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今夜、この人と夫婦になる

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私が初めて夫になる人に出会ったのはお見合いの席。

 父親同士の会話の方が弾み、私と夫は何一つ口を 開けなかった。
 特に私なんて緊張のあまり夫の顔すらまともに 見られず、下の妹や弟たちにどんな顔だったか聞かれてもその時着ていた袴がどんな袴でさえも答えられなかったほど。
 そのまま結婚話はトントン拍子に進み、結納、結婚式になっても私はまともに顔が見られず、ようやく見られたのは結婚式の初夜だった。
 2人分の広さに敷かれた布団の上に固まりながら 座る私に夫がゆっくりと座った。

「あの」

 幾分かの沈黙の後、夫が口を開いた。
  普通の男性よりは高めの声だと思った。
 少なくともうちの父親よりは高い。
  そう思った後に、これが初めてきちんと聞く夫の 声だとも思った。
  わたしは顔を上げ、ゆっくりと夫の顔を見る。
  短く髪を刈り上げた、ひょろ長い人だった。
  その割には目が大きく、その目で私をしっかりと 見ていた。

「あの」
 「は、はい」
 「手を」
 「はい」
 「手を握っても、よろしいでしょうか」
「..はい」
 
 体が強ばるのを感じた。
  夫は私の手を持ち上げ、自分の大きい手のひらに包む。
  まるで柔らかいものを崩さないような扱いで、拍子抜けしたほどだった。
  夫は私の手を包んだまま口を開いた。

「痛く、ありませんか」

 痛いも何も、あまりに力のない握り方なので握られているのかどうか分からないほどだ。
 私の妹の方がまだ強い力だろう。

「あの、もうすこし力を込めても大丈夫ですよ」 
「大丈夫ですか?」 
「ええ」 
「その、壊れてしまいませんか。手が」

 あまりの頓珍漢な質問にわたしは思わず豆鉄砲を 食らったような顔をした。
 いくら女といえどもすぐには壊れない。
 驚きのあまり黙っていると夫がさらに口を開いた。

「私には母がおりません。妹も姉もおらず、周りに女性がいないので、わからぬのです。女性が何処までか弱いのか」

その言葉を聞いて私は思わず吹き出した。 悪いと分かっていても笑わずには居られない。
 くすくすと笑う私に夫は顔を赤らめた。

「すみません」
 「いえ、私も笑ってしまい申し訳ありません」

気がつけば握られた手はどちらの汗のせいなのか 分からないほど濡れていた。

「笑い顔、初めて見ました。ずっと貴女は黙って いたから」
 「緊張していたのです」
 「そうですか。今も、していますか?」
 「少し、晴れました」
「良かった」

握る手が少し強まった。 私を手を握った。
 夫も、恥ずかしいそうな笑みをした。
 ようやく、この人と夫婦になるのだと実感した気 が来た。

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