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第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」
~そして戦士達は理解する 信~
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戦いの果てに、勇とアージが和解した。
これは似た志を抱いていたが故の必然か。
しかし、だからこそ湧く疑問もある事だろう。
歪となった世界で生まれた疑念はとても目に付くけれど、不可解なものだから。
人の想像力では到底理解しきれない程に。
「しかし不思議なものだ。 人間とここまで話した事など一度も無かったからな、まさかこの様な日が訪れる事になろうとは思っても見なかった。 己の思慮の浅さが身に染みるようよ」
「はは、ここじゃそう不思議な事でもないですよ。 今は世界で魔者と手を取り合おうとしている訳だし」
「ぬ? それは一体どういう事だ?」
故に、気付こうとも気付けない事がある。
例え勇の様な異質が前に現れようとも。
人には常識という名の、理解を妨げる壁があるからこそ。
だからこそ、アージの言う〝浅はか〟という認識は間違いなのかもしれない。
何故ならそれは、この二人が遭遇するという事態が異例中の異例だから。
世界の一部が転移したなど、事情を知らなければわかるはずもない。
ならば当然、世界が今どうなっているかなど予想さえ付かないだろう。
「やっぱり知らなかったんだ。 実は今、世界は大変な事になってるんですよ」
だから説明しなければならない。
今この世界で何が起きているかを。
それが勇の背負う義務と責任でもあるからこそ。
『こちら側』に『あちら側』の一部が転移した事。
『こちら側』には魔者という概念は無く、根本的な敵意が無い事。
世界が今、魔者と手を取り合う為に舵を切っている事。
他にも、『こちら側』が文化的に発展して〝穏やかな生活〟を享受している事なども。
そんな話を聞けば、例え識者であろうと首を傾げずにはいられないだろう。
こうして耳を傾けてくれたアージであろうともそうだ。
とても受け入れ難い事実を前に、堪らず頭を抱えていて。
「むぅ、にわかには信じられん話だが……貴公達が居るという事が何よりもの証拠か。 確かに、言われて思い返せばこの山には妙な施設があった。 それによく見れば着る服もとても上質だ。 我等の世界で造ったとは到底思えん」
それでも、考えれば考えるほど辻褄は合うばかり。
信じられもしない真実にどうにも頷かざるを得ない。
そう悩み頭を抱えるアージの肩に、少女の慰めの手がポンポンと。
「まぁアージさん?みたいな反応を見せたのは初めての事じゃないし、わかりますよ。 俺と仲良くなった魔者の人々も最初はそんな感じだったし。 アルライ族って言うんだけど」
「何、あのアルライ族と和睦を結んだというのか!?」
するとそんな手を跳ね退けんばかりに、アージの上半身が前のめりとなる。
まるで信じられないといった顔だ。
それも先程よりもずっと、更に驚愕まで交えて。
「え、アルライ族の事を知っている……?」
「うむ。 アルライだけでは無く、他の隠れ里もな。 我等には少しそういった方面にツテがあるのだ。 この地に訪れたのも、ここに在ったはずの隠れ里に訪ねる為だった―――のだがどうにも見つからなくてな。 もし貴公の言う事が正しいのなら、その隠れ里はこの世界には来ていないのかもしれん」
「そうだったんだ。 でも何だか嬉しいや、アルライの事を知ってる人が外にも居たなんて……!」
そしてまさかの事実に、今度は勇もが驚く事に。
まさか訪れようとする程に隠れ里の事を知っているとは。
どうやら全ての魔者が隠れ里を蔑んでいる訳ではないらしい。
それはきっとこのアージ達が特殊な例だからであろうが。
それでも事実としてこうして目の前に居る。
勇にとってこれ程喜ばしい事は無いだろう。
いつかグゥが言っていた。
隠れ里は外界に忌み嫌われていると。
でもアージの様に友好的な存在も居る。
だから、隠れ里は決して見捨てられた存在では無かったのだと。
それがますます、居なくなってしまったグゥへの救いになる様な気がして。
