時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十八節「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」

~縦横無尽の噛砕者達 獅堂達 対 忘虚②~

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 知的生命体にとって、頭部を失うという事はすなわち死を意味する。
 そこに仕舞われた脳という器官基幹が体から切り離されるからだ。
 そして即時再生といった機能を有さない限り、切り離された部位を元に戻す事は叶わない。

 故に死ぬ。
 例え取れた首をくっつけても、弾けた肉片を集めて固めようとも。
 その基幹が〝有った〟という事実は変わらず、たちまち肉体は死を受け入れるだろう。

 その摂理は人を超越せし天士とて例外とはならない。
 肉体を維持している時にもし頭を飛ばされれば、すぐさま生命活動を終える事となる。
 体と切り離された事で心が死を認識し、物質的活動までをも停止させてしまうからである。
 普通の生命であった頃の名残までは断ち切れないからこそ。
 


 しかしその様な摂理にも、例外という物は存在しえるものだ。



 それはディックがロワの頭を木っ端微塵に吹き飛ばした、その時の事。
 敵を倒したと浮かれるディックと獅堂の目前で、信じられない出来事が起こる。

 なんと、ロワの身体が動き始めたのだ。
 頭を失ったにも拘らず、身体だけで立とうとしていたのである。

「こ、こいつう……ッ!?」
「嘘だろおい!?」

 確かに動きはぎこちない。
 立とうと思っても倒れ、なかなか起きれないという。
 自分がどこを触れて支えているのかもわからない様だ。

 でもそれが逆にこれ以上無い不気味さを醸し出す。

 苦しんだり痛がったりする風でも無く。
 かといって頭が無くなった事に驚いてる節も無い。
 まるで頭が無くて当たり前の様に、ただただ立とうとしている。
 それも軟体生物の様にぐにゃりぐにゃりと落ち着きのない動きを見せながら。

『つくづくバカめが!! 俺がこの程度で死ぬと思ったかぁ!?』

「うおおッ!?」

「声が、どこからだッ!?」

 更にはどこからともなく声までが。
 ロワにはもう発声器官が無いにも拘らず。

 いや、これは音というよりも意思そのものか。
 まるでア・リーヴェの言葉と同様の、心に直接届く意思の声だ。

『しかもテメーらはとんでもない事をしでかしたぁ!! すぐに後悔するだろうぜ!! 何故ならァ―――』

ドガォンッ!! 
ガォンッ!!

 しかしそんな怪声などに構う事無く。
 ディックのライフルが二度三度ふたたびみたびと炎を噴く。
 
 なれば今度はロワの身体までもが吹き飛ぶ事に。
 千切れた手足を彼方へ弾き飛ばす程の威力を以って。

「うおおああーーーッッ!!!」

 こうなればもはやディックとて必死だ。
 装填ボルトを幾度も引き、何度も何度も弾丸を撃ち放つ。
 ビルの屋上がその度に砕けて吹き飛ぼうとも関係無く。
 肉片一つ残すまいと、容赦無く。

 気付けばもう、何も残っていなかった。
 この場に残っているのは精々、血糊と焼けた肉の臭い。
 それとディック自身が放った薬莢と硝煙臭くらいだ。

 だが―――

『無駄だ無駄だァ!! その体はただの素体でしかねぇんだよォ!! ただし、その素体を消し飛ばしちまえばもう止まらねぇ……敵意を向けたテメーらを飲み込むまで止まらねぇぞぉ!! キャッヒヒヒ!!』

「んな……」

 それでも声は一向に止まらない。
 それどころか鬼気が更に増し、二人の恐怖を心の底から煽りに煽る。
 思わずその身を退かせてしまう程に。
 恐れるが故に唖然とし、冷や汗を流してしまう程に。

