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第10話 一触即発は突然に

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 僕に癒しを求めてくれたレミフィさんが、僕を守る為に体を張ってくれた。
 気持ちは嬉しいけど、まさかこんなトラブルにまで発展してしまうなんて。

 相手はアリムと呼ばれた女性と、その彼女の危機に駆け付けたジニスという男。
 どうやら二人は同族らしく、色白で耳が長い所はそっくりだ。

 するとジニスが女性の間に立ち、レミフィさんと対峙する。
 既にこの男もなんだか臨戦態勢だ。

「その女が急に私の事を襲ってきたの!」
「なにぃ……!?」
「何を言うかと思えば、それは嘘! 先にその女がユメジに手をあげた!」
「ユメジ……? 誰の事だ?」
「この男だ!」

 しかもレミフィさんが今度は僕を指差し、事情を訴える。
 当然の事とはいえ、なんだか気持ちは複雑だ。
 これがなんだか逆に戦火を拡げる事にもなりかねないと思えてならなくて。

「フン、誰かと思えば人間ではないか。なら問題はない」
「何っ!?」
「人間など低俗で愚かで野蛮な種族。なれば成す事すべてが罪だ」
「しかもその男、私の事をいやらしい目付きでなめ回すように見ていたの!」
「やはりな。これだから人間は」
「い、いや、違いますよ! ここには色んな人がいるから、どんな人がいるんだろうって興味があって――」
「言うに事欠いて品定めとは。やはり人間のやる事は下劣極まりない!」
「だからなんでそうなるんですかっ!?」

 そして案の定、こうなってしまった。
 彼等は僕の言葉になんて耳も貸さず、ただ一方的に自分達の価値観を押し付けてくるのだ。
 僕は彼等の世界の人間とはまったく別物だというのに。

 レミフィさんや周りのギャラリーもきっとそれがわかっている。
 だからジニスの言う事を鼻で笑う人までいるのだけど。

 だけどジニスもアリムも、僕やレミフィさんしか見ていない。
 周りの事なんてまったく気にせず、ただ個人的な怒りを僕らに向けるだけだ。

 それどころか、今度はジニスがレミフィさんの腕を掴み取っていて。

「そんな人間をかばう貴様も同罪だ。我が同族を辱めた罪は重い。覚悟はできているのだろうな?」
「覚悟? オマエを組み伏せる覚悟か?」
「ほざけよラビアータごとき下等種族が……ッ!」
「レ、レミフィさんっ!?」

 だから今度は僕が思わず飛び出していた。
 二人の争いをどうにかして止めたくて、間に入ろうとして。
 僕が傷付くのは構わないけれど、レミフィさんがまた傷付くのはもう嫌だったから。

 ――だったのだけど。

「おいおい、ここで喧嘩はご法度だぜ? 聞かされなかったのかい?」
「ムッ!?」

 そんな僕よりも速く、ジニスの腕を掴む人が一人いた。
 赤い鱗を持つ、この場の誰よりも背の高いあの人が。

 それはゼーナルフさん。
 僕が初めてこの旅館に来た時に挨拶を交わしたトカゲの人である。

「まぁ落ち着きなってぇ。ここは色んな世界のモンが来るんだぜ? 夢路君だってお前さんの世界の人間と同じとは限らないんだ」
「人間などどれも同じだ……! 奴等は、我等エルフの敵!」
「そういう決めつけは良くないよぉ? ここは一つ温泉にでも浸かって穏やかにいこうや? じゃないと、あとが大変よ?」
「フン、リザードマン風情が偉そうに……!」

 しかもゼーナルフさんが入った途端、空気が変わった。
 あれほど強気だったジニスが抵抗もせず、ただ言葉を交わすだけで。

 ――いや、違う。
 抵抗はしているんだ。
 でもゼーナフルさんの力が余りにも強くて抵抗できないでいる。

 だからか今やジニスが腰を引かせ気味だ。
 きっとそれだけの圧をゼーナルフさんから感じ取っているのだろう。

 そんなゼーナルフさんの手がふとジニスから離れる。
 するとジニスは苦悶を浮かべて後ずさりながらも、アリムの手を引き起こして抱き上げた。

「覚えていろ人間。それとラビアータにリザードマン。この借りはいつか必ず返す」
「はいはい。ほら向こうの湯が今のアンタらに丁度いいから楽しんできなって」

 でも減らず口は直らないらしく、こんな捨て台詞を吐いては温泉の奥へと歩いていってしまった。
 これでもまだ温泉に入る気あるんだ、二人とも。

 ……という訳で騒動もお開きになり、ギャラリーもワイワイと離れていく。
 彼等にはいい余興となったみたいだ。僕は気が気じゃなかったけど。

 それで当事者の僕達だけが場に残って話し合う事に。

「大丈夫かい、レミフィと夢路君」
「心配いらない。アタシ、負けてない」
「あ、はい。すいません助けていただいて……」

 ゼーナルフさんが来てくれて本当に良かった。
 この人がいなかったらレミフィさんも僕も一体どうなっていた事か。
 今の争いは僕じゃ体を張っても絶対に止められなさそうだし。

「まぁ大事に至らなくて良かったよ。この旅館じゃ暴力はよくないからねぇ」
「あ、でもレミフィさん、僕の為に戦ってくれて……嬉しかったけど、でも」
「気にするのよくない。取っ組み合い、スキンシップの一つと判断される。大丈夫」
「そ、そういうものなんだ……でも殴られたりして痛かったんじゃ」
「心配してくれるユメジ、やっぱりイイ男」
「ほぉ……レミフィが気に入るなんてよっぽどじゃないか。どういう手を使ったんだ夢路君? 俺も気になるねぇ」
「ええっ!? そういうのありませんってぇ!」

 ……それにしても、どうやらゼーナルフさんはレミフィさんとも顔見知りらしい。
 どちらも常連客なのだろうね。よく顔を合わせるくらいの。
 だからかな、レミフィさんはゼーナルフさんのこんな与太話に「クスクス」と笑って見せている。

「んでレミフィ、俺は途中から来たモンだから事情がわからんのだが、何があったんだ?」
「よくある事。差別的な意識持つ奴、ユメジを叩いた。それを戒めただけ」
「それだけならあの冷徹姫が介入する理由にはならんだろう? 一体どんな風の吹き回しなんだ?」

 そんなレミフィさんに、ゼーナルフさんは首を傾げていた。
 そう不思議に思えるだけ彼女の事を深く知っているのだろうか。
 ここの常連さんってなんだか奥が深そうだ。

 ――だなんて悩んでいたその時、僕の背中に柔らかな感触が当たる。

 それどころか次には、しなやかな腕が僕の腰と胸をギュッと抱き締めていて。

「それはユメジが、アタシの『スキ』、だからな」
「え、ええっ!?」
「ほほう……夢路君がまさかレミフィの心の分厚い氷を溶かしてくれたと。いやぁこれは驚きだ。ハッハー!」
「ど、どういう事なんですそれ!?」
「こういう事」
「はへえ!?」

 さらには僕の右耳たぶに「はむはむ」という感触が。
 そんな僕の視界すぐ傍では、レミフィさんの頭がもそもそと動いていて。
 あとはもうレミフィさんの好意にただただされるがままだった。

 なんでかよくわからないんだけど、僕はどうやらレミフィさんの心をみごと射止めてしまったようです……。
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