「ジヨヨ村長はまだご存命か?」
「ええ元気ですよ! 腰は悪いみたいだけど」
「フッ、相変わらずだな、あの方は。 随分前の事だからどうかとは思ったが、元気なら何よりだ」
こうして気付けば互いに笑い合っていて。
少女も交え、戦場だった地に華が開く。
まるで、雪崩が戦意さえも押し流してくれたかの様に。
すると、話に華を咲かせていた勇達の下にまた別の声が。
「勇さーん!」
「あ、田中さんこっちだよ!」
ちゃなだ。
どうやら彼女もちゃんと雪崩から逃げ延びていたらしい。
雪の中を不器用に、一生懸命ゆっくりと歩く姿が彼方に見えていて。
そしてようやく、息を上げつつも勇達の下へと辿り着く。
「戦いは終わったんですか?」
「うん。 もうわかり合えたから大丈夫」
「よかったぁ」
勇達の雰囲気にも気付いていたのだろう。
だからか、既にちゃなからは戦意を感じない。
魔剣も背中に納め、雰囲気は普段通りだ。
戦いなら本来、確認もせずに武器を降ろすなど有り得ない事なのだが。
でもそんなちゃなの自然な在り方がまた一つの証拠ともなろう。
戦いを知らない穏やかな人間が居るという証拠に。
「その反応から察するに、その娘も貴公側の人間という事か」
「ええ、そうです。 そうだ、名乗って無かったや。 俺は藤咲勇って言います。 この子が田中ちゃなさんで、どっちも『こちら側』の人間で、最近魔剣使いになったばかりです」
「うむ。 なら俺も改めて名乗ろう。 アージと言う」
その穏やかさを際立たせるかの様に、ちゃながぺこりと頭を下げる。
両手を腰前に添えた丁寧な敬礼で。
だからこそ信頼出来るというものだ。
戦い塗れた世界の常識から見れば、ちゃなの在り方は敬意にも値するから。
ならこうして敬意で返す事も吝かでは無かった様で。
「―――にしても、最近、か。 どうやらこの世界の人間はそもそもの能力が高いらしいな。 特にあの光の線はとても脅威だった」
すると思わずこんな自己評価もが漏れる事に。
あの熱線砲は言うなれば「今確実に見える死」を体現していた。
もう二度と、追われる様な目に遭いたくないと思える程の脅威として。
なら安堵もすれば、正直な感想をこう零したくもなるだろう。
「あ、ごめんなさい。 身体焼いちゃって」
「……気にするな。 あれは戦いで起きた事だ。 ああしなければ俺は止められんさ」
確かに脅威ではあったが、もう恐れる必要が無い事もわかった。
だからこうして正直にもなれる。
相手の力を認め、評価したくもなる。
己の過ちを認める事が、魔剣使いとして強くなる為に必要だと理解しているから。
「さて、ならもう戦いを続ける理由はあるまい。 今頃マヴォも戦っているはずだ。 二人を止めねばならん」
「あ、そうだった! ドゥーラさんは『あちら側』の人間だから多分容赦しないと思うし―――」
そして戦いが終わりなら、それを報せなければ。
特に、勇とは違って止まる理由の無いあの二人は。
間に割って入ってでも止めない限り、きっと真に戦いは終わらない。
だがそう思っていた矢先、アージの顔に突如として戦慄が走る。
「なッ!? ドゥーラ、だとぉぉぉッ!?」
それどころか、その名を聴いた途端にこの様な叫びまで発していて。
遂には身体をわなわなと震えさせ、戦慄を体ででさえ体現させる事に。
「えっ、ドゥーラさんを知っているんですか?」
「知っているも何も無い! 奴は我等の世界では特級の危険人物として扱われているのだッ!!」
「ええッ!?」
そう、アージはドゥーラの名を知っている。
その実態も、性質も何もかも。
勇達の知らない本性までをも。
だから恐れていたのだ。
このままでは最悪の事態になり得るからこそ。
「不味いッ!! このままではマヴォが危ないッ!!」
その事実を知ったアージがたちまち大地を蹴り走る。
魔剣を失ったままであろうが構う事も無く。
「アージさんッ!? くっ、田中さんはその子を麓まで連れて行ってッ!! 俺はアージさんを追うからッ!!」
「えっ、ええっ!?」
ならもはや問答さえ交わしている暇は無い。
見失う前にと、勇もがそう言い残して後を追う。
戸惑うちゃなと少女を残したままにして。
突如として訪れた不穏は、戦いを終えた勇達の穏やかな心に暗雲を落とした。
