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「セオドール!」
何の前触れもなく、場違いなほど明るい声が静まり返った廊下に響いた。
それはまるで、凍てついた空気を打ち砕く鈴の音のように無邪気で、無防備で、けれどあまりにも無神経だった。
セオドールが従者に人払いを命じていたその廊下の奥、静寂を守るべき空間に、まるで自分が歓迎されているかのような足取りで入ってきたのはオリヴィアだった。
彼女はジェニエルの存在など最初から見えていないかのように、何の躊躇いもなく彼女の脇をすり抜け、そのまま一直線にセオドールの胸に飛び込んだ。
「……オリヴィア。今は来るなと、言っておいただろう」
呆れたように吐き出されたセオドールの低い声には、かすかな苛立ちが混じっていた。
だが、それは本気で拒む色ではなかった。
むしろ諦め混じりの優しさすら滲んでいた。
オリヴィアはセオドールの態度を気にする様子もなく、ふわりとした笑顔を浮かべたまま彼の袖にしがみつき、小さく頬を寄せた。
その貴族女性にはない無邪気さがジェニエルには眩しく見えた。
「でも、どうしても伝えたかったの!とってもいい知らせがあるのよ!」
そう言いながら、オリヴィアはセオドールの耳元に口を寄せた。
「あのね……」
数歩離れた距離のジェニエルには聞こえない二人の仲睦まじい様子にジェニエルの胸が、すうっと冷えていった。
セオドールがこれほどまでに喜んだ表情を見たのは、いつ以来だろうかと感動にも似た事を考えて居る間も二人の距離はますます縮まるばかりで離れようとしない。
先ほどまで面倒くさそうにしていたセオドールの様子も言葉を交わすにつれて喜色を浮かべ、どこか興奮したようにオリヴィアを抱きしめる。
――ああ、こんな顔もするのね。
ジェニエルはその表情を、あたかも他人のように見つめていた。
こんなにも自然に、こんなにも心を許した相手に向ける笑顔を、セオドールはもう自分には見せてくれないのだと、まざまざと突きつけられた。
オリヴィアの腕が彼の首にまわされ、二人の距離はさらに縮まる。
もはや人目もはばからず、セオドールはその腰を軽く抱き寄せた。
彼女の耳元で何か囁いたのだろう。
オリヴィアが嬉しそうに目を細め、声を立てずに笑っていた。
その光景が、ジェニエルの胸の奥を冷たく蝕んでいく。
先ほどまでセオドールが見せていた苛立ちも、困惑も、今では跡形もなく消え去っていた。
彼はまるで、別人のように柔らかな表情を浮かべていた。
それはジェニエルがかつて知っていた頃の、心の内を見せてくれたセオドールだった。
「……っ」
目の前で繰り広げられるわざとらしいほどの距離の近さに、ジェニエルは視線をそらすしかなかった。
何の前触れもなく、場違いなほど明るい声が静まり返った廊下に響いた。
それはまるで、凍てついた空気を打ち砕く鈴の音のように無邪気で、無防備で、けれどあまりにも無神経だった。
セオドールが従者に人払いを命じていたその廊下の奥、静寂を守るべき空間に、まるで自分が歓迎されているかのような足取りで入ってきたのはオリヴィアだった。
彼女はジェニエルの存在など最初から見えていないかのように、何の躊躇いもなく彼女の脇をすり抜け、そのまま一直線にセオドールの胸に飛び込んだ。
「……オリヴィア。今は来るなと、言っておいただろう」
呆れたように吐き出されたセオドールの低い声には、かすかな苛立ちが混じっていた。
だが、それは本気で拒む色ではなかった。
むしろ諦め混じりの優しさすら滲んでいた。
オリヴィアはセオドールの態度を気にする様子もなく、ふわりとした笑顔を浮かべたまま彼の袖にしがみつき、小さく頬を寄せた。
その貴族女性にはない無邪気さがジェニエルには眩しく見えた。
「でも、どうしても伝えたかったの!とってもいい知らせがあるのよ!」
そう言いながら、オリヴィアはセオドールの耳元に口を寄せた。
「あのね……」
数歩離れた距離のジェニエルには聞こえない二人の仲睦まじい様子にジェニエルの胸が、すうっと冷えていった。
セオドールがこれほどまでに喜んだ表情を見たのは、いつ以来だろうかと感動にも似た事を考えて居る間も二人の距離はますます縮まるばかりで離れようとしない。
先ほどまで面倒くさそうにしていたセオドールの様子も言葉を交わすにつれて喜色を浮かべ、どこか興奮したようにオリヴィアを抱きしめる。
――ああ、こんな顔もするのね。
ジェニエルはその表情を、あたかも他人のように見つめていた。
こんなにも自然に、こんなにも心を許した相手に向ける笑顔を、セオドールはもう自分には見せてくれないのだと、まざまざと突きつけられた。
オリヴィアの腕が彼の首にまわされ、二人の距離はさらに縮まる。
もはや人目もはばからず、セオドールはその腰を軽く抱き寄せた。
彼女の耳元で何か囁いたのだろう。
オリヴィアが嬉しそうに目を細め、声を立てずに笑っていた。
その光景が、ジェニエルの胸の奥を冷たく蝕んでいく。
先ほどまでセオドールが見せていた苛立ちも、困惑も、今では跡形もなく消え去っていた。
彼はまるで、別人のように柔らかな表情を浮かべていた。
それはジェニエルがかつて知っていた頃の、心の内を見せてくれたセオドールだった。
「……っ」
目の前で繰り広げられるわざとらしいほどの距離の近さに、ジェニエルは視線をそらすしかなかった。
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