 何故なら、二人には見えていたから。
 ロワの居た場所、その直上に輝く大きな光球が。

『キヒ、ヒ!! 何もか、もを飲みこ、むまで!!』

 それは他の光球とは明らかに何かが違っていた。
 声と共に弾み、感情と共に揺れ動くという独自性を持ち合わせていたからこそ。



『止まらな、い!! 俺、止ま、な!! キヒ! ミンナ、喰ウ! 喰ウ、マデ―――トマァァァナァァイィィィ!!』



 そしてその鬼気が極限に達した時、それは遂に起きる。

 なんと、光球が膨らみ始めたのだ。
 徐々にではあるが、見てわかるほど明らかに。

 そんな物に銃弾を撃ち放とうが何の意味も成さない。
 須らく光に飲み込まれ、音も無く消えていくだけで。

「これヤバいんじゃないの……!?」

「オイオイオイィィィ!?」

 しかも際限が無い。
 大きく成り続ける光球は、更に塔屋などの屋上施設をも飲み込み始めていて。

 それだけでわかる。
 この光球が如何に危険であるのかという事が。

 飲み込んだ物が全て溶ける様に吸い込まれているのだ。
 光に触れた部分が砂の様に崩れ、中心へと向けて。
 例え鉄で出来た物体だろうが何だろうが手あたり次第に。

 そう、この現象こそグーヌーの里を飲み込んだ物に相違無い。
 そしてアルライの里に輝いた物とも。

「ふははは!! バロルフ様参上であるゥ!!」

「二人とも無事か!?」

 そんな中に意気揚々とした声が。
 外壁側から、バロルフとその背に掴まったズーダーが現れたのだ。
 なんという最悪のタイミングか。



 だがその二人は苦労の甲斐も間も無く、獅堂達から叩き落される事となる。
 全力疾走による退避のついでに。



 獅堂達が揃ってビルから落ちていく。
 膨らむ光球から難を逃れる様にして。

 光球はもうビル屋上全てを包み込んでいた。
 ビルそのものをも喰らい続けながら。
 その圧力は、常人のディックでさえ自ら投身してしまう程に凶悪だ。

「うおあああーーー!?」
「ディックさんッ!!」

 いくら補助魔装具を装備していても、これだけの高さから落ちれば無事では済まされない。
 だからこそ獅堂が自ら飛び込み、ディックを捕まえて空を翔ける。
 バロルフとズーダーは自らの力で何とかなるだろうと放置して。

 その直後には、皆が揃って地表へと到達する事となる。
 アスファルトを打ち砕く程の衝撃を三つもたらして。

 でも、うかうか安心などしてはいられない。
 たちまち四人が揃って駆け出し、ビルから離れていく。
 時折空を見上げ、光球の様子を伺いながら。

「一体何があったというのだ!?」

「キッピーさんを木っ端微塵にしてやったんだけどねぇ、どうやらあれが本体ってワケじゃなかったらしい!! そんであの球が現れてこの惨事だよぃ!!」

「もしかして天士とかそういう類って頭吹き飛ばしても死なないのかい!? 勇君でそれを想像するととっても怖いんだが!?」

 特に獅堂とディックに限っては、見上げる姿に畏怖さえ覗かせる。
 ロワの身体だけが動くという、衝撃的な光景を目の当たりにしてしまったからこそ。
 いわゆる、トラウマというやつだ。

 ただ言葉通りに妄想などしてはいられない。
 敵は頭上の光球だけとは限らないのだから。

「皆気を付けろ、どうやら簡単には逃がしてくれないらしい……!!」

 ズーダーがその時手を掲げ、走る速度を緩ませる。
 周囲を誰よりも見ていたが故に気付けた事があったからこそ。

 そう、街を破壊した無数の小光球はまだ周囲に残り続けている。
 四人を迎える様に、いくつも浮かび上がっていたのだ。

 まるで、個々に意思があるかの如く。

「まさかまさかまさかぁ!?」
「そうだ、来るぞ!!」
「ぬうおおおッ!?」

 そしてそれは案の定、ズーダーの予想通りとなる。
 その光球達が突如として四人に襲い掛かって来たのである。

 一度触れれば即消滅。
 その様な物体が四方八方から無数に。

「みんな逃げろォーーーッ!!」

 もはやそう言われるまでも無かった。
 それだけ光球の猛威が激しかったからこそ。

 一つ一つは非常に遅い。
 普通の人間でも意識すれば避けきれる程に。
 でもその数が尋常ではない。
 音も無く迫って来るのだからなおさらだ。

 余りの猛威が故に、獅堂でさえ余裕は無いのだろう。
 ディックを守る事も叶わず、近づく事さえままならない。
 当人も躱せてはいるものの、集中力・体力が途切れれば即終了と思える程にギリギリだ。

「クソがあああ!!」

 そんな中でディックの銃が火を噴く。
 複合銃ならではの、秘蔵の着弾式榴弾グレネード弾頭だ。
 それが空の先へと飛び、間も無く景色の先で炸裂する事となる。

ドゴォォォーーーンッ!!