果たしてドゥーラの正体とは。
アージが怖れる程の存在とは。
今再び、二人が雪上を駆ける。
その脅威から弟マヴォを救わんが為に。
これは似た志を抱いていたが故の必然か。
しかし、だからこそ湧く疑問もある事だろう。
歪となった世界で生まれた疑念はとても目に付くけれど、不可解なものだから。
人の想像力では到底理解しきれない程に。
「しかし不思議なものだ。 人間とここまで話した事など一度も無かったからな、まさかこの様な日が訪れる事になろうとは思っても見なかった。 己の思慮の浅さが身に染みるようよ」
「はは、ここじゃそう不思議な事でもないですよ。 今は世界で魔者と手を取り合おうとしている訳だし」
「ぬ? それは一体どういう事だ?」
故に、気付こうとも気付けない事がある。
例え勇の様な異質が前に現れようとも。
人には常識という名の、理解を妨げる壁があるからこそ。
だからこそ、アージの言う〝浅はか〟という認識は間違いなのかもしれない。
何故ならそれは、この二人が遭遇するという事態が異例中の異例だから。
世界の一部が転移したなど、事情を知らなければわかるはずもない。
ならば当然、世界が今どうなっているかなど予想さえ付かないだろう。
「やっぱり知らなかったんだ。 実は今、世界は大変な事になってるんですよ」
だから説明しなければならない。
今この世界で何が起きているかを。
それが勇の背負う義務と責任でもあるからこそ。
『こちら側』に『あちら側』の一部が転移した事。
『こちら側』には魔者という概念は無く、根本的な敵意が無い事。
世界が今、魔者と手を取り合う為に舵を切っている事。
他にも、『こちら側』が文化的に発展して〝穏やかな生活〟を享受している事なども。
そんな話を聞けば、例え識者であろうと首を傾げずにはいられないだろう。
こうして耳を傾けてくれたアージであろうともそうだ。
とても受け入れ難い事実を前に、堪らず頭を抱えていて。
「むぅ、にわかには信じられん話だが……貴公達が居るという事が何よりもの証拠か。 確かに、言われて思い返せばこの山には妙な施設があった。 それによく見れば着る服もとても上質だ。 我等の世界で造ったとは到底思えん」
それでも、考えれば考えるほど辻褄は合うばかり。
信じられもしない真実にどうにも頷かざるを得ない。
そう悩み頭を抱えるアージの肩に、少女の慰めの手がポンポンと。
「まぁアージさん?みたいな反応を見せたのは初めての事じゃないし、わかりますよ。 俺と仲良くなった魔者の人々も最初はそんな感じだったし。 アルライ族って言うんだけど」
「何、あのアルライ族と和睦を結んだというのか!?」
するとそんな手を跳ね退けんばかりに、アージの上半身が前のめりとなる。
まるで信じられないといった顔だ。
それも先程よりもずっと、更に驚愕まで交えて。
「え、アルライ族の事を知っている……?」
「うむ。 アルライだけでは無く、他の隠れ里もな。 我等には少しそういった方面にツテがあるのだ。 この地に訪れたのも、ここに在ったはずの隠れ里に訪ねる為だった―――のだがどうにも見つからなくてな。 もし貴公の言う事が正しいのなら、その隠れ里はこの世界には来ていないのかもしれん」
「そうだったんだ。 でも何だか嬉しいや、アルライの事を知ってる人が外にも居たなんて……!」
そしてまさかの事実に、今度は勇もが驚く事に。
まさか訪れようとする程に隠れ里の事を知っているとは。
どうやら全ての魔者が隠れ里を蔑んでいる訳ではないらしい。
それはきっとこのアージ達が特殊な例だからであろうが。
それでも事実としてこうして目の前に居る。
勇にとってこれ程喜ばしい事は無いだろう。
いつかグゥが言っていた。
隠れ里は外界に忌み嫌われていると。
でもアージの様に友好的な存在も居る。
だから、隠れ里は決して見捨てられた存在では無かったのだと。
それがますます、居なくなってしまったグゥへの救いになる様な気がして。
「ジヨヨ村長はまだご存命か?」
「ええ元気ですよ! 腰は悪いみたいだけど」
「フッ、相変わらずだな、あの方は。 随分前の事だからどうかとは思ったが、元気なら何よりだ」
こうして気付けば互いに笑い合っていて。
