時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十八節「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」

~これぞ破神の龍哮なり イシュライト達 対 憎悦②~

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 拳に命を賭けし武神と、邪に憎悪を捧げし準神。
 この二人が今、満を持して力を解き放つ。

 己の存在理由を証明する為に。

「イシュライトよ安心せい、お前の言いたい事はわかっておる。 なればその上で勝って見せよう。 歴戦を貫き通したこの拳に賭けてな」

「師父殿……」

 ウィグルイはもう気付いているのだろう。
 ジェロールが命力を通さない体を持っている事に。
 そして恐らくは、その逆転特性をも。

 しかしイシュライトは知っている。
 それがわかった所で、自分達には成す術が無いという現実を。

 この相手だけには、自分達の拳が一切通用しないという事を。



 イ・ドゥール拳法は言わば命力闘法。
 命力使用を基礎とする戦闘技術を極めた古来の武術だ。
 その拳法を操る者は須らく、己が肉体を魔剣同様に仕立てられるという。

 命力を駆使して肉体を鍛え。
 命力をりて拳を打ち。
 命力を放って大地を駆ける。

 この拳を学びし者はまさに、命と共に生き、命と共に死んでいった。
 それ程までに命力と隣り合わせだからこそ、離れる事も叶わない。

 故に、最強。
 故に、敵無し。

 遥か古来より受け継がれしその拳が轟かぬのは、門外不出なればこそ。
 もし世に解き放たれたならば、時代を席巻する事はもはや明白である。



 ただし、その話は常世に限った話だが。



 今の相手は準神。
 その自慢の命力闘法の一切を無効化するという超常的な相手だ。
 そしてイ・ドゥール拳法を使う以上は命力が手放せない。

 ならばあの武神ウィグルイでさえ歯が立たないだろう。
 そう結論付けるには充分だった。

 だからこそイシュライトはいつに無く恐れているのだ。
 この相手は戯れで戦う様な相手では無いのだと。

 しかしその恐れの甲斐も無く、遂に二人の戦いが幕を切って落とされる事に。

「我が名はウィグルイ!! イ・ドゥールが拳士にして秘伝の拳技を伝えし長師なりィ!! いざァァァーーーッ!!」
 
「フハハッ!! こぉいッ!!」

 その時、大地が揺れる。
 突風が吹き荒れ、瓦礫が吹き飛ぶ。
 イシュライトが堪らず怯みを見せる中で。
 互いがそれだけの圧力を放って飛び出したが故に。

 そうして始まったのは、拳と拳の応酬だった。

 その様相はまさに暴風の如し。
 目にも止まらぬ速さの拳が、互いの間で無数に撃ち込まれ。
 それも、一撃一撃に尋常ならざる威力を籠めて炸裂させる。

 ウィグルイが連拳を見舞い、攻撃を躱し受け流して。
 ジェロールが怯まず耐えきり、剛腕による拳を繰り出して。

 しかして互いに笑い合っている。
 自慢の肉体を存分に奮える事を悦んでいるのだ。

「やるなジジィーーーッ!! だがいつまで逃げ切れるかなぁぁぁーーーッ!?」

「ふははは!! 望むならばいつまででもォ!!」
 
 ウィグルイは何をしても落ちない相手を前にして。
 ジェロールは決して砕けぬ体に自信を以って。
 思う存分に拳を奮い、撃って、撃って、撃ちまくる。
 幾度と無く、一切躊躇う事無く。

 その激しさ故になお突風が吹き荒れて。
 アスファルトが、瓦礫が、大地が抉れ飛ぶ。
 拳圧だけで彼方の物体までもが削れて舞い飛び。
 離れていたイシュライトもが徐々に徐々に押されて大地を滑り下がっていく。

 しかしウィグルイの劣勢は否めない。
 その拳を幾ら打ち当てようと、一切損傷に至らないのだから。
 それどころか拳撃の反動で己へのダメージさえ免れないだろう。

 それに、言う様にいつまでも躱し切れるとはいかない。
 実際、既に何度か攻撃を受け止める姿が。
 自慢の身体能力で威力を受け流してはいるが、いつまで保つか。

 対してのジェロールは疲れなど知らない。
 与えられた肉体は生物の理を超えているが故に、体力はほぼ無限に近いからだ。
 つまり、ウィグルイの消耗一方なのである。
 
 それに、応酬が続けば目も馴れよう。

 ジェロールの剛腕が空を切った時、ウィグルイの連撃が頭部を襲う。
 足蹴り、膝蹴り、裏拳撃の間髪入れぬ三連撃だ。

 でもそれをジェロールは一切怯む事無く反撃で振り払う。
 その眼さえも一切閉じさせる事無く。

 敵の拳に慣れたが故に、恐れを取り払ったのだ。
 目を閉じる必要すら無いと理解したのだろう。

 だからこそ、奮う剛腕に溜めは無い。
 ウィグルイの攻撃の最中だろうが関係無く拳を撃ち放つ。
 相手の拳による反動が一切無いからこその強引な戦法だ。

 しかしウィグルイも負けてはいない。
 先程よりもずっと鋭く際どく躱す姿が。

 所詮、ジェロールの拳は常人拳に過ぎない。
 例え神の如き肉体チートを貰おうとも。
 長年に渡る修練で身に着けた経験を前には、その威力とて霞んで見えよう。

 例え命力が効かずとも。
 例え肉体が劣ろうとも。
 恐れず攻め猛る姿はまさに武神。
 イシュライトが唖然としてしまう程に、勇猛果敢だったのだ。



 そしてその攻防の最中、あり得もしない出来事が起こる。



「けぇぇあぁぁぁーーーーーーッッ!!!」

 剛腕を潜り抜けたその懐から、ウィグルイが気合いの下に跳び上がる。
 ジェロールのその顎目掛けて。

ドッゴォォォ!!!