 しかしそれがまさか自分達の恐怖を更に煽る事となろうとは思いもしなかっただろう。

 この時、ディック達は見てしまったのだ。
 驚異、脅威の光景を。

 グレネードの爆発をも喰らう光球の恐ろしさを。

 余りにも異様だった。
 爆発炎上する黒煙に穴が開いたのだ。
 光球が一度通れば先の光景が見え続けるという不可思議な穴が。
 それはさながら爆発映像のフィルムを喰らったかの様に。

 物理的に有り得ない。
 なお爆発炎上し、白煙を撒き散らして蠢いているにも拘らずのそれなのだから。

「何だっていうんだこれはッ!!」

 それに合わせて獅堂もが魔剣の銃弾を撃ち放つ。
 でもその結果はグレネード弾と同じで全く効果が無い。
 弾丸が掠れば削られた炎と同様に、半身のまま彼方に飛んで行くだけだ。

 獅堂の魔剣の弾丸はいわば命力弾であり、物理攻撃では無い。
 すなわち光球は物理兵器だけでなく命力さえ無効化するという事で。

 ならば炎も弾丸も、命力さえも通用しない。
 物質もエネルギーも何もかもを全て飲み込んでしまう。
 
 つまり、成す術が無い。

 反撃手段がもう残されていないからこそ。
 少なくとも今の獅堂達には。
 
「八方塞がりだッ!! これはどうしようもないよおッ!!」

 隙を見てディックの腕を掴み、獅堂が駆け抜ける。
 【命踏身】を駆使した加速で、集まる光球群から飛び出す様にして。

 今はただ逃げるしかない。
 逆転の糸口が全く見当たらないからこそ。

「ううッ!?」

 しかしそうして振り返った時、獅堂は気付く事となる。
 そんな考えを導き出したのは、自分達だけだったのだと。

 光球嵐の中にはなんと、なお残り続けるズーダーの姿が。
 最小限の動きで躱し、光球の動きを間近で観察していたのだ。

「どういう事だ? あの現象、光球とキッピーとの関連性は? 吸い込む現象と万有引力の理屈は違うのか? 」

 それも頭脳を最大フル動員し、理論を構築するに至る。
 そうする姿は他の仲間達とは一線を画した姿で。
 この様な危機的状況にも拘らずの冷静さに、獅堂が別の意味で唖然としてしまう程だ。

 〝この人は怖くは無いのか〟と。

 いや、実際は怖いのだろう。
 当然だ、ズーダーはほぼ実戦経験が無い素人ペーパー戦闘員なのだから。

 でも、その恐怖を押し退ける気概がある。
 誰にも劣らない、勝たねばならないと強く思える胆力が。

 そして何より、彼には仲間達が持たない優れた利点を持ち合わせているから。

 それこそが頭脳。
 戦況を多角的に見据え、正しい道を導ける洞察力の事である。



 グランディーヴァが始まって半年で、幾度と無く激戦を繰り広げてきた。
 その度に勇達は苦戦を跳ね退け、勝利を得て来た訳だが。
 実はその影に、ある者の功労があった事は知られていない。

 何故新人とも言える莉那が艦長として的確な指示を出せたのか。
 命力の事を知らない者がどうやって理論的に物事を測れたのだろうか。
 戦地で何が起き、戦況がどの様に動き、どちらが優勢なのか。

