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第1章:ルーク・サーベリーの帰還

第1話:追放

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「ルーク・サーベリー、君をこれ以上我が校に在籍させるわけにはいかなくなった」

 アロガス王立魔法騎士養成学園学長ボリス・ダグホーンの言葉はまるで巨大な戦斧のようにルークの頭に突き刺さった。


「……理由を……聞かせてはいただけないでしょうか」

 よろめきそうになるのを必死にこらえながらなんとか言葉を絞り出す。

 しかしそれがただの虚勢であることはルークもよく分かっていた。

 というか心当たりは十分すぎるくらいあった。

「やはり……僕の”枯渇”が原因ですか?」

 机の上で手を組んだボリスが微かに頷く。

 現在ルークが立っているこの場所、アロガス王立魔法騎士養成学園は魔法騎士を育成する学校としてはアロガス王国随一と名高い名門校だ。

 魔法騎士、魔法と肉体による戦いの2つを極めたこの職種は王国を跋扈する魔獣と戦える数少ない存在であり、その称号を持つ者は人々の尊敬を一身に集めることになる。

 故に貴族は己の子供に箔をつけるためにこの学園に入れるのが通例となっており、その例に漏れず辺境の伯爵家長男であるルークも一年前から在校していた。

 しかしそれはルークにとって箔付けどころか無残にメッキを剥がす結果となっていた。
「入学当時の君は本当に素晴らしい成績だった。魔力測定では我が校始まって以来の記録を出し、授業では実技も座学も素晴らしい成績を納めていた。それだけに君のその”枯渇”は我々にとっても残念でならないのだよ」

 ボリスの言葉にルークは歯ぎしりをする。

 それは自分でもよくわかっていたことだ。

 この世界では力の大小はあれど人は誰でも魔力を持って生まれ、魔法知識と技術を用いれば魔法を使えるようになる。

 しかしそのうちの約半数は思春期を迎えるころに魔法が使えなくなってしまう。

 それは”枯渇”と呼ばれていた。

 一般的には魔力の少ない人間ほど”枯渇”が起きやすいとされていたが、稀に高い魔力を持つ者でも魔法が使えなくなることがある。

 そしてルークがまさにそれだった。

 開校以来の神童とまで呼ばれたルークだったが、2年生に上がったのを境に突然魔法が使えなくなってしまったのだ。

 それはルークにとって心臓をえぐられるほどの衝撃だった。

 命を絶つことすら考えたこともあったがなんとか踏みとどまり、この1年は再び魔法を使えるようになるために文字通り命を懸けた努力を続けてきた。

 王国一といわれる医者を尋ね、あらゆる魔法薬を試し、時には命を賭して危険な儀式に挑んだこともあったが、それでもルークの魔法が再び発動することはなかった。

 そしてルークの不幸はそれだけでは終わらなかった。

 ”枯渇”したという噂は瞬く間に学園中に広まり、それまでルークに向けられていた尊敬の眼差しが侮蔑に、羨望の眼差しが嘲りに変わるのに長い時間はかからなかった。

 あからさまに嘲笑を投げつけられ、さっさと学校を去れと直に言われたことや直接暴力行為を向けられたことも数えきれないほどある。

 プライド高い貴族の子女子息たちが通う学園においてルークのような存在は彼/彼女らの自意識プライドを満たすのにうってつけだったからだ。

 何度も地べたを這わされ、嘲笑を浴びせられたが、それでもルークは魔法騎士への道を諦めなかった。

 それは亡き父との約束でもあったからだ。

 しかし今、その夢がルークの目の前で崩れ去った。

「我々としても君を退学にするのは非常に惜しいと思っているのだよ。現に君は魔法こそ使えなくても剣技、座学は学年トップクラスの成績なのだから。おそらく今の成績であれば進学も可能だろう」

 呆然自失となったルークの耳をボリスの言葉が通り抜けていく。

 聞こえてはいるがまるで頭に入ってこない。

 しかしその直後にボリスが放った言葉にルークは我に返った。

「しかし、君の後見人であるグリード・サーベリー卿が来年以降の学費は払わないと告げられたのだ。流石に我々も学費を払わぬ者を在籍させるわけにはいかぬのだ」


「叔父上が?本当にそう仰ったのですか?」

 それはルークにとって信じがたいことだった。

 魔法騎士養成学校行きは亡父アーロン・サーベリーの遺言でもあったからだ。

 その問いにボリスが重々しく頷く。

「君の学費は既に全額支払い済みなのだがそれを返金するようにと要求があったのだよ。故に我々はこれ以上君を置いておくわけにはいかぬのだ。これは我々にとっても本意ではないと、どうかわかってはくれないだろうか。君には一週間の猶予がある、それまでに荷物を……」

