追放王子と出奔魔法使いの一冬の話

一年ぶりの兄弟

「嘘だ！！！！」

　シャオの叫びは謁見の間に響いた。
　だが、その叫びに答える者はいない。
　首だけをルカの方に向け、怒鳴る。

「貴様ごとき、私の薬が分かるわけない！ 嘘に決まってる！ 私が、主の足を奪うなどあるわけない！！」
「……」

　目を逸らしたルカにシャオの怒りが溜まっていく。
　目の前が見えなくなるくらいに気が高ぶったシャオを恐れたのか、何人かの兵士がやってきてシャオを床に叩きつける。

「は、離せ！ そんなはずはないッ！ 私の薬は完璧だ！ クソっ！ 殺してやる！！」
「シャオ」

　兵士との乱闘に近い有様はアランの声でようやく我に帰ることが出来た。
　兵士たちに制圧され、服や髪が乱れ、見るも無惨な形になっているシャオをアランは銀の瞳で見つめている。
　こんな無様な自分をアランは軽蔑しているだろう。だが、それよりも言いたいことがある。

「主ッ！ お願いします。薬については私にお任せ下さいッ！ あ、主の足を奪うなど、ありえません！」

　シャオの、声は震えていた。
　そんなはずはない。そう思い込みたいのに、心のどこかで納得している自分がいる。
　なぜ、病が治りかけていた時に足の麻痺がおこったのか。アランが病にかかっている時、特に足についての話はアランからされなかった。
　足について言われたのは、薬を飲み始めてからだ。
　その違和感がずっと、あった。だが、それをシャオはろくに調べもせず、病の後遺症と思い込んでしまった。
　アランが追求しない事を良いことにシャオはアランにも自分にもごまかし続けていたのである。

「ッ……」

　黙り込み、唇を噛むシャオを見たイースが深いため息をつき、シャオから兵士を離す。そして、王座に座り直した。
　数秒、謁見の前に静寂が満ちる。

「……なるほど、この薬をつくった者も、副作用を知らなかったというわけですか」

イースはシャオを見据える。
負けじとにらみつけるが、イースは動じない。
息を吐いた音が響く。

「ですが、薬は完成した、というわけですね」

副作用を無視すれば、とイースは最後に付け加えた。
副作用。つまり、現状、シャオの作った薬では足の麻痺などが残る。

『貴族の位を貰えば、待遇は平民よりも良くなります。薬を優先的に故郷に使うことが出来て、薬について調べることができるから、それに、王の命令でしたら断れません』

イースは敵だから考えくらいわかる。
きっとイースはルカの故郷の村をシャオが作った薬の実験場して使うつもりなのだ。
国の危機だ。平民の村の人間の手や足が不自由になったところで、国は困りはしない。
　だが、その村はルカの故郷だ。
アランの場合、杖をつけば問題ないものの、それはシャオがアランを甲斐甲斐しく看病したからである。
他の薬を服用した平民には同じことはできないだろう。副作用がさらにひどく出るかもしれない。それをどう改良するかの方法もまだわからない。下手すればそのまま衰弱死、なんてことも有り得る。
そんな薬、完成とは言えない。
それをイースはわかっているのだ。誰しも、病の特効薬を見つけたというのに、顔が暗い。

「それで、よいか？」

イースは近くにいる要人や、その下に控えているルカ達に聞く。
だれしも、その王の問いに答えることはしなかった。
だが、ここにいる全員がこのままでよいのか、と葛藤しているように見える。

「よいか？」
再度、イースが聞く。
その言葉は先ほどよりも少し強く聞こえる。
だが、だれも答えをしようとはしない。
そんな時、シャオの後ろから声が上がった。

「よろしいでしょうか！」