カンテノ

よんそん

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第3章 サフォケイション

3-20 怒り

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 風の刃の斬撃により、僕の身体は切り裂かれ、さらにその斬撃から風による衝撃波が発生し、僕は建物の壁へと激突した。

「ぐっ! いってぇ……」

  激突した衝撃により、先程の戦いでの傷もより痛み出した。だが、ヘルメットをしていたため頭部への衝撃は緩和されたのが不幸中の幸いだった。

「想、大丈夫か!? 無理しなくていいからな?」

  インカムからファルさんの声が聞こえた。見ると、ファルさんは倒れたバイクの車体を素早く起こし、再び跨っていた。

「ファルゼン、お前も無理はするな。弟を連れて、逃げろ。奴は、化け物だ」

  僕がヘルメットを外した時、倒れていたラウディさんがそう言ったが、ファルさんはラウディさんをちらりと見ただけでエンジンを吹かした。

「何のために俺がここまで来たと思ってんだ? おっさんは黙って見てろ」

  ファルさんがそう言ってラウディさんに笑いかけると、再びディフィート・サニティーは走り出し、真っ直ぐに江飛凱へと向かって行く。

「学習能力がないのかな? 君では私に勝てない!」

  江飛凱はそう言い放つと、いくつもの雹を風に乗せてファルさんに飛ばす。しかし、ファルさんはその衝撃を受けながらも、それをものともせずにスピードを上げていく。

「俺と、相棒ディフィート・サニティーを見くびるなよ」

  そう言って、近距離からフロント部分に備え付けられた機関銃を連射する。が、それは風の壁に阻まれてしまう。
  すると、今度はファルさんは前輪を浮かせてウイリー状態で走る。途中にあった段差を利用してそのまま宙に跳んだ。
  ファルさんは空中から左手に持った拳銃を江飛凱に向けて撃つが、それも江飛凱の風の壁によって防がれた。
  しかし、ファルさんは落下すると共に前輪から江飛凱に向けて突撃する。

「くっ、小癪な」

  江飛凱は風の力でふわりと浮かぶようにしてそれを回避してしまう。そしてファルさんは、前輪から地面に着地すると、そのまま後輪をさらに高く上げた。ジャックナイフだ。
  そして、前輪だけで車体を支えたままターンする。高々と上げられた後輪は、江飛凱の腰の辺りを目掛けて見事命中する。
  一連のラッシュに反応が遅れた江飛凱は、後輪の衝撃により、そのまま吹き飛ばされる。

「まだまだー!」

  ファルさんは叫ぶと、近くにあった柵に目掛けて走り、その手摺りに飛び乗った。あの細い手摺りの上を大型バイクが走る。その手摺りは曲線を描いているにも拘わらず、見事なハンドリングでその上を走る。
  そして、その手摺りの上でまた前輪だけで車体を支えるジャックナイフを決め、ターンをしながら跳んだ。後輪を江飛凱目掛けて当てようとしている。

  宙に飛ばされていた江飛凱は、あまりのスピードに反応が間に合っておらず、目で追うのが精一杯だったようだ。
  そして、ファルさんが乗るディフィート・サニティーの後部、タンデムシートの後ろからは刃が突き出ていた。空中でターンし、その後部の刃は江飛凱の死角、背後から切り付けた。

「ぐっはぁ!?」

  空中で切り裂かれた江飛凱は血を撒き散らしながら地面に激突した。

「お前だけは、絶対に許さねぇんだ。俺の、大切な仲間を殺したお前を。絶対に、許さねぇ!」

  地面に降り立ったファルさんはアクセルを吹かし続ける。

「ならば、少し力を強めるとしようじゃないかー」

  背中に傷を受けながら、尚も余裕を見せて立ち上がる江飛凱。すると、周囲の風の勢力が一段と増した。テーマパーク内は最早、台風状態と化していた。

「ちょっと風強くなっただけじゃ、俺のディフィート・サニティーは負けねぇ!」

  そう言ってファルさんは走り出す。江飛凱は再び空に浮かび始め、その周囲をバイクで走りながらファルさんは左手に持った拳銃を撃ち、牽制している。
  しかし、江飛凱は両手を掲げ、ファルさんに向けて突風を放った。それは風を1箇所に凝縮した突風であり、いくつもの風の刃、そしていくつもの雹を混ぜ合わせていた。

