gift

合歓猶

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毒の杯、堕ちた一等星

六話

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AM03:06
Bar『Gift』テーブル席

 Bar『Gift』の営業時間は18時から2時までとなっている。大人のたまり場であるそこは終電など気にする人間が立ち寄る空間ではない。休業日は火曜日。常連客も多い、隠れ家Barと言えた。
 今は店の扉にCLOSEと書かれた札が下げられている。
 元々薄暗い店内だが、閉店後、更に照明は絞られ、人のいるテーブル席のあたりだけほんのりと明かりが灯っていた。
「これが今日受けた依頼だ。新人二人もいることだしちょうどいいと思ってな」
 ぺらりと平から手渡されたのは一枚の依頼書であった。それを燿が受け取り目を通す。
「ま、こんなもんか。つーか予想通りの依頼だな」
 すぐに目を通し終えた燿はそれを久遠へ手渡した。久遠はそれをテーブルの上に置き、七星と龍城にも見えるようにした。その紙を二人は覗き込む。形式ばったそれの一番上に書かれた、依頼の内容。
「宝石の奪還……?」
 ここは怪盗グループだったかと七星は首をかしげる。小説やアニメでよくある、宝石を盗みに入る怪盗や大泥棒。妄想を膨らませ意識をそちらに飛ばす七星。その間にも龍城はその詳細に目を通していた。
「――エリィ公国の国宝『スフェーンのペンダント』が、陰謀により奪われた。それを奪還してほしい。エリィ公国の法務次官直々のご依頼とは、驚きました」
 龍城の言葉に意識を引っ張り戻した七星は聞いたことのない単語の数々を復唱する。
「えりぃ、こうこく? ほうむじかん?」
「エリィ公国は、小国で、王様が今もなお治めている国。宝石の取れる国で、それを産業として国を成り立たせている。法務次官は、国の政治における法務、つまり法律や国民の権利などを司る機関のナンバー2、と考えていいかな」
「おお! さすがたつきちゃん!」
「王様といってもこの国は……いやこれ以上説明しても仕方ないか……」
 目をキラキラさせてそう言う七星に、龍城も思わず苦笑いをこぼした。このやりとりにももう慣れてきていた。
 方や、久遠はまさか龍城がエリィ公国について知っているとは思っていなかったのだろう。すこし目をぱちくりとさせた後、頷いて続けた。
「エリィ公国は少しうちの組織とも関係しててね。依頼があれば大体受けてるんだ」
「資金援助、パトロン等の類いですか?」
「当たらずとも遠からずかな」
 今はまだ正解は教えてくれなさそうだと、龍城は大人しく口を噤み引き下がった。
 一方でうーんうーんと首をかしげる七星。
「その国の宝石が盗まれちゃったから取り返してほしいってこと?」
「おおまかには」
「でもなんでそんな大切なもの、盗まれちゃったの?」
「うーん、盗まれたというか、騙しとられたというか、かな」
「え?」
 ここにきての新たな情報に、七星の頭からは湯気が立ち上っているように見えた。勿論そんなわけないのだが。目を回す七星に苦笑いを浮かべる久遠はバーのカウンターから甘いジュースを取り出し、グラスへと注いで七星へと手渡した。
「盗んだ相手は桂コーポレーション。車のメーカー、GUIで有名な会社だよ」
「あっ! すごい高級志向の、あのギラギラした車のメーカー?」
 ジュースの注がれたグラスを手にして大声を出す七星が童子のように見えたのだろう。久遠は思わず笑い声を漏らしていた。
「ははっ、そうそう。そこ」
 テレビコマーシャルでもよく見かける大手の車メーカーともあって、七星にもピンときたようだった。GUIという車のメーカーは桂コーポレーションが経営運営している。車に限った話ではないが、高級志向で実用性よりも見た目を重視したラグジュアリーな商品を展開している。
「確か、桂といえば、博物館や美術館などの展開もしていましたよね?」
「あぁ、そうだ」
 龍城の言葉に頷いた燿は、テーブルの上にあったデキャンタから、自身の持つグラスへと赤ワインを注いで口を付けた。
 桂コーポレーション本社のビル内にある博物館。都内一等地に設けられた広大な庭と美術館。休日ともなれば多くの人で賑わうスポットだ。
「あいつらはある日、エリィ公国にジュエリーを買い付けるついでに、外務省や法務省、財務省なんかの要人と話し合いの場を設けた」