 戦いを知らない者が理解出来るかといえば、答えはNOだ。
 幾ら賢いとはいえ、知識が経験を超えるには限度があるのだから。

 だからこそ艦長の下に、戦略・戦術理論を構築出来る龍という存在を置いた。
 軍人であり、戦闘経験にも秀でた参謀的立場として。

 けれどそれでも不十分だ。
 彼もまた命力に関しては素人に近いからこそ。
 ならばその点を補助していたのは誰か。

 それが外ならぬズーダーだったのである。

 ズーダーは元々洞察眼に優れていた。
 仲間達を遠くから補助する司令塔的役割を担える程に。

 理論的に物事を考え。
 即座に答えを導き出し。
 効率的な戦術を構築して。
 魔特隊時代からその成果を積み続けている。

 そしてその力は今も変わらない。

 その思考力はあの瀬玲やカプロが認める程に卓越している。
 まさにグランディーヴァに無くてはならない影の参謀なのだ。



 故にズーダーは思考する。
 戦場の中で、脅威の中で。
 最良の答えを導き出し、勝利へと繋げる為に。

 それこそがズーダーの誇る武器だから。
 誰にも勝る、かつ勝利する為に必要な理論武装なのだから。 

「でもまだだ、まだ材料が足りない! 彼等が何かと断定する材料が!!」

 瓦礫を、大気をも飲み込み来る光球を避けつつ叫びを上げる。
 答えを求めて眼をも動かし、異質を探りながら。

 そうする姿はまさに雄姿。
 勇気を体現せし様相は、例え力劣ろうが決して脆弱などではない。

 真っ先に逃げた獅堂が己を恥じてしまう程に―――美しかったのだ。

 これがグランディーヴァ、ひいては魔特隊に身を置いた年季の差か。
 それとも、戦いに向けた意識の差か。
 どちらにしろ戦いにおける姿勢は雲泥の差と言えよう。

 勇達と同じ志と勇気を持つ者、ズーダー。
 その戦いに向けるひたむきさは、この中で誰よりも気高く強く、そして誇らしい。

 誰より劣る力よりも技術よりも経験よりも。
 己の最大の武器である頭脳を今こそ奮おう。
 窮地とも言える現状を打破する為に、仲間の命を守る為に。
 


 ただその勇気や頭脳があるからといって、無敵であるとは限らない。



 その時、突如としてズーダーの足元が光り輝く。

 なまじ思考していたから気付けなかったのだ。
 地面という死角からの伏兵に。

 それも当然だ。
 光球は物理特性に囚われず、大地をも抉り進む事が出来るのだから。
 進む先が例え地面であろうが、全く何も抵抗は無い。

「ううッ!?」

 その相手に気付こうとも、ズーダーはただ眺める事しか出来なかった。

 例え鍛えていようとも、意気込みが強くとも。
 反応速度という物に限っては天性を覆す事は容易ではない。
 特にズーダーの様な、感覚では無く理屈で動く性質タイプの戦士ならば。

 つまり、避ける事は叶わない。
 絶対的な思考時間が足りないのだ。

 たちまち光球が地面を抜け、足元から襲い掛かる。
 ズーダーはもはやその光球を前に、慄き首を引かせるのみ。



 だが、その瞬間―――ズーダーが突如としてその場から姿を消す。



 まるで陽炎の様に。
 まるで残像の様に。
 光球が通った跡に、何も残す事無く忽然と。

 しかし決して飲まれたのではない。

 なんと、あのバロルフがズーダーを掴み飛んでいたのだ。
 光球群の中をすり抜け、飛び出す程の勢いで。

 まさに間一髪だった。
 あと半秒でも遅れれば、ズーダーは間違い無く消滅していただろう。

ズザザーッ!!

 間も無くバロルフが瓦礫を弾き飛ばしながら大地を滑る。
 右脇にズーダーを抱え込んだままに。

 その豪快さは相も変わらずで、獅堂達の安心さえ呼び込もう。

「す、すまな―――バ、バロルフ殿……!?」

 でも、何か様子がおかしい。
 ズーダーを手放すものの、そのまま滑り込んだままに蹲る姿が。
 その顔に無数の脂汗を滲ませた苦悶の表情を覗かせていて。

 そしてバロルフの異変に気付き、ズーダーが振り向いた時。
 その間も無く、異変の原因に気付く事となる。

 ―――左腕が、無い。

 まるごと、削ぎ取られていたのだ。
 肩に至るまでばっくりと。
 魔剣までをも一緒に。

 ズーダーの身代わりとなって、光球に飲み込まれていたのである。



 恐るべきはロワの光球達。
 その縦横無尽かつ無際限の噛砕ごうさい者達に、もはや成す術は無い。

 一方でこうして着実に戦力を削られていく。
 今の獅堂達の劣勢は否めない。
 
 ここからの逆転の可能性は、果たして―――


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