時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第十一節「心拠りし所 平の願い その光の道標」

~勝たないと生き残るなんて無理ですッ!!~

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 逃げ道は無い。
 走りだけでは追い付かれる。
 空を飛ぶ手段さえ封じられた。

 ならどうすればいい?
 目の前で立ち塞がる超巨大な敵相手に。

「勇さん……!」

「えっ?」

 そう追い詰められ、膠着している時だった。
 突然、ちゃながボソリと呟いたのだ。
 それも決して怯えてなどではなく。 

 ハッキリとした強い意志を【グリュダン】へと見せつけながら。

「――戦いましょう! 勝たないと、生き残るなんて無理です……ッ!!」

「田中さん……」

 正直な所、無茶な話だ。

 力でも速さでも勝てない。
 その上尋常ならぬ大きさで、攻撃を躱す事さえ困難を極める。
 そんな相手にどう抗えばいいかわからないから。

 だがそれでも、ちゃなの意見が最も正しい。

 どちらにせよ戦い、抗い、勝たなければ生き残れはしない。
 相手に慈悲が無いのならば尚の事。

 なら勝てばいい。
 この巨人を剣聖の代わりに打ち砕けばいい。

 勇達に勝てる算段があるのであれば。

 では、その算段に足る力はあるのか。
 この二人に切り札と呼べる力は。



「私に、考えがあります! だから、あの頭の傍まで連れて行ってください……ッ!!」



 それがなんと、ちゃなにはあると言うのだ。
 この絶体絶命の危機を脱する可能性が。

 それを信じられるのか、信じていいのか。
 そもそもそんな無茶が叶えられるのか。
 こんな葛藤が勇の心に重く圧し掛かる。

 けど、それでも。

 ずっと信じて来たのだ。
 ずっと頼って来たのだ。

 なら――そんなちゃなを信じずにいられる訳が、無い。 

「……わかったッ!! 必ず、君を連れて行く――だから絶対に、離れるなよおッ!!」
「はいッ!!」

 故に判断は一瞬だった。
 二人はそう直ぐ結論を叩き出せる程に信頼し合っているから。

 だからこそ今、また勇が巨人から離れる様に飛び出していた。

 しかし今度は逃げる為じゃない。
 【グリュダン】の隙を突く為に、相手の行動を見定め為に。
 敢えて己を囮として引き寄せようとしたのである。

 なれば相手も行動が速かった。
 勇の動きに合わせ、今度は走って来たのだ。
 まるでお遊びに付き合おうとせんが如く。

 地響きは凄いが走れない程ではない。
 突風も吹き荒れているが、踏み込みを深くすれば耐えられる。

 これまで以上の力で、全力で、風よりもずっと速く駆け抜けさえすれば。

 今まではずっと節約して走って来た。
 ただ長期戦に耐えられる様にと自然に。
 そう訓練して、耐え続け、鍛え上げ続けて来たのだ。

 だけど今この時、勇は久しく封じて来た力を遂に開放する。

 決して多いとは言えない命力を己の身に駆け巡らせて。
 更に、節約法で培った局所的強化を重点的に増幅。
 加えて、極小の命力盾を風除けとして前方に展開。

 そして、その心に魂の言葉を刻み込む。
 友より預かった想いと覚悟と信念を叫びに換えて。
 


「【ブースト】だあッッ!!! 俺の全部を注ぎ込めえええッッッ!!!!」



 こうして生まれた力はもはや、並みの【命力機動】を遥かに凌駕する。

 もはや今までの比では無かった。
 足の一突きが大地を砕き、無数の岩片を打ち上げる程に。
 たった一踏みで、百数メートル先へと瞬時に跳び行く程に。

 その様相はまさしく稲妻そのものだ。
 余りの強烈な空気抵抗の所為で、まさに雷を纏って走っていたのだから。

 しかもその速度は、【グリュダン】の走行速度にも引けを取らない。

 確かにまだ相手の方が速い。
 だけど勇の方がずっと小回りが利く。
 ならば小さいなりの長所を生かして走ればいい。

 なんとジグザグに、不規則に飛び走っていたのだ。
 それを超高速で、瞬間的に軌道を判断して。

 こうなれば【グリュダン】とて簡単に追い付けはしなかった。
 動きを見て判断は出来ても、予測は出来ないらしくて。
 だからどこへ行くかわからない相手に翻弄されているのだ。

 突然角度を変えて飛べば、巨体が転がりながら追い駆けてくる。
 そうして姿勢を崩せば自然と速度も落ちていくから。

 ただ、この超速度も維持時間には限りがある。
 恐らく連続して動けるのはせいぜい一〇分が限界だ。
 それ以上は勇の命力が絶対的に足りない。

 その間に絶対ちゃなを相手の頭部傍まで連れて行かなければ。

 だからもちろんちゃなもそれなりに必死だ。
 しがみ付いて耐え続けていて。

 でも今はそれでいい。
 力は全て最後の最後までとっておかねばならないから。
 切り札を確実に、最大の力で解き放つ為にも。



 その一瞬を作る為にも、勇は全力を尽くす。
 例え命力を全て使いきる事になろうとも。



 その為に今、勇は飛び上がっていた。
 しかも剣聖と同様、振り下ろされた拳を避けて巨腕へと着地していたのである。

「行くぞおッ!! 掴まえてみせろよ、【グリュダン】ッッ!!!」

 そして強固な巨腕を足蹴にし、その手その爪先で叩いて駆け上る。
 その眼に決意を輝かせながら。

 なればもう止まらない。
 その決意と覚悟は何よりも強く走り始めたのだから。


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