カンテノ

よんそん

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第4章 ナターシャ

4-17 濁流

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 僕達を乗せた車は、黒い濁流に飲み込まれた。が、すぐに僕のグラインドによって車体は水面へと浮上する。すると、ミルちゃんがテリファイアで僕達をルーフの上まで転移させてくれた。

「危なかった。まさか、洪水が起こるなんて」

  街中に黒い水が流れるその異様な光景を見渡しながら僕は呟いた。マードックは黒い川の上流、30m程離れた水面の上に立っていた。その後方にはブルヘリアが黒目ゾンビに肩車されている。

「ミルちゃん! 俺をあそこまで飛ばしてくれ!」

  車体の上に低く身構えたドドが言った。

「お易い御用ですわよ!」

  ミルちゃんが応えると同時に、ドドの身体はマードックの斜め上の空中へ瞬間移動する。

「おーりゃあ!」

  ドドは空中でマードックに蹴りを浴びせた。マードックはそれを左腕の砲身で受け止める。

「くっ! 重いっ! なんて力だコイツ!」

  マードックは呟きながらも、もう片方の右腕の戦車砲をドドに向ける。

「ドド! 後ろに飛べ!」

  僕はグラインドでビルの広告板をドドの背後の水面に浮かせ、ドドは背後に飛びながらそれを確認しつつ着地した。
  それと同時に、道路標識を動かし、マードックの背後から横殴りするように振る。

「しゃーらくせぇ!」

  マードックは右腕の砲身で受け止め、左腕の戦車砲を撃ってその道路標識を吹き飛ばした。

「もらった」

  ドドが静かに呟く。僕は既にドドが乗る広告板を空中に浮かせ、ドドはその端に掴まってぶら下がり、振り子のように勢いをつけてマードックを背後から両足で蹴り上げた。

「ぶはっ! やりやがったなー!」

  宙に飛ばされたはずのマードックの身体は、吹き飛ばされずにピタッと止まった。黒い濁流から水が伸び、それがマードックの身体を支えていたのだ。

「吹き飛びやがれー!」

  マードックは目の前のドドに向かって両腕の戦車砲を向ける。が、そこでドドは再び自身の身体を振り、広告板から手を離した。そのままマードックの懐へ飛び込み、奴の両腕を戦車砲ごと、自身の両腕で抱え込むように固定した。

「うーらぁ!」

  そのまま頭突きした。マードックの額から血が飛び散る。無論、ドドの額は無傷だ。

「あがっ……がはっ……」

  マードックはフラフラとし、その身体を支えていた黒い水は消え、そのまま黒い川へと落ちた。僕は再び広告板をドドの足下に移動させる。

「サンキュー想!」

  ドドはこちらに手を振った。が、その時、黒い川の中から幾つもの戦車砲が現れ、それはドドを取り囲む。

「嘘だろオイ……」

  ドドは顔を歪ませ、その戦車砲が一斉に火を噴いた。

「全くもう。1人で無茶しすぎですわ。危なかったですわね」

  ミルちゃんがドドを僕らの所まで連れ戻していた。

「死んだかと思ったぜ。ありがとう、ミルちゃん」

  と、先程よりさらに多くの戦車砲が川面から現れ、そこからすぐに大砲が撃たれた。
  しかし、その砲弾はすぐに黒き水へと変貌する。その水量は一瞬で膨大な量に増え、黒い大洪水へと変わる。

「ミルちゃん!」

「はい!」

  しばし圧倒されていたが、ミルちゃんの転移によって僕らはビルの屋上へと移動した。

「おい、まだだ! 来てるぞ!」

  ドドが指さした方向を見ると、先程の大洪水はこのビルを越えるほどの高さまで上がり、僕達3人は黒い洪水に飲み込まれた。

  黒い川の流れは激流であった。その流れに為す術もない上、水中は真っ黒で何も見えない。そして、何より身体に全く力が入らない。
  だが、先程ドドを乗せた広告板への力の繋がりが微かに残っていたため、僕はそれをこちらに引き寄せる。広告板で僕の身体をすくい上げるように上昇させ、黒い激流からの脱出に成功した。

