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第四章

第三十八話 ユニリース

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「お、ふもとが見えて来た!」

 下山は意外と退屈せずに済んだ。
 コンテナちゃんが絵本を読んでくれたおかげでね。
 あの謎の秀逸な語り能力だけはイマイチ測り切れなかったけれども。

 ともあれ、やっと山林を抜けられそう。
 そうすれば後はお婆さんの言う通りの畑が見えてくるはず。

 そんな期待を胸に、木々の間を軽快に通り抜けていく。
 コンテナちゃんも気になるのか、自部屋から身を乗り出して眺め中だ。

「人がいるかもしれないから気を付けてね」
「あったりまえー!」
「まぁ魔力センサーを見た限りだと、周囲に人の気配は無さそうだけど」

 もちろんコンテナちゃんが見つかる訳にはいかない。
 なので周囲は既に確認済み。
 近づいて来ていたとしても、半径百メートルくらいは探知できるから早々みつかりはしないだろう。

 という訳で遠慮なく林を抜け、日の下に機体を晒す。
 今日もいい天気みたいで、太陽がまぶしいや。

 そんな光に包まれつつ、林の外へと躍り出た時だった。

「こ、これは……!?」
「すごーい! きれーい!」

 この時、僕達は思わず足を止めて魅入ってしまう。
 抜けた先の丘から見下ろした光景が、あまりにも感動的だったものだから。

 視界一杯に、たくさんの黄色い花が咲き誇っていたんだ。
 そよ風に負ける事もなく、大輪を悠々と日へ向けながら。

 とても壮大な光景だった。
 そんな花が景色の先まで続いていて。
 規模もさる事ながら、規則正しく並んで咲く姿に芸術性さえ感じさせてならない。
 おまけに中央の小道を挟んで左右対称にさえ見えるんだからもう。

 おかげで二人して見惚れっぱなしだ。
 こんな時こそ笑顔になれるような口が欲しいって思うくらいにさ。

「レコ! レコ!」
「なんだい?」
「あのおはなばたけ、いきたい!」
「よぉし、じゃあ掴まっててね!」

 それで更にはコンテナちゃんがまたわがままを言い始めた。
 まぁこれは僕も同感だし、なによりここを通らないといけないから望む所だけどね。

 そこで僕は丘を飛び降り、畑の前へと着地する。
 で、そのまま屈めばコンテナちゃんが待ちきれずにシュパピョーンと飛び降りて。

「あまり深く入り込んで迷子にならないようにねー? その花、君より背が高いから!」
「だいじょうぶー!」

 そのまま花畑へと向けて走り去っていく。
 僕の言った事がわかっているのか、少し心配だな。

 にしてもこの花、本当に大きい。
 僕がやっと見下ろせるくらいの背丈だ。
 それでいて近づくと花弁自体の大きさにも驚かされる。

 そう、そうだ……この花の事、少し思い出してきたぞ。
 確かこれは食用油を採る為の花なんだ。
 大輪の所に生る種がとてもたくさん油を産出する事で有名だったはず。

 確か、その名前は――

「【ひまわりユニリース】……!」
「えっ?」

 思い出した。
 思い出せた。
 お婆さんが言っていた通りに。

 でもその感動が実感となる前に、僕はとある事に気付いたんだ。
 走っていたコンテナちゃんが立ち止まって、僕へと振り向いていた事に。

 そして、ただポカンと僕の事を見つめていて。

「あ……」

 だから僕はふと、思い付いてしまった。
 もしかしたらこれがきっと、人としての直感なのだろうと。

 これがきっと運命というものなのだって。



「そう、君の名前は、ユニリースだ……!」
「わぁ……!」

 

 だったら僕はこの直感を信じたい。
 今見せてくれている彼女の笑顔を信じたい。
 この名前、【ユニリース】こそが彼女にふさわしいのだと。

「あたしはユニリース! ユニリースー!」
「あぁ、これからもよろしくね、ユニリース」

 走りまわりながら喜んでくれているのはきっと演技なんかじゃない。
 心から喜んでくれているんだ。

 そんな君の姿は名前の元ととてもそっくりだと思う。
 太陽の強い日ざしにも負けず、元気に花を咲かせているかのようだから。

 それなら僕はあの太い茎の如く君を支えよう。
 より高く、より大きく育ってくれるようにと。

「レコー! ユニリースね、転ばなかったよー!」

 そんなユニリースが花畑を走り回った後、僕の下へと駆け寄ってくる。
 嬉しそうに飛び跳ねながら。

 すると今度は、彼女が「んーっ!」とその頭を突き出していて。

「そうか、ちゃんと気を付けられて偉かったね」

 だから僕はまた膝を突き、そっと彼女へと腕を伸ばした。
 その小さな小さな頭へと、鉄の指を添える為にと。

 そうして触れた髪はとても柔らかくて、ふわふわのもこもこで。
 僕の手に触覚なんて無いのに、不思議とそんな感覚が伝わってくるようだったんだ。

 人だった頃の記憶が、そう感じたいと願っているかのように。



 ユニリースの瞳も、髪も肌も、人とは違うかもしれない。
 けれど、僕にとってはそれさえも越えて彼女自身が愛しい。

 、君が生きていたらきっとわかってくれるよね。
 僕は、僕達の子どもにこうしたかったんだって。

 ならその想いを引き継いで生きていこう。
 僕はそう心に想いながら、ユニリースの頭をそっと撫であげたのだった。
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