うねる様な紋様を浮かばせた赤黒い手甲を備えていて。
 嬉しそうに指でなぞる姿は、まるで戦いを待ち侘びるかのよう。

 部屋の入口付近に立つのは黒鷲エイグルノアだ。
 露出が無くなるまでの魔導兵装を着込み、その全身はその名を示すが如く、黒一色。
 フェイスガードとヘルメットまで備え、髪型は愚か顔付きさえもわからない。
 大柄な体は中肉程度の太目ではあるが、装備を着込んでもわかる程に堅牢である。 
 でもその図体に似合わず、直立したまま小さな端末をただ弄るのみ。



 そして彼等の中央に座るのが―――デューク=デュラン。



 まるでデュゼローを彷彿とさせる黒いローブを身に纏っていて。
 だとすれば恐らく魔剣もデュゼローと同じでローブの中か。
 見た目からではその強さは愚か、武装すらもわかりはしない。
 ただそうして見せる体躯は、彼の力強さを引き立たせているかの如く大きく逞しい。
 普段よりもずっと。
 
 とはいえ、その表情はいつもの様に柔らかだ。

「デュラン、軍からの定時連絡だ。 今現在、領海にて敵航空母艦アルクトゥーンを捕捉。 迎撃行動を開始したそうだ」

「そうか。 遂に彼等もやる気になったみたいだね。 後はリデルが上手くやってくれる事を祈るばかりだ。 黒鷲さん、引き続き連絡をよろしく頼むよ」

 こうして余裕なのは、リデルが上手くやってくれるという自信があるからか。
 それとも、勇達を撃破する事など造作も無いと思っているからか。

 ―――それとも、ただの性格故か。

 黒鷲が状況を逐一伝え、デュラン達が静かに座して待つ。
 間も無く訪れるであろうが出る時まで。

 すると、そんなデュランの肩に誰かの手が充てられる。

「デュラン、やはり僕は心配です。 もしこのままあの戦艦が落とされたらリデルさんは……!」

 そう声を掛けて来たのはエクィオだ。

 やはりリデルの事が心配でならないのだろう。
 肩に乗せた手は震え、まるで怯えているかのよう。

 ただその気持ちもわからくもないデュランだからこそ、肩に置かれた手を取る事が出来る。

「心配する事は無いよ。 きっとリデルは大丈夫だ。 彼女はとても強い人だから。 それにチャンスがあるのなら、私が彼女を救ってみせるから。 今までそうしてきた様にね」

 デュランも心配していない訳ではない。
 出来る事なら今すぐ助けに行きたい、そんな気持ちを抱いているから。

 でもそれも叶わない理想と責任も抱いているからこそ、彼はこうして穏やかでいなければならないのだ。
 仲間達に余計な不安や心配を抱かせない為に。

 それこそが〝デューク=デュラン〟の役割だと深く理解しているから。

 それに、彼はリデルが抗っている理由も知っているからこそ。

「それと、本当の事を言うと……この作戦を立案したのは他でもない、リデル自身なんだ。 彼女が攫われた時を想定して、こうするべきだと進言してきたんだよ」

「えっ……!?」

「リデルは今、自ら戦場に立っているんだ。 そうする事でしか力になれないからと言って。 彼女が何故そこまで尽くしてくれるのかは私にもわからない。 でもその愛に応えたいから、私は断れなかった。 それが罪だと言うのなら、この戦いが終わった後に罰してくれても構わない」

 きっと彼女の歪んだ愛情が自己犠牲を良しとしたのだろう。
 自身が死んでも、愛するデュランが大成を成す礎になるのならばと。

 例えデュランがその事を良しとしなくとも関係無く。

 だからデュランもきっと悩んでいたのだろう。
 愛人を死地へと送り届ける事になってしまった結果に。

 罪を償いたいと思える程に。

「けれど彼女の事だけは信じてあげて欲しい。 可能ならば救って欲しい。 例え私がこの戦いで死ぬ事になろうとも。 彼女を愛する君ならばそれも出来るはずだ」

「え、愛?」

「うん。 実はエクィオがリデルを好きだという事には薄々感じていてね。 だからあんなに怒っていたんだろうってすぐに気付けたんだ。 君の気持ちも無下にして彼女を行かせてしまったという事にもね」

 でもそう語る姿はどこか申し訳なさそうで。
 というのも、エクィオの感情を勝手に読み取り、こうして代弁してしまったから。
 それもこう面と向かって話せば恥ずかしくもなろう。

