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第二章

第十一話 フェクターさんの過去、皇国の裏側

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「この村は昔、多くの村人に恵まれて活気があったという。決して裕福ではなかったが食べるには困らず、のびのびとした日々を送れたそうだ」

 フェクターさんは自分が脱走兵だと言う。
 けどその語りから始まった話は全く脈絡を感じなくて。
 そこで僕はつい首を傾げてしまう。

 するとそれに気付いたフェクターさんは「ふふっ」と微笑んで僕を見上げた。

「だが、そんな平和だったこの村に突如、皇国の軍隊がやってきた。今から六年前の事だ」
「獣魔が一番大暴れしていた時代ですね……」
「そう。そして皇国兵達は村人を集め、彼等の前でこう宣ったんだ。『獣魔との戦いで兵糧が不足している。よってこれより必要分の物資を徴収する』とね」

 ただ、その笑顔も言葉が続くにつれ、どんどんと曇っていったけれど。
 話の雲行きと共に、暗々と。

「もちろん反発する村人もいた。なにせ兵達が提示した徴収量はなんとその年の収穫分まるごとだったのだから。これでは年を越せないと若者達がこぞって声を荒げていたよ」
「それは確かに横暴ですね。いくら困窮していても、せめて少しは残して――」
「でもそんな若者の一人の首を、皇国軍の指揮官は無言で容赦無く刎ねた」
「――えっ?」

 そうして語られたのはとても信じ難い話だった。
 僕が唖然としてしまう程に。

 でも、話はまだ終わらなかったんだ。
 話が続く分だけ、僕の知らない皇国の姿がフェクターさんの口から暴かれていく。

「それだけじゃない。他の反発者も即座に捕まり、拷問を受けて殺された。それも家族の前で、泣き叫びながら」
「そ、そんな……ッ!?」
「しかも物資の徴収だけに飽き足らず、女子供や若者を全員捕らえて連行。そのまま強制労働送りに。更に、残された老人達は『獣魔の餌になりかねない』として有無を言わさず殺されてしまった」

 もはや別の国の出来事のようだ。
 まるであの最終決戦の後、何十年も経ったのかと錯覚してしまうくらいに。

「酷い惨劇だったよ。老人は皆、兵達に斬られ、撃たれ、無抵抗に殺されていったんだ。隠れていた数人を除いて全員」

 話に出て来る皇国軍は実は野盗が偽った姿か何かなんじゃないか。
 そう疑ってならないくらいに残酷で、醜悪で。

 少なくとも、僕の知る皇国軍とはまるで違う。
 皇国軍とは規律を重んじる誇り高い軍隊だったはず。
 皇国軍・誇訓こくん八条項にもこうあるんだ、「武器を持たぬ者に武力を行使する事は恥と知るべし」と。

 それなのに……ッ!!

「そんなの嘘だ! 皇国軍はそんな卑劣な真似なんて――」
「いいや、本当の事さ。この目で見たからわかる」
「で、でも本当は何か理由がッ!?」
「そんな理由なんて無い。彼等は最初から搾取する事が目的だったからな」
「なんでそれがわかるんですかッ!?」
「わかるさ、私はその部隊の一員だったんだから」
「えッ!!?」

 だけどその立派な建前さえも、事実を前にすれば軽く消し飛ぶ。
 フェクターさんという生き証人がいる以上は覆す事なんて出来ないんだ。

「私は首都市民の一人でね、当初は国の在り方に憧れを抱いていた。だから獣魔が現れて世界が危機に陥った時、少しでも力になりたいと徴兵に志願したんだ。だが初めての任務はまさかの国民相手で、しかもそんな惨劇をほう助しろという。――出来る訳が無い! 余りにも非現実的過ぎて、残酷過ぎて……!」

 そしてそのフェクターさんと僕はとてもよく似ている。
 首都市民である事も、皇国を妄信していた事も。

 だからこそ痛いほどわかるんだ。
 当時のフェクターさんがどれだけ苦しんだのかって。
 僕だってそんな境遇に晒されたら罪の意識を感じてしまうだろう。

「……だから私は引き金を引けなかった。幸か不幸か、その事は不問となったけれど。ただ、部隊のやった事もまた不問になったよ」
「なんで!?」
「獣魔との戦いで困窮していたのは事実。それにその頃は上級民が下級民を切り捨てたがっているという風潮が出来ていた。それでその上級民たる上官が厳重注意に留めてしまったのさ。『国を守る為にはいざ仕方ない事』としてね」
「く、腐っている……!」

 しかも既に軍隊そのものが自浄作用を失っている。
 上官がそれなら、もう制御なんて効かないじゃないか!

 まさか僕が知らない所でこんな事になっているなんて。

 確かに言われてみれば、僕は騎士団に入ったけれど軍隊全てを知らない。
 騎士団も軍上層部組織で、言うなれば表向けの皇国軍部隊と言える。
 だから末端のダーティな部分は全く見えていなかったんだ。

 そんな僕にフェクターさんを批判する資格は無い。
 余りにも無知過ぎて、反論したのが恥ずかしいくらいだよ。

「そう知った時から私はもう軍を抜けるつもりだった。そこで私は機会を待つ事にしたんだ。誰にもバレずに脱走できるチャンスをね。当時は軍を辞めるだけで国賊扱いされるからとても抜けにくかったんだ」
「そんなチャンス、よく巡り合えましたね……」
「あぁ、それなりに待ったがね。実は私にもヴァルフェル適正があって、それで四年前にこの旧式を預かってこの地方の防衛戦力として送られた。で、そこで事故を装って機体・装置と共に無事脱走したって訳さ」

 でもそんなフェクターさんはこう言い切った後にまた僕へ微笑んでくれた。
 まるで「君まで重荷を背負わなくていい」と言ってくれたかのように。

 フェクターさんはこうやって他人に親身となれる良い人なんだね。
 皇国兵だってこんな心の綺麗な人なら悪事なんて働かないだろうに。

 人の余裕を奪った獣魔は許せない。
 けど話に出て来る皇国兵も、村人にとっては獣魔と変わらないんだ。



 そんな兵隊がいるなんてとても見過ごせない。
 そういう想いが今、僕の中には沸々と沸き上がりつつあった。
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