 続くボリスの言葉はルークの耳には入ってこなかった。

 全てが非現実的な世界の話のようで、気付けば学長室を出ていた。

 やがてそれは実感となって体にのしかかり、ルークは壁に背をもたせてずるずると床にへたり込んだ。

 世界が突然目の前で閉じられたようだ。

「叔父上が僕を退学に……?」

 信じたくはなかったが、頭のどこかではそれを冷静に受け止めている自分がいる。

 グリード・サーベリー、父の弟とは思えない強欲なあの男ならこんなことを企ててもおかしくはない。


「ルーク」

 傍らで名前を呼ぶ声に振り向くとそこに1人の少女が立っていた。

 アルマ・バスティール、黒曜石のように艶やかな長い黒髪と瞳を持った美しい少女であり、この学園でルークの唯一の親友でもあった。

「学長様に呼ばれたと聞いたけど……大丈夫?」

 アルマは廊下に座り込むルークを見て心配そうに眉をひそめている。


「大丈夫……と言いたいところだけど少し無理かもしれない」

 ルークはそう言いながら力なく微笑んだ。

「一週間後にこの学園を出ていくように言われたんだ。だからアルマ、君とももうお別れだ」

 その言葉にアルマは表情を一変させると学長室の扉に身を翻した。

「待って」

 ルークがその手を掴んで引きとめた。

「でもそんなの!」

「学長様が間違ってるわけじゃないんだ。仕方がないんだよ」

 尚も抗議の声を上げようとするアルマに頭を振る。

「行こう。ここでは人目に付きすぎるから」

 ルークはアルマの手を引くと中庭にある東屋へと向かった。




    ◆




「そんな……」

 ルークの説明を聞いたアルマが驚きに目を見開いた。

「仕方ないんだ。僕は”枯渇”してしまったから叔父上としてもこれ以上僕を学園においても仕方ないと判断したんだろうね」

 自嘲するように微笑みを浮かべるルークだったが、それが無理をしていることはアルマにも明らかだった。

「だから学長に非があるわけじゃないんだよ」

「それでも……そんなのって酷すぎる……ルークは誰よりも頑張ってきたのに……」

 アルマの眼に涙があふれる。

 ルークはハンカチを取り出すとその涙をそっと拭った。

「いいんだ。僕もある程度覚悟はしていたから。それに命まで奪われたわけじゃないんだ。退学にはなってしまったけどいつかきっと魔法騎士になってみせるよ。君と約束もしたしね」

 その言葉にアルマが驚いたようにルークを見つめる。

「ルーク、覚えていてくれたんだ……」

「当然だろ。君は僕にとって初めての”生徒”なんだから」

 ルークが微笑む。

 入学当時、アルマは魔法を上手く使えず、身を縮めるように学園生活を送っていた。

 父親が有力地方貴族であるランパート辺境伯だったこともあって直接苛められることはなかったが、それ故に王都出身の貴族たちの中に入っていくこともできず、怯える小動物のように日々を過ごしていた。

 同じ地方領主出身であるルークにそれを見過ごせるわけもなく、アルマを励ますとともに魔法の練習に付き合うことにしたのだ。

 その甲斐あってアルマの魔法能力はめきめきと上達し、今では学年一の才女と呼ばれるまでになっている。

 そしてその中で2人は友情を育み合い、今ではかけがえのない親友となっていた。


「今では僕の方が君を追いかける立場だけど、いつかきっと君の横に立ってみせるよ。だからそんなに泣かないで」

「ルーク」

 アルマがルークに抱きついた。

 シャツを掴み、その胸に顔をうずめる。

「絶対、絶対だからね!魔法騎士になんかならなくてもいい、だけど絶対にまた私のところに来て。約束だからね」

 ルークは小さく震えるアルマの肩に優しく手を置いた。

「ああ、約束する。いつかまた絶対に会いに行くよ」

「ルーク……」

 アルマがうるんだ目でルークを見上げる。

 その顔がゆっくりとルークの顔へと近づいていく。


「おやおやあ?そこにいるのは退学生のルーク君じゃあないのか?」

 2人の背後から声が響いてきたのはその時だった。
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