公爵夫人は謎解きがお好き

灰猫さんきち

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第3章 水面下の戦い

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 セオドアの強張っていた肩の力が、ふっと抜けるのがわかった。長く彼を縛り付けていた過去の呪いの最後の棘が、ようやく抜けたような、救われた子供のような表情をしていた。

「――ありがとう。君はいつでも私の救いの女神だ、アリアーナ」

「ふふ。大げさですよ」

 私たちの間に、もう隠し事など何一つない。その事実が私たちの絆をまた深くした。

 私たちは、潜入に役立ちそうな魔法具をいくつか選び出した。
 そしてセオドアは、以前私に贈ってくれたあのペンダントを手に取った。そう、いつだったか、初めての夫婦喧嘩をした際にもらったペンダントだ。
 彼はその石に、繊細な指先の動きで新たな防御術式を刻み込み始めた。

「君は、我々の『羅針盤』だ。君の力がなければ、この任務は始まらない。だから、何があっても君自身を守ってほしい」

 ペンダントから、美しく温かい光が放たれる。彼の愛情が、形になったかのようだった。






 数日後。まだ夜が明けきらない青い薄闇の中、私たちは塔の前に立っていた。
 上質だが目立たない旅人の服をまとい、荷物には厳選した魔法具を隠し持っている。

「旦那様、奥様……どうか、ご無事で」

 見送りに来たセバスチャンが、涙ぐむのを必死でこらえている。
 番人さんはファントムを肩に乗せて、厳粛な面持ちで佇んでいた。彼は護衛としてついて来たがったが、中身がからっぽのリビングアーマーはどうしても目立つ。留守番をして賢者の塔とセバスチャンを守るよう、頼んだ。

「おう、死ぬなよ、二人とも」

 アレクシスはいつもの軽口を封印し、固い表情で小さな筒を私に手渡した。

「何かあったら、すぐにこの信号弾を使え。たとえ国境を越えてでも、全軍で駆けつけてやる」

 その言葉の重みに、私は強く頷いた。

 準備は整った。
 私とセオドアは、互いの顔を見合わせる。その瞳には、不安も恐怖もない。共通の敵に立ち向かう「同志」としての、静かで強い覚悟の光だけが宿っていた。
 私たちは見送る皆に背を向けると、隣国へと続く道へ歩み出した。

 私たちの前には、未知の危険。国家の運命を左右する大きな謎が待ち受けている。
 賢者の塔の穏やかな日常は、遠い過去の記憶のようだ。
 だが、不思議と心は凪いでいた。
 愛する夫の隣であるならば、どんな戦いだって怖くない。自然とそう思えたから。





 隣国との国境を越えた先にある宿場街は、驚くほど活気に満ちていた。
 石畳の道を陽気な人々が行き交い、露店からは香ばしい焼き菓子の匂いが漂ってくる。建物の壁は綺麗に塗り直され、窓辺には色とりどりの花が飾られている。
 私たちの国境沿いの村が、まるで色褪せた絵画のようだったのとは対照的すぎる光景だ。

「……まるで、作り物の春のようですね」

「新婚旅行中の貴族夫婦」として宿の一室を取った私は、窓の外を眺めながら、思わずそう呟いた。
 街は豊かな魔力で満たされている。だがその豊かさはどこか不自然で、地に足が着いていないような薄っぺらいものに感じられた。あるいは、床板を一枚めくったら地獄に繋がっているような不安定さに。

「ああ。この繁栄は、我々の国から吸い上げた魔力の上に成り立っている、虚構のものだ」

 セオドアは、街で仕入れてきたらしい安物の麦酒を飲みながら、冷静に分析する。
 彼は私と違って、街の酒場で聞き込みをしたり、市場で情報収集をしたりと、意外なほど手際よく動いていた。呪いで塔に引きこもっていたとは思えない適応力だ。まあ、彼の頭脳にかかれば、人の心を読み解くことも魔術の理論を解き明かすことも、大差ないのかもしれない。

 その夜。私は宿の一室で、意識を集中させた。
 胸にかけたペンダントが、セオドアの魔力で温かい。これが私を守ってくれる。
 私は慎重に「調律」の力を広げていった。先日感じた、鋭い妨害の魔力波を刺激しないように。そっと水面に広がる波紋のように、静かに、深く。

(……見つけた)

 やはり、そうだ。
 この街の不自然なほど豊かな魔力は、国境の向こう側……私たちの国から吸い上げたもの。それが一旦、街の中心にそびえる領主の館に集められている。そして、そこから一本の太い流れとなって、あの古代遺跡へと注ぎ込まれているのだ。
 この街の領主が陰謀の中心的役割を担っていることは、ほぼ間違いない。

「セオドア、突き止めました。すべての魔力は、領主の館を経由しています」

「そうか。私が集めた情報とも一致するな。あの領主は、この一年で急激に財を成し、のし上がったらしい。おそらく、我が国から吸い上げた魔力を『売った』見返りだろう」

「だとしたら、館に遺跡に関する手がかりがあるかもしれません」

「ああ。……今夜、行くぞ」

 青灰色の瞳に、かつてないほど冷たい光が宿っていた。
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