「ぶはっ! ――っ!?」

  川から広告板に乗って飛び出したが、それを追うように、マードックが歯茎を剥き出しにしながら笑って水中から飛び出していた。

「終わりだぁ!」

  マードックは右腕を伸ばし、黒い砲口は僕の目の前にあった。

「想様に近付くな愚か者がぁ!」

  ミルちゃんがマードックの背後に現れ、そのままマードックの背に片足を乗せた。
  そして、ミルちゃんはその手に釘バットを持っていた。マードックが背後のミルちゃんを振り返ろうとした瞬間、それは振り下ろされ、マードックは血を撒き散らしながら黒い濁流に落下した。

「ひ、ひいぃっ!」

  僕は思わず悲鳴を上げてしまったが、ここは彼女に感謝しなければいけない所だった。ミルちゃんは僕が乗る広告板に降り立つ。

「想様ご無事でございますか!?」

「あ、うん。ありがとうミルちゃん。ドドは無事だろうか?」

  僕が聞くと、ミルちゃんは近くのビルの屋上を指さす。そこにドドはいた。
  既に黒い水の水位は周囲のビルの高さに達する程にまで上がっていたが、ミルちゃんが機転を利かして彼を救ってくれたらしい。
  ドドはこちらに向かってビルの屋上を走っている。僕とミルちゃんが乗る広告板に飛び乗るつもりなのか、元気に走って来る。

「想! 左だ!」

  ドドは走りながら叫んでいた。左を見ると、先程ミルちゃんに殴られたマードックが、頭から血を流しながら上半身を黒い水面から出していた。そして、その左腕の戦車砲をこちらに向けて放つ所であった。

「うおーりゃあ!」

  マードックの戦車砲が撃たれたその時、助走を付けて飛び上がったドドが僕達の目の前に現れ、マードックの砲弾を蹴りで受け止め、そのまま飛ばした。

「この俺様の弾を蹴り飛ばした事は褒めてやる。だが、甘ぇ!」

  マードックは既に僕らの目の前にまで迫っていた。そして、空中に浮かぶドドの腹部に右腕の戦車砲を押し付ける。

「やらせませんわよ!」

  ミルちゃんがドドの身体の脇から拳銃を放った。

「っ!? 女ァ!」

  ミルちゃんが撃った2発の銃弾はマードックの脇腹と太腿に命中した。
  だが、既にマードックの戦車砲は放たれていた。体勢を崩されていたため、ドドに直撃こそしなかったものの、発射時の爆発をドドは腹部に受け、その巨体が吹き飛ばされる。

「ぐおっ!」

「ドド!」

  僕はドドの巨体を受け止める。彼は何度もこの大きな身体で僕を、そしてミルちゃんも受け止めてくれた。だから、僕は絶対に受け止める。足場の広告板をグラインドで固定しつつ、自分の足でめいっぱい踏ん張る。

「大丈夫かいドド!?」

  ドドの腹からは血が流れ出ていた。

「はっ、かすり傷だ」

  いつもと同じようにそう笑ったが、服も破け、火傷と流血が痛々しく視界に入った。

「お前……よくも、ドドを……!」

  全身の震えを抑えられない。大切な友達を傷つけられて平気でいられるわけがなかった。周囲の洪水に飲まれたビルからガラスの破片が飛び上がる。
  僕のグラインドで宙を飛ぶ無数のガラスの破片は、先程のバルズムが操っていた鳥のように、群れを成して一斉にマードックへと襲い掛かる。

「なんだこりゃあ!? ぐっ! い、いってぇー!」

  無数のガラスの破片はマードックを切り裂き、そして突き刺さる。しかし、マードックはすぐにまた黒い洪水の中に潜る。

「逃がすか!」

  水中のマードックを追うようにガラスを飛ばしたが、その時、洪水は今までにないほどの勢いとなり、黒い激流は僕達を翻弄する。

「!? 想様!」

「ミルちゃん、しっかり掴まってて」

  黒い激流から逃れるように、僕は広告板を動かす。左腕でドドを抱え、右手で広告板をしっかり掴む。
  と、その激流から再びマードックが身体を出し、その戦車砲から今度は黒い水を放水する。あの水に触れると、身体の力が抜けてしまう。僕は必死にそれを避けるように動く。