 その時打ち込みしは鋭い膝蹴り。
 天貫く程に力迸る一撃だった。

 なんと、あのジェロールの頭をも跳ね上げる程の。

「ッが!!?」

 その途端に、暴風の如き攻防が止まる。
 ジェロールの体もが打ち上げられていたからこそ。

 その間も無く、受け身を取らないままにジェロールが大地へ。
 一転二転、その巨体を大地へと転がしながら。
 しかも困惑の余り、すぐには動けないでいて。

「は!? え!?」

 当然だ。
 不動不壊・絶対無敵だと思っていた肉体が、何故かこうして叩き上げられて。
 しかもかなりの激痛を伴うという。
 だからこそ困惑せざるを得ない。
 命力不干渉の肉体に傷を負わせるなど、とても信じられない事だからこそ。

 イシュライトも、その様子を前にただただ驚き慄くしかない。
 彼とてウィグルイが何をしたのか全くわからなかったのだ。
 今のはただの膝蹴りにしか見えなかったのに。

「ほほ、そろそろ頃合いかと思ってやってみたが、上手くいったのぉ。 どうしたイシュライト。 今のはただの膝蹴り、小手調べに過ぎんぞ?」

 ウィグルイもがこう言うが、信じられる訳が無い。
 そんな拳技、技術など、イシュライトが知りうる限りでは存在しないのだから。

「今のは一体どういう技なのですか……?」

「違う、違うぞイシュライトよ。 これは技ではない。 これこそがイ・ドゥール拳法術者の極致なのだ。 ただし、敢えて言うならば―――裏の極致」

「裏の、極致……!?」

 そう、その様な拳技など、そもそも存在しない。
 イ・ドゥール拳法はイシュライトが知る限りで全てであり、それこそが究極なのである。

 だがもし、その先に更なる隠された極致・極意があるのだとすれば。

「うむ。 これを成し、伝え続ける事こそがイ・ドゥール族の真なる使命なり。 拳を鍛え、拳に殉じ、拳に生命を賭ける、その末に掴みしは無我の境地―――」

 では何故、イ・ドゥール族は拳法を門外不出としたのか。
 その力ならば他者を圧倒出来たかも知れないのに拘らず。

 答えはただ一つ。
 その裏の極致を広める訳にはいかないから。
 誰にも伝えず、誰にも知られず、〝然るべき時〟まで封印せねばならないから。

 それは単に、この裏闘法こそを脅威への反抗の一撃とせんが為に。



「その極名を【破神龍哮法オグルオンダ】と言う」



 遥か古来より、イ・ドゥール族の祖先達は予見していたのだ。
 いつか必ず、世に溢れし命力技術の通用しない災厄が現れるのだと。
 その〝然るべき時〟に向け、彼等は準備しておいたという。

 イ・ドゥール拳法の極致、裏闘法を。

「始祖達は彼奴の様な者が現れる事を示唆してたんじゃろうなぁ。 だからこそイ・ドゥールを創った。 その拳を悟らせぬ事で、更にその裏を突かれぬ様にな。 恐らくはそのなんとかシスとかいうのがうろついている事に気付いておったのじゃろう」

 アルトランの存在は、かつての時代に近しい者であればある程よく知っているはずで。
 だからこそイ・ドゥールの祖先はその脅威さえも予見出来たのだろう。
 その可能性に従い、彼等は己の技術を磨く事だけを求め続ける事となる。
 人間と魔者の争いに一切加担する事も無く、ただひたすらに。

 そしてその末に、その答えを導き出した。

「なれば今こそ使わねばなるまい? この無我の境地、命力反転の極意を。 拳とは別の、一子相伝のみによって受け継がれるこの極致を」

 神を破りしは命に非ず。
 龍が如き超常の咆哮を以って邪悪を断たん。

 それこそが神威の極致、【破神龍哮法】なのである。

「然らばその目に焼き付けよイシュライトォ!! これぞ我等イ・ドゥールの至高にして究極の呼吸術なりィ!!」

 故に垣間見る事となるだろう。
 イシュライトが。
 ジェロールが。
 
 〝然るべき時〟を迎えて解放されし極致の姿を。

「カァァァ……ッ!!」

 この時、周囲が突如として地響きに包まれる。
 たった一息、ウィグルイが息を吐いただけで。

 いや、呼吸の所為ではない。
 体が震えている。
 肉が、皮膚が、骨が、血管が、細胞が。
 命力までもが荒れ狂うかの様に暴れ回って。
 そうして生まれた振動が大地をも激震させているのだ。

 たちまち灰色だった皮膚が血色を帯び。
 朱く赤く紅く赫く、濃くなればなる程に滾り熱くなる。

 するとどうだろう。
 周囲を取り巻いていた命力光までもが真っ赤に染まり。
 直後、煙の様な気体状となって体へと急激に吸い込まれていく。

……ドグンッ、ドグンッ!! 

 そうして成った姿はまるで心臓そのものだった。
 浮かび上がった血管が脈動し、鼓動を波動として体外へ放出する姿はまさに。

 しかしそれが限り無い畏怖を呼ぶ。
 紅く染まり上がった鬼の如きその姿が、敵味方隔てなく畏れを呼んだのだ。

「さぁ始めようか……ッ!! 真なる究極の肉体をしかと目に焼き付けるがよかろうッ!!」

 今こそ、邪神の眷属を屠る為に。
 破神を是とする龍人が、その息吹を己が身体に吹き込んだ。

 なれば成そう。
 その至高至極の肉体を以って。

 天者を送り届ける為に、その剛拳で道を切り拓かん。


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