「うわ!? うわわわ!?」

  強烈な突風はあの大型バイクを、軽々上空30mの高さにまで打ち上げ、風の刃と雹がファルさんとバイクを激しく傷つけた。

「ファルさん!」

  僕は思わず声を上げ、何か手助け出来る事はないかと思案する。だが、ファルさんはまだバイクのハンドルをしっかりと握っていた。彼は、まだ諦めていない。
  空中で体勢を整えると、アクセルを捻りタイヤをフル回転させる。それによって、突風を緩和し建物の屋根に降り立った。

「安心しろ想! 俺はこんなもんじゃくたばらねぇ」

  そう言って、ファルさんは息を切らしながらも、建物の屋根をバイクで走り出す。そのファルさんに向かって江飛凱は空を飛びながら風の刃を飛ばしてくる。

「ははは! いつまでその威勢がもつかなぁ?」

  ファルさんは屋根の上を走りながらも江飛凱の攻撃を避け続けている。と、そこで江飛凱は空中を飛翔し、ファルさんに急速接近した。その右手からは風の刃が伸びている。

「さぁ、掴まえたよー!」

  江飛凱が横から切り裂こうとした瞬間、ファルさんは建物からジャンプし、江飛凱の頭上を飛び越えた。
  そして空中で180°前回転し、逆さまの状態のままで、背を向けている江飛凱にディフィート・サニティーの機関銃を撃つ。

「あまーい!」

  江飛凱はそう言うと、宙返りをするようにひらりと銃弾を躱し、今度はファルさんが背後を取られた。江飛凱は再び右手の風の刃を構える。

「甘いのお前だ」

  ファルさんは逆さまの状態でそう言って笑った。その時、ディフィート・サニティーの2本のマフラーから炎が放射された。あまりの火力に江飛凱は動きを止めて防御の姿勢を取る。
  マフラーの角度を操作できるようで、火炎放射の噴射力によって、逆さまの状態からさらに180°前回転しながら江飛凱の頭上へと移動し、空中で元の体勢に戻る。戻ると同時に前輪を江飛凱の肩にぶつける。江飛凱は空中で身体のバランスを崩す。

  そこにファルさんはさらに追い討ちをかける。前回転の勢いをさらに増して、次は後輪をぶつける。さらに前輪、また後輪と回転しながら連撃をかました後、体勢を崩した江飛凱の腹部に向けて前輪をあて、そこでマフラーから更に火炎放射を発し、そのまま地面に向かって江飛凱を叩きつけた。

「ふ、なかなかいい攻撃だったね。危なかったよ」

「くっ! しぶといな」

  だが、江飛凱は余裕の言葉を発した。よく見ると、ファルさんのバイクの前輪は江飛凱に触れていない。薄い空気の膜を張っているのか。
  江飛凱の身体は地面すれすれの所で宙に浮いている。風の力で衝撃を和らげていたようだ。

「とは言え、随分好き放題やってくれたね。次は私の番だ」

  江飛凱は殴られた肩をさすりながら再び宙に浮く。そして辺りは豪雨に包まれる。その豪雨の中、ファルさんは江飛凱を警戒しながらバイクをひた走らせる。

「さぁ、とくと味わえ。これが神の業だ」

  江飛凱が両腕を広げてそう言うと、周囲に落雷が次々に発生した。広場の周りには木々も生えており、雷が落ちた木は燃え、倒れていく。

「くそ、雷まで使えんのかよ」

  目の前に倒れてきた木をうまく躱しながら、ファルさんの口から言葉が漏れる。

「当たり前だ。私のグラインド、『サフォケイション』は空を操る力。この広大な大空が私の武器だ」

  江飛凱は腕を広げたまま空を仰ぎ見る。

「空を操るだと!? そんな無茶苦茶な!」

  僕は驚嘆の言葉を発した。そんな巨大な力に勝てるのか?

