悪女アフロディーテの裏の顔

甘糖むい

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「アンタはそんなこと、言わないでしょう」

リアナは軽く受け流した。
まるで彼の言葉を冗談か、からかいの一種とでも思っているように。
バックミラー越しに見えたその微笑は、どこまでも穏やかで、距離を保つための仮面のようだった。

「そうかよ」

ゼルグは短く吐き出し、再び煙を吸い込む。
車内に白い煙が満ち、リアナの横顔が霞む。
光の粒が煙の中で揺らめき、彼女の輪郭を柔らかく溶かしていく。

――言わねぇわけじゃねぇ。
本当は、言いたくて仕方がない。

やめろ。
あの連中に微笑むな。
誰にも触れさせるな。
その唇で、他の男の名を囁くな。

だが、その言葉を吐き出した瞬間、何かが壊れる。
ゼルグはそれを知っていた。
自分がボスではなくなった瞬間、リアナは自分のもとから離れるだろう確信があった。
忠誠と秩序で繋がったこの関係に、愛などという不確かなものを持ち込めば、すべてが崩れる。

リアナにとってのゼルグは、完璧な暗殺部隊のボスでなければならなかった。
誰よりも強く、恐怖と信頼を等しく抱かせる存在。
人ではなく、秩序そのもの。
情を見せず、感情に流されず、できた男でいなければならない。
だからこそ、彼女は今もこうして自分の隣にいる。

ゼルグは背もたれに身を預け、静かに目を閉じた。
まぶたの裏に、ライゼル王の笑顔が浮かぶ。
あの天真爛漫で、底の見えない笑み。

「君が焔である限り、影は君の手には落ちない。手放すか、無理やり手に入れるか……どちらかしかないんだよ」

無邪気にそう言った王の声が耳の奥で蘇る。
くだらねえ、とゼルグは心の中で吐き捨てた。
出来るならとっくにしている。
そんなものは、とうの昔に捨てたはずだった。
それなのに何かの拍子で溢れそうになる物をゼルグは煙草と共に自らの手で灰にしてしまった。
窓の外に流れて灰色の空に交じる灰。
それらが全て流れていくのをゼルグはじっと見つめていた。
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