「その時に、件の国宝を見せてもらったわけだね」
「あいつらはこうの宣った。「素晴らしいジュエリーだ! 是非とも我が社が保有する美術館にお貸しいただきたい」とな」
「勿論、エリィ公国は反対しただろう。何て言ったって国宝だからね」
「だがそこは腐っても商売人。様々な話をしたンだろうよ。褒めて持ち上げて、ついにはジュエリー買い付けの比率をあげてやるとかな」
「エリィ公国の収入源はそのジュエリーによる貿易だからね。それに桂コーポレーションはその中でも大手取引先だ」
「国宝を貸せば、その利益は確実に上がる……」
 デキャンタの最後の一滴がグラスへと落ちていった。
「……馬鹿な奴らだよ。それでのこのこ貸しやがったンだ。契約書に印鑑を押してな」
 グラスの中はもう空だ。
「え、でも貸したんでしょ? それを取り返すの?」
 純粋な疑問だったのだろう。顔を顰めていた燿に、七星が詰め寄った。それを抑えるようにして久遠が七星の肩を叩く。
「話はここからなんだよ」
 そうここまでは前置き。今回のミッションの核となるのは、ここから先、裏の事情なのだ。
「桂コーポレーション側が国宝貸与における契約書を作成してきた。内容はおおまかに4つ」
「ひとつ。桂コーポレーションはエリィ公国の国宝、スフェーンのペンダントを一か月間貸与。公開期間は2週間とする」
「ひとつ。国宝の貸与に伴い、桂コーポレーションは謝礼金として日本円で1億。また、期間中美術館での利益25%を支払う」
「ひとつ。国宝の貸与に伴い、桂コーポレーションは以降エリィ公国からのジュエリーの買取を1割増加させる」
「ひとつ。国宝の輸送はエリィ公国が行い、その際の過失はエリィ公国が負うものとする。国宝の展示保管は桂コーポレーションが行い、その際の過失は桂コーポレーションが負うものとする」
 燿と久遠が語ったおおまかな契約書の内容。契約書など読んだことのない七星だが、聞く限りでは問題などないのではないか。そう考えた。
「……なにが、もんだいなの……?」
「特に重要な項目は最後だよ」
 久遠にそう言われ、挙げられた4つの内容を順に思い出す。
「あー、んと、過失がどうとかってやつ?」
「そう。国宝を運んでるときに問題が起きた時に責任を負うのはエリィ公国。貸してもらった一か月の間に何かあった場合責任を負うのは桂コーポレーションってこと」
「?」
 いまだ頭上にクエスチョンマークを浮かべる七星を尻目、龍城は結論を口にした。
「つまり、桂コーポレーションはその輸送の最中に何かをしたわけですね」
「その通り」
「なにか、って、なに……? 久遠さん、燿さん、わかってるんですか?」
 流石の龍城も、何をしたかまで想像することは難しい。視線を受けた燿は床に置いていた鞄から紙の束を取り出した。
「ホレ、これが俺の独自調査の資料だ」
「流石は燿。早いねぇ」
 バサリ。目の前に置かれた紙の束に目を白黒させる七星。龍城は表情を変えず、それを拾い上げ読み始めた。
「なるほど」
「ちょ、たつきちゃん! アタシにも見せて! いややっぱりいいや! 教えて!」
「ククッ、頭使ったじゃねえか」
「燿さんに褒められた!」
「嫌味でしょ」
 ばっさりと七星を切り伏せた龍城は、溜息をひとつ吐き出した後、口を開いた。
「桂コーポレーションは、エリィ公国の人を金で雇った。輸送中、それを何らかの事故に見せかけて紛失させる。その後に、桂コーポレーションに秘密裏に運び込んだら、莫大な報奨金を出すって条件で」
「!」
「そう。契約書にはこう書いてあった。輸送中に起きた過失を負うのはエリィ公国側だってね」
「!!」
「そして、表ではエリィ公国側にその過失を押し付け、裏では手に入れた国宝であるペンダントを、裏オークションに出してる」
「裏オークション……」
「桂コーポレーションは、過失を押し付けたついでに、謝礼金の全額返金を要求。また既に計画が進み告知まで行っていた展示会の損害賠償までもエリィ公国側へ要求してる」
「ええ!?」
「だから、俺たちの出番だ」
「!」
「今回のミッションはこの『スフェーンのペンダント』を奪還し、エリィ公国側へ引き渡す」
「わかりました!」
 七星は頼もしい敬礼を披露して見せた。
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