上 下
7 / 54

第7話 乗り込め混浴大浴場

しおりを挟む
「着いたのだ! ここが大浴場なーのだー!」

 浴衣に着替えた後、僕はピーニャさんに連れられて大浴場へとやってきた。
 やはり異世界旅館にも温泉はあるようで、これはとても期待できそうだ。

 ただ、入口前で僕は少し首を傾げてしまったけれど。

「あれ、でも入口は一つしかないけど? 女湯は別の場所かな?」
「女湯? そんなもの無いぞ」
「え?」
「ここは皆で入る浴場なのだ。性別なんて関係無いのだ」
「ええええーーーーーーっ!?」

 そしてさっそくと驚かされてしまった。
 それも周りのお客さんがビックリしてしまうくらい露骨に。

 まさかここの旅館、大浴場が混浴だったなんて……。

 でも、確かに言われてみればそうだよね。
 以前エルプリヤさんが「当旅館では性的思考という概念は無い」って言ってたし。
 そもそも僕みたいな性を意識しすぎる人が少ないから、分ける必要なんて無いのだろう。
 真の意味で男女差別の無い世界なんだと思う。

「それじゃピーニャはひとまず戻るのだ。お片付けとか色々あるのだー」
「えっ、一緒に入るんじゃないの?」
「もしかしてここでもサポートが必要かにゃ? んもーゆめじは仕方ないなー」
「い、いや、そういう訳じゃないって! ひ、一人で入れますよぉ!」

 つまりこの温泉は僕にとっては未知の世界。
 正直なところ、実は本当にサポートが欲しいと思ってしまった。

 しかしだからといってピーニャさんを引き留めるのもなんだか気が引けてしまう。
 彼女には彼女の仕事があるからね、甘えすぎるのは良くない。

「中にはちゃんと案内もあるからきっと大丈夫なのだ」
「うん、わかった。部屋の片づけの方、よろしくお願いします」
「ゆめじもゆっくり温泉を楽しむのだー! あ、それと!」
「ん、なんだい?」
「これが終わったら今度はお外に遊びに行くのだ! 宿場町を案内したげるのだー!」
「それは楽しそうだなぁ。わかった、またあとでね」

 他のお客さんが性を意識していないのなら、僕もそれにならえばいいんだ。
 僕だって一応は人間っていう知的生物なんだから我慢くらいしてみせるさ!

 こうして僕はピーニャさんと約束を交わし、覚悟を決めて大浴場へと踏み入れる。
 すると最初に目に付いたのは、とても広い上に独特な脱衣場だった。

 プライベートを意識しているのか、仕切りのある個室式となっているらしい。
 まぁその影から誰かのお尻や尻尾がチラチラ見え隠れしている訳ですけど。
 なんだか逆にエロい!

 それとピーニャさんが付けていたような水着が無料貸し出しで置いてある。
 これなら恥ずかしい人でも局部を隠したまま温泉に入れるって訳か。
 一応は配慮してくれているんだな。

 なのでそんな水着へと着替えていざ大浴場へ。

「お、おおー……でっか!」
 
 大浴場の仕組みは僕の世界のものと大して変わらない。
 脱衣所から引き戸を開けて入れば、もう温泉の香りが漂ってくるという感じで。

 だけど大浴場の広さは僕の予想をもう遥かに超えている。
 まるで市営プールかと思うほどに広く、先を眺めれば遥か向こうにまで景色が続いているのだ。
 そんな中に幾つもの湯舟と、何百人分かもわからないほどの数の洗い場がずらりと並んでいるという。
 さらには湯舟のすぐ横には巨大なガラス窓がそびえていて、外の景色がどこからも一望できるようになっている。
 なんて大規模なのだろうか。

 そしてそんな中を多種多様な客がたくさん歩き、体を洗い、湯に浸かってくつろいでいる。
 その様子だけは僕の知る温泉と大差ない。

「そ、そうだ、まずは体を洗わないとね」

 そこで僕はひとまず慣例に従う事にした。
 温泉マナーはやはりこの世界でも共通なようで、皆体を洗ってから湯舟へと向かっているようだったから。

 年季の入った風呂椅子と桶を取り、一つの洗い場に座る。
 あとはシャワーを浴び、洗剤を含めたタオルで体をぬぐって汚れを落とすだけ。
 なんて事の無い普通の行為だ。

 ――そう思っていたのだけど。

「えっ……洗剤の種類多過ぎっ!?」
 
 いざボディソープでも使おうと思って見てみたら、洗剤ボトルがもう十個以上もズラリと並んでいたのだ。
 鱗用、植物用、軟体用、不定形用とか石肌用、宝石肌用なんてものまで。
 肌用でも軟質、硬質ととにかく種類が豊富過ぎるのである。
 もちろん髪用だって頭髪用だけじゃないし。
 陰毛用って何!? 初めて見たよ!

