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第2章 公爵夫人の魔力相談室
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セオドアの推理に基づき、私たちはセレスティーナの身近な人間から話を聞くことにした。探偵ごっこのようだわ、と私の皮肉な部分が囁いたが、これは遊びではない。一人の少女の命がかかっている。
最初の相手は、婚約者のライオネル伯爵令息。
彼は心底セレスティーナを心配している、という悲劇の恋人に見えた。正確に言うなら、悲劇の恋人を完璧に演じていた。
「ああ、私の愛しいセレスティーナ……。彼女のいない人生など、考えられない。どうか、公爵様、奥様、彼女を救ってください」
しかしその言葉とは裏腹に、彼の魔力は焦りと苛立ちでささくれ立っている。『焦燥』と、その奥に隠された侯爵家の財産への『野心』。この男は彼女自身ではなく、彼女との結婚によって得られる利益を失うことを恐れているだけだ。
醜いが歪んでいるわけではない。いっそ清々しいまでの私利私欲といえよう。あの歪んだ残穢の波長とは、まったく違う。
二人目はセレスティーナ嬢が幼い頃から師事していたという、年老いた家庭教師のエルザ先生。
学識豊富な彼女であれば、未知の魔術を使えるかもしれない。
また、依頼者であるラインフェルト侯爵から、エルザの息子の金銭トラブルを聞いていた。放蕩息子は母に金を無心するため、エルザはしばしばお給料を前借りしていたとのこと。このトラブルがセレスティーナの事件と結びつくかは分からないが、念のために事情を聞いた。
「あの子は、本当に素晴らしい才能をお持ちでした。ですがそれゆえに、少し世間知らずで危ういところも……。今回のことも、あの子の純粋さが、何か悪いものを引き寄せてしまったのかもしれません。私はあの子を守れなかった。教師失格です」
教え子への愛情と、どこか諦観にも似た憂いが滲んでいた。彼女の魔力は静かで穏やかだ。『心配』と『諦め』。これもまた、違う。
そして三人目。年の離れた従姉妹のイザベラ様。
彼女は私たちの前に座るなり、堰を切ったようにセレスティーナの思い出を語り始めた。その語り口はあたかも聖女の伝記を読み上げるかのように、過剰なまでに美化されている。
「あの子は、昔から天使のようだったわ。この汚れた世界には、もったいないくらいに、純粋で、美しくて……。だから、私が守ってあげなければ、とずっと思っていたの」
その言葉に背筋がぞくりとするような、強烈な違和感を覚えた。
彼女の魔力の波長をそれとなく読み取ろうと試みる。その瞬間、イザベラ様の穏やかだった魔力がギュッとその身を固くし、巧みに本質を隠そうとするのを感じた。
(……見つけた)
間違いない。この人だ。この歪んだ執着こそが、あの残穢の正体。
塔に戻った私たちは、書斎で推理の最終確認を行った。
「まず今回の問題は、セレスティーナ嬢の眠りにかなり特殊な術が使われている点だ」
セオドアが言う。私は頷いた。
「古代魔術の『夢見の術』の応用ではないでしょうか。禁術指定されていますが、侯爵家の権限を使えばアクセスは可能です」
「夢見、か。あれは術者の精神汚染リスクが高すぎるゆえに、禁術になったのだったな」
「はい。術を使ううちに感情が歪んでしまったのか、それとも元からそうだったのか。今はそこまではわかりませんが」
二人でため息をついた。
「ライオネル伯爵令息は、動機はあるが、これほど巧妙な古代魔術を使えるとは思えん。エルザ先生は、動機が希薄だ」
「ええ。そして、イザベラ様は、その魔力の『紋様』を隠そうとしました。自分の犯行だと白状しているようなものです」
「決まりだな」
セオドアは書棚から一冊の禍々しい装丁の禁書を取り出した。
「古代の精神干渉呪術。解呪するには、こちらも相応の準備が必要になる。アリアーナ、明日すべてを終わらせるぞ」
彼の青灰色の瞳に、冷たい決意の光が灯っていた。
最初の相手は、婚約者のライオネル伯爵令息。
彼は心底セレスティーナを心配している、という悲劇の恋人に見えた。正確に言うなら、悲劇の恋人を完璧に演じていた。
「ああ、私の愛しいセレスティーナ……。彼女のいない人生など、考えられない。どうか、公爵様、奥様、彼女を救ってください」
しかしその言葉とは裏腹に、彼の魔力は焦りと苛立ちでささくれ立っている。『焦燥』と、その奥に隠された侯爵家の財産への『野心』。この男は彼女自身ではなく、彼女との結婚によって得られる利益を失うことを恐れているだけだ。
醜いが歪んでいるわけではない。いっそ清々しいまでの私利私欲といえよう。あの歪んだ残穢の波長とは、まったく違う。
二人目はセレスティーナ嬢が幼い頃から師事していたという、年老いた家庭教師のエルザ先生。
学識豊富な彼女であれば、未知の魔術を使えるかもしれない。
また、依頼者であるラインフェルト侯爵から、エルザの息子の金銭トラブルを聞いていた。放蕩息子は母に金を無心するため、エルザはしばしばお給料を前借りしていたとのこと。このトラブルがセレスティーナの事件と結びつくかは分からないが、念のために事情を聞いた。
「あの子は、本当に素晴らしい才能をお持ちでした。ですがそれゆえに、少し世間知らずで危ういところも……。今回のことも、あの子の純粋さが、何か悪いものを引き寄せてしまったのかもしれません。私はあの子を守れなかった。教師失格です」
教え子への愛情と、どこか諦観にも似た憂いが滲んでいた。彼女の魔力は静かで穏やかだ。『心配』と『諦め』。これもまた、違う。
そして三人目。年の離れた従姉妹のイザベラ様。
彼女は私たちの前に座るなり、堰を切ったようにセレスティーナの思い出を語り始めた。その語り口はあたかも聖女の伝記を読み上げるかのように、過剰なまでに美化されている。
「あの子は、昔から天使のようだったわ。この汚れた世界には、もったいないくらいに、純粋で、美しくて……。だから、私が守ってあげなければ、とずっと思っていたの」
その言葉に背筋がぞくりとするような、強烈な違和感を覚えた。
彼女の魔力の波長をそれとなく読み取ろうと試みる。その瞬間、イザベラ様の穏やかだった魔力がギュッとその身を固くし、巧みに本質を隠そうとするのを感じた。
(……見つけた)
間違いない。この人だ。この歪んだ執着こそが、あの残穢の正体。
塔に戻った私たちは、書斎で推理の最終確認を行った。
「まず今回の問題は、セレスティーナ嬢の眠りにかなり特殊な術が使われている点だ」
セオドアが言う。私は頷いた。
「古代魔術の『夢見の術』の応用ではないでしょうか。禁術指定されていますが、侯爵家の権限を使えばアクセスは可能です」
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「はい。術を使ううちに感情が歪んでしまったのか、それとも元からそうだったのか。今はそこまではわかりませんが」
二人でため息をついた。
「ライオネル伯爵令息は、動機はあるが、これほど巧妙な古代魔術を使えるとは思えん。エルザ先生は、動機が希薄だ」
「ええ。そして、イザベラ様は、その魔力の『紋様』を隠そうとしました。自分の犯行だと白状しているようなものです」
「決まりだな」
セオドアは書棚から一冊の禍々しい装丁の禁書を取り出した。
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