カンテノ

よんそん

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第4章 ナターシャ

4-24 愛対愛

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「エイシスト……と、言いますと、あのオレンジ頭の人ですわよね? あの人の事をお慕いしてますの?」

  ミルちゃんは首を傾げながらナターシャに問い掛けた。

「『様』を付けなさいよこのタコ女! お慕いだなんて、そんな、あの御方に失礼な事、私が、するわけないでしょ」

  あのナターシャが、幽霊でありながらも顔を赤らめている。話だけ聞いていれば、うら若き少女達が恋バナに花を咲かせているようにしか見えない。

「なんですってー!? わたくしのどこがタコなんですの! あ、あなたなんてクラゲみたいじゃありませんか! 透けてますし!」

「その紅い色の変な髪型がタコみたいだって言ってるのよ。クラゲですって? エイシスト様は私の肌に触れて、『綺麗な肌だ』なんて言ってくれたのよ。あーもう、キャー!」

  僕は、どうすればいいんだ? 今すべき事は、何なのだ? ダメだ、何もわからない。
  隣に立つドドも呆れ果てて立ち竦んでいる。

「だから、私はエイシスト様の邪魔をする者を許さない。あなた達を殺して、あの御方にあなた達の首をプレゼントするの。きっとお喜びになるわ」

  そう言って、銅像の上に腰掛けたナターシャは僕達に手を向ける。すると、僕達3人のそれぞれの足元の床から手が生え、足首を掴んだ。

「うおっ! なんだこれ」

  ドドが身を捩るようにして身体を動かしたが、全くびくともしない。

「せいぜいもがきなさい。その間に、私がじっくり甚振ってあげる」

「そうはさせない」

  僕はホールの壁際に置かれていた燭台をグラインドで引き寄せ、それに聖水をかけてナターシャへと飛ばした。

「残念。それ、私もできるの」

  え? そう疑問に思った次の瞬間、僕が飛ばした燭台は、ナターシャの前に現れた本棚によって防がれた。

「ポルターガイスト現象ですわね! そんな事もできてしまうなんて!」

  ミルちゃんが目を見開き驚いていたが、僕も同様に驚き絶句していた。

「フフッ。さ、行きなさい」

  ナターシャがそう言うと、奴の前に浮いていた本棚から本が飛び出し、僕達3人を襲ってきた。
  足を封じられているため、手で払い除けるしかなかったが、四方八方から飛び交う本を防ぎきれない。
  仕舞いにはあの大きな本棚も飛来するため、為す術なく身体中を痛め付けられた。

「そうは、させませんわ!」

  ミルちゃんの声が聞こえた。彼女は瞬間移動でナターシャの背後を取っていた。そして、左手に持つ銀のナイフでナターシャの背を切り付ける。
 
「チッ! あれから逃れるなんて」

  ナターシャは振り返りながら、壁に飾られていた絵画の額縁を目の前に掲げて防御した。
  だが、その瞬間にミルちゃんの手元から銀のナイフが消える。それはナターシャの右側に出現し、容赦なくナターシャの横腹を切り払った。

「くうっ! 酷いわね」

  ナターシャはミルちゃんから距離を取るように、背後の空中へと下がった。先ほどのナイフの一撃は威力が