  だがしかし、マードックの戦車砲から放水された黒い水は、僕達を追うように狙い続けてきた。
  さらにその時、僕達が乗っていた広告板が爆発した。広告板の下から戦車砲を撃たれたようだった。
  一瞬のうちに、僕達は黒い洪水に飲み込まれた。その途端に身体の力が抜ける。だめだ、意識が薄れていく。
  だが、そう思った直後にその黒い水が一瞬で消えた。何が起きた?


「マードック、ここに黒い水をいれないで」

  女の声がした。気付けば、僕達3人はどこかの庭園にいた。どうやら屋敷の庭のようだった。
  そして、声を発した女を見る。女は黒い大きな槍を持っていた。「穂」と呼ばれる槍の刀身の部分はその大きさもさる事ながら、形はいびつねじれている。

「わりぃわりぃ。つい、夢中になっちまってな。まぁ、クラリスが俺の水を斬ってくれたおかげでここには被害なかったんだし、いいじゃん」

  マードックは今、確かに「斬った」と言った。あの黒い激流を、この女が槍で斬ったのか? 僕は身体を起こしながらその女を見る。
  長い黒髪は腰よりもさらに下まで伸びている。ショート丈の黒いトップスからは胸の谷間が見え、そしてへそも丸出しだ。その上に黒いロングコートを着ている。ボトムスも黒いショートパンツ。そして黒のブーツ。
  バルズムもマードックもそうだったが、こいつらはみんな黒い服を好むようだ。確かこの女の事を、「クラリス」とマードックは呼んでいたか。

「子供ね。遊んでばかりいないで。早くこいつらを始末しなさいよ」

  クラリスと呼ばれた女は不機嫌そうに言った。年齢は僕より少し下、22歳から24歳くらいだろうか。身長は165cmくらいだ。片手に持つ黒い槍の柄の先、「石突」と呼ばれる部分を地面に付けている。

「こいつらしぶとくてね。クラリスの姉御も手伝ってくれよ。どうせ、そろそろ動こうと思ってたんだろ?」

  マードックは頭や腹部から血を流しながらも、目の前の僕達を見下ろして世間話をするように語り、さほどダメージを受けていないように見えた。
  そして、その言葉を聞いたクラリスが、フッと笑う。

「私をあなた達みたいな喧嘩バカと同じにしないでよ。ただ、確かにそろそろ身体を動かしたかったのよね。あら? そう言えばバルズムお爺ちゃんは?」

「爺さんはやられた。今はここにはいないこいつらの仲間にな」

  マードックの言葉を受け、クラリスの表情が曇る。

「何かの間違いよね? あのバルズムがやられた? 確かにこいつらは最近各地でゼブルムのメンバーを倒してるらしいけど、あのバルズムがやられたなんて信じられないわ」

  と、そこへブルヘリアが黒目ゾンビに担がれながらやってきた。

「侮っちゃなんねぇぞー、クラリス。こいつらは本当にバルズム爺さんを倒した。オラの里も焼き払った。生かしちゃおけんべよ」

  黒目ゾンビに運ばれ、クラリスの隣に降り、ブルヘリアは僕達を睨みつける。

「はっ。笑わせんなよ。貴様らみてぇなイカれた奴ら、生かしておけねぇのはこっちなんだよ」

  ドドが鼻で笑いながら立ち上がった。先程の傷もまだあるのに、それでも彼は立ち上がる。それなのに、僕が立ち上がらない訳にはいかないだろう。

「お前達は、世界の敵だ。そして、僕達の敵だ。自分を守るため、仲間を守るためにも、倒す!」

  ミルちゃんも立ち上がる。

「3対3ですわね。ちょうどいいではありませんか。わたくし達3人がどれほど強いか見せつけてあげますわ」

「いいえ、4対3ですよ。ミルティーユさん」

  ミルちゃんの隣に細長い体格の男が現れた。僕の親友兼、弟。シクスだった。
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