「空だろうが、何だろうが、俺はお前を倒さなくちゃいけねぇんだよ!」

  そう言ってファルさんはバイクを加速させる。倒れていた木を踏み台にして飛び、建物の壁を走り、再びその屋根に登る。
  そのファルさんに向けて雷が襲う。直撃こそ免れているが、落雷を受けた建物は半壊し燃え、ファルさんは足場を失っていく。

「負けるかー!」

  ファルさんは気合いを入れるように叫び、建物の屋根から江飛凱に向けて跳ぶ。2本のマフラーから炎を噴射し、ファルさんを乗せたバイクはバックスピンしながら江飛凱に向かっていく。

「無謀。実に無謀」

  江飛凱は静かに言い放つ。そして、ファルさんに向けて3つの落雷を落とした。

「ぐっあぁ、うおぉっ!」

「ファルさーん!」

  落雷の直撃を受け、叫び声を上げた彼に僕は思わず立ち上がりかけるが、身体に痛みが走り、立てない。

「ま、負けねぇ! まだだぁ!」

  落雷を受けたはずのファルさんは、なおもバイクをバックスピンさせていた。その回転によって帯電した電気を撒き散らしながら、回転した後輪を見事江飛凱の腹部へと当てた。

「ば、ばかなっ!?」

  江飛凱は落雷を放って安心していたのか、その直撃を防御できず、地に落ちる。

「まだ、まだだぁ!」

  着地したファルさんは地面に落ちた江飛凱に向けて猛突進する。ディフィート・サニティーが凄まじい唸り声を上げる。

「調子に乗るなよチビが!」

  立ち上がった江飛凱はその左手から雷の矢を放った。しかし、一瞬にしてファルさんは江飛凱の視界から消えていた。

「うおぉー!」

  なんとファルさんはバイクの車体を倒し、真横になった状態でスライディングしていた。地面に車体を擦りつけながらも突進を続けていた。
  江飛凱の足元を狙った滑るような突進は奴の脚を強打し、江飛凱の身体は宙に浮く。

「くっ、小賢しい!」

  空中で不利な体勢になりながらも、江飛凱は地上のファルさんに向けて右手から風の刃を放った。
  しかし、バイクを倒していたファルさんはそこで、ハンドルから手を離さずにシートから離れ、地に片足をついた。

「ディフィート・サニティー! 燃え上がれ!」

  次の瞬間、マフラーから大きく火炎を吹き、真横になっていた大型バイクの車体を、ファルさんは斜め上に振り上げた。

「ぐおっ!」

  下から振り上げられたバイクの後輪を顎から受け、江飛凱は仰け反るように跳ぶ。
  そして、振り上げられたバイクの車体に引き寄せられるようにファルさんの身体は宙に浮く。

「もう1発! おらぁ!」

  空中にいながらも、ファルさんはバイクのハンドルを持ち替え、車体を横から振り回した。

「ぐっげぇ!」

  その殴打を左腕から受けた江飛凱は骨が折れる音と、呻き声を発し、横に反るような体勢になった。

「くたばれクズが!」

  ファルさんはさらにその振り回したバイクのハンドルを再び持ち替え、頭上へと振り上げ、江飛凱の背中へと打ち付けた。江飛凱の身体は地面へと叩きつけられ、バウンドした。バイクを振り回した圧巻のコンボだった。

  だが、宙に浮いていたファルさんの背後から落雷が落とされた。

「ぐっ、がはっ、ぐわぁ!」

  ファルさんは地面へと落とされてしまった。

「小僧め……よくも、よくもやってくれたな!? えぇおい!? 処刑してくれるあー!」

  怒りの表情を浮かべながら江飛凱は立ち上がり、ファルさんに向けて風の刃、雹、雷の矢を乱れ打ちしていく。

「ごぼっ、ぐっ、ぐはー!」

  ファルさんの身体はバイクから離れ、宙に浮いたまま抗えない力に為す術がなかった。
 
「フハハハハー! 無様だ! いいぞ踊れ!」

  僕がもう行くしかない。そう思った時。江飛凱の真横に黒い影が現れた。その影は長い脚で江飛凱の顔に蹴りを当て、江飛凱の身体は地面に擦り付けられながら吹っ飛ぶ。

「そこまでだ、江飛凱。貴様の好きにはさせない」

  2mを越える長身の男、シクスが立っていた。
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