 多種多様の客がいるのはわかるけど、ニーズに応え過ぎて逆に怖い。
 うっかり合わないの使ったら体が溶けちゃったりしないだろうか……?

「ひ、ひとまず軟質肌用を使ってみよう……」

 少し怖いけど意を決して、これと思った洗剤をタオルに染み込ませてみる。
 それで思い切ってまず腕をぬぐってみたら――

 途端、何かがずり落ちて排水溝へとボチャリと落ちた。
 それだけの大きい物が露骨に。

 だから一瞬戸惑ってしまった。
 本当に体が溶け落ちたのかって感覚だったから。

「えっ……!? あ、いやまさかこれ、垢なのか……!?」

 けどちゃんと腕は残っているし、それどころか輝くほどにツヤツヤになっている。
 それに隣の人を見れば、やはり肉のような塊をボタボタと落としているし。
 加えて、しっかり排水溝へと流し込むように足で誘っているという。

 なので今度は意を決し、顔に直接洗剤を塗りたくって洗ってみる。
 すると直後には老廃物がフェイスパックみたいにずるりと剥けた。
 なんだかここまでごっそり取れるとすっごく気持ちいい!

 しかも鏡を見れば一切痕の無い顔が露わに。
 鼻の黒ずみ一つさえ残っていない、まるで化粧したモデルのような綺麗な顔だ。

 これはすごいぞ!?
 なんてとんでもないんだ、異世界旅館の洗剤って……!

 ここまで効果がすさまじいと他の洗剤も試したくなる。
 そんな好奇心がふつふつと沸き上がり、シャンプーを求める手を迷わせた。

 それで選んだのは「羊毛用」。
 自分でもどうして選んだのかわからないけど、なんだか羊毛のような細い髪に憧れてしまったものでつい。

 で、それでいざ洗ってみれば――本当に僕の髪がモッコモコに!
 恐るべし、異世界旅館シャンプー!

「な、なんだか毛量も増えた気がするけど、まぁいいか……」

 この際、些細な変化は気にしない事にした。
 髪質が変わっただけで、髪型まで羊になった訳じゃないしね。

 こんな感じで洗った後も洗剤を吟味してみる。
 次に使うのはどれにしようかなーなんて。
 い、陰毛用、行ってみる……?

 するとそんな時の事、誰かが隣へと何気なく座る。
 その気配に気付いて振り向いてみれば、思わずドキッとしてしまった。

 豊満な肢体の女性が僕のすぐ傍に座っていたのだ。
 それも全体的に肉付きの良い白肌の、ウサギのような大きな耳を立てた人が。
 おまけに言えば人に近い体格で、少し毛深い感じ。

 そんな人が惜しげもなく水着をはだけさせてシャワーを浴び始める。
 ちょ、大事なトコ見えてますけど!?

 しかも彼女はこう動揺する僕に気付いたようで、ゆっくりと振り向く。
 まずい、いやらしい視線を向け過ぎてしまったか!?

 けど彼女はにっこりと笑顔を向け、手まで振ってくれていた。
 それどころか一切恥ずかしがる事も無く邪魔な水着を外し、僕の目の前で堂々と体の隅々を洗い始めたのだ。

 だからなんだか僕の方が恥ずかしくなってしまった。
 女性の裸を見た事にではなく、そういった物を意識してしまった事に。

 きっと彼女は性的に見られているなんて思いもしていないのだろう。
 そんな境遇を利用して肢体を眺めてしまった事が卑怯な行為だと思ってしまったのだ。

 なので思い切ってシャワーを顔で受け、バチンと両頬を叩く。
 改めて煩悩から距離を置こうという自戒のために。
 純粋に温泉を楽しむためにも大事な事だからね。

 それで立ち上がり、温泉へと向かう。

 その時女性が僕の股間を見て惚けた顔を浮かべていたような気がしたけど、それはきっと気のせいに違いない。
しおりを挟む

処理中です...