 ただ―――そこから見せるエクィオの顔はポカンとしたもので。

「……デュラン、別に僕はリデルさんの事が好きだという訳ではありませんよ?」

「えっ?」

 しかもそこから返されたのは思っても見ない一言。
 今度はデュランの方がポカンとしてしまう程に。

「なんだか誤解させてしまったみたいですね、すみません……。 実は恥ずかしい話なんですが、リデルさんには幼い頃に亡くなった母の姿を重ねてまして。 あの頃優しくしてくれた母の様で、その、なんていうか……話していると落ち着けるんですよね」

 そうして語られたエクィオのカミングアウトは、デュランだけでなく仲間達をも驚かせる事に。

 こうなれば次に皆の視線が向けられるのは当然―――

「あー……そうなんだね。 すまない、勝手に勘違いしていた様だ。 本当に申し訳ない……」

 ―――頭を抱えて項垂れるデュランへ。

 先程までの力強さはどこへいったのやら。
 仲間達が「やれやれ」と呆れる姿を見せる中、堪らず唸りながら首を捻らせていて。

 どうやらデュランはそれほど人心を読む事に長けてはいない様だ。
 これにはさすがのエクィオも苦笑を浮かべるばかりである。

「でも、リデルさんがそういう想いで戦っていたのなら、僕も信じる事にします。 そして貴方の言う事も。 僕達は皆、勝つ為に戦っているんだってわかりましたから」

 ただそんな所がデュランらしいという所を彼等は知っている。
 だからこうして本音を打ち明ける事で、綻びかけていた絆は再び紡がれるのだ。

 それが容易に叶う程に、彼等の結束は固いのだから。



 だがそんな最中であろうとも事態は動き続ける。



 和気藹々とした雰囲気が生まれつつある中で、黒鷲の端末を触る動きが鋭さを帯びる。
 どうやら状況に著しい変化が起きた様だ。

「デュラン、愉快なお話の最中で申し訳ないが……彼等が区切り点ブレイクポイントを越えたぞ」

 事態が遂に彼等の戦略領域へと足を踏み入れたのである。

 黒鷲の言う『ブレイクポイント』とは、すなわち戦略分岐点。
 アルクトゥーンの進路と行動・目的を定める重要地点だ。

「……そうか。 それで、どっちに越えた?」

 つまり、そこを越えた時の結果こそがデュラン達の行動さえも決するという事で。
 だからこそ、黒鷲の答えに全員が耳を傾ける。

 リデルが導いた結果を。

 彼等の戦いの行く末、それは―――



「奴等が進んだの……西だ」



 彼等の引いた戦略分岐点。
 それはパリとレンヌの間に引かれた境界線の事を指す。
 その地点から西という事はつまり、グランディーヴァがレンヌへと向かったという事。
 本命であるはずのデュラン達が居るオルレアンではなく。

 その結果はつまり。

「どうやらこの作戦、私達の勝利に一歩近付いた様だ。 リデルの計画は上手く行った様だね」

 グランディーヴァがレンヌに向かうという事。
 要するにそれは、デュラン達がレンヌに居ると攻める為だ。

 そして、こうなる事こそがデュランの目論見通り。



「だとすれば、間も無く【機動旗艦アルクトゥーン】という物はこの世から消える事になるだろう」



 その一言はただただ自信満々に。
 読み通りの結果が、彼の口からたった一つの答えを導き出したのだ。

 アルクトゥーンが堕ちるという結論を。

「だがまだ油断は出来ない。 彼等が一矢報いて来る可能性も否定出来ないからね。 対策は万全にしていこう。 彼等に何一つ抵抗を許してはいけないのだから」

 そう、だからといって終わりではない事もデュラン達は知っている。
 旗艦を堕とせば、次に待つのは本命。
 勇達との戦いが待っているのだから。

 だが彼等にもはや何一つ、油断などありはしない。
 勝利の女神リデルが導いたこの結論を前に、ただ戦意を昂らせるのみ。

 全て抜かりなく、グランディーヴァをこの世から消し去る為に。





 こうして、グランディーヴァと【救世同盟】の決戦が幕を開けた。
 しかし事態はデュランの思惑の最中へ。

 彼等の張る策略とは一体。
 レンヌで勇達を待つ物とは一体。 

 果たして勇達の運命は。



 これより世界は激震するだろう。
 二つの力が引き起こす、史上かつてない戦いを前にして。

 新革の地にて―――人は、世界は、命の可能性を知る。


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