少女も交え、戦場だった地に華が開く。
まるで、雪崩が戦意さえも押し流してくれたかの様に。
すると、話に華を咲かせていた勇達の下にまた別の声が。
「勇さーん!」
「あ、田中さんこっちだよ!」
ちゃなだ。
どうやら彼女もちゃんと雪崩から逃げ延びていたらしい。
雪の中を不器用に、一生懸命ゆっくりと歩く姿が彼方に見えていて。
そしてようやく、息を上げつつも勇達の下へと辿り着く。
「戦いは終わったんですか?」
「うん。 もうわかり合えたから大丈夫」
「よかったぁ」
勇達の雰囲気にも気付いていたのだろう。
だからか、既にちゃなからは戦意を感じない。
魔剣も背中に納め、雰囲気は普段通りだ。
戦いなら本来、確認もせずに武器を降ろすなど有り得ない事なのだが。
でもそんなちゃなの自然な在り方がまた一つの証拠ともなろう。
戦いを知らない穏やかな人間が居るという証拠に。
「その反応から察するに、その娘も貴公側の人間という事か」
「ええ、そうです。 そうだ、名乗って無かったや。 俺は藤咲勇って言います。 この子が田中ちゃなさんで、どっちも『こちら側』の人間で、最近魔剣使いになったばかりです」
「うむ。 なら俺も改めて名乗ろう。 アージと言う」
その穏やかさを際立たせるかの様に、ちゃながぺこりと頭を下げる。
両手を腰前に添えた丁寧な敬礼で。
だからこそ信頼出来るというものだ。
戦い塗れた世界の常識から見れば、ちゃなの在り方は敬意にも値するから。
ならこうして敬意で返す事も吝かでは無かった様で。
「―――にしても、最近、か。 どうやらこの世界の人間はそもそもの能力が高いらしいな。 特にあの光の線はとても脅威だった」
すると思わずこんな自己評価もが漏れる事に。
あの熱線砲は言うなれば「今確実に見える死」を体現していた。
もう二度と、追われる様な目に遭いたくないと思える程の脅威として。
なら安堵もすれば、正直な感想をこう零したくもなるだろう。
「あ、ごめんなさい。 身体焼いちゃって」
「……気にするな。 あれは戦いで起きた事だ。 ああしなければ俺は止められんさ」
確かに脅威ではあったが、もう恐れる必要が無い事もわかった。
だからこうして正直にもなれる。
相手の力を認め、評価したくもなる。
己の過ちを認める事が、魔剣使いとして強くなる為に必要だと理解しているから。
「さて、ならもう戦いを続ける理由はあるまい。 今頃マヴォも戦っているはずだ。 二人を止めねばならん」
「あ、そうだった! ドゥーラさんは『あちら側』の人間だから多分容赦しないと思うし―――」
そして戦いが終わりなら、それを報せなければ。
特に、勇とは違って止まる理由の無いあの二人は。
間に割って入ってでも止めない限り、きっと真に戦いは終わらない。
だがそう思っていた矢先、アージの顔に突如として戦慄が走る。
「なッ!? ドゥーラ、だとぉぉぉッ!?」
それどころか、その名を聴いた途端にこの様な叫びまで発していて。
遂には身体をわなわなと震えさせ、戦慄を体ででさえ体現させる事に。
「えっ、ドゥーラさんを知っているんですか?」
「知っているも何も無い! 奴は我等の世界では特級の危険人物として扱われているのだッ!!」
「ええッ!?」
そう、アージはドゥーラの名を知っている。
その実態も、性質も何もかも。
勇達の知らない本性までをも。
だから恐れていたのだ。
このままでは最悪の事態になり得るからこそ。
「不味いッ!! このままではマヴォが危ないッ!!」
その事実を知ったアージがたちまち大地を蹴り走る。
魔剣を失ったままであろうが構う事も無く。
「アージさんッ!? くっ、田中さんはその子を麓まで連れて行ってッ!! 俺はアージさんを追うからッ!!」
「えっ、ええっ!?」
ならもはや問答さえ交わしている暇は無い。
見失う前にと、勇もがそう言い残して後を追う。
戸惑うちゃなと少女を残したままにして。
突如として訪れた不穏は、戦いを終えた勇達の穏やかな心に暗雲を落とした。
果たしてドゥーラの正体とは。
アージが怖れる程の存在とは。
今再び、二人が雪上を駆ける。
その脅威から弟マヴォを救わんが為に。
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