ダブル・アイデンティティ

ブリリアント・ちむすぶ

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拒絶

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「……」

 『トオル』。いや、『ユウヤ』はトオルに名を呼ばれ、視線を下に向けた。
 トオルのユウヤを握る手に力が込められる。
 トオルの視線にもう逃げることが出来ないと悟ったユウヤはその問いに答えるように、ゆっくりと首を縦に振った。

「……ッ」

 肯定されたトオルの胸中は言葉にできない程複雑なものだった。
 『トオル』である自分が『ユウヤ』となり、『ユウヤ』だった目の前の相手が『トオル』と入れ替わったのだ。
 こんな現象、実際に体験しなければ信じることなどできなかっただろう。
 正にアニメや漫画のような出来事だ。
 だが、これは現実である。
 トオルは少しの逡巡のあと、ユウヤの目を見た。

「……やっぱり」

 トオルとユウヤの間に微妙な空気が漂う。
 二人とも、意味も分からないこんな状況に迷い込んでしまった当事者だ。
 それでも、仲間ができたことへの喜びがトオルの中にはあった。

「その、桐島、君えっと……」
「……俺は、戻りたくない」
「えっ?」
「俺は、ユウヤに、戻りたくない」
 
 ユウヤはトオルの目を見ずに言い放った。
 その表情は元は自分の顔であったとしても、自分ではない。
 それは正しくユウヤそのものだ。
 その顔からは安住の地を手に入れた時のようなこの場から離れたくないというような、そんな執着のようなものが感じられ、トオルは思わずつかんでいた手を放した。
 ユウヤはその手を素早く引き、目の前のかつての自分をにらみつけた。

「戻るなら、死んだほうがましだ」
「桐島、君」
「俺はもう、ユウヤじゃない。桐島ユウヤは、アンタだろ」

 トオルの顔で、トオルの声で、ユウヤはそう言い捨てる。
 それを見て、トオルは酷いと思う前に理解してしまった。
 クラスの人気者であったユウヤがあの3人にどのような扱いを受けてきたのか。
 どれほどのストレスを抱えて日々の生活を送っていたか。それが存在が孤独になる代わりに解放されたのだ。
 トオルだったら、そんな生活戻りたくもない。
 仮に戻る方法が分からなくても、安住の地に行けた今、過去のみじめな自分など見たくもないのだ。
だから、元は自分の物だった手を振りほどいた。

「……そう、だよね」

 トオルは声を震わせた。
 せっかく出会えた理解者の存在。それを手放し再度一人になる恐怖が支配する。
 それでも、目の前のユウヤはトオルとして生きていくと心に誓っている。元に戻れる方法がない今、その方法を共に探ることもできない。手詰りだ。
だからトオルはせめてものねぎらいをユウヤにしたかった。
これはユウヤに憧れていたトオルの本音だった。

「……きっと、今まで、大変だったと思う。だけど、誰にも言わないで、クラスの人気者やってて、すごい、すごいよ」

 ユウヤの見た目の良い顔と周りに人が集まるカリスマ性。
 そのユウヤに対し、トオルはユウヤになりたいと思っていた。
 その願いをトオルは叶えた。それに巻き込まれたのはユウヤだ。
 願いが叶ったのならば、それがどんな結果であろうとトオルは文句を言う資格はない。

「……親のこととか、いろいろ、よろしく。それと、生きてくれて、ありがとう。正直、死んだかと思っていたから、生きていてよかった。じゃあ、俺、教室戻る。連れ出して、ごめん」

 早口で終わらせ、涙をこらせてユウヤに背を向けた。
 ユウヤはどんな顔をしているか分からない。だが、振り返ればユウヤに思いの丈を全て言ってしまいそうで、トオルは涙を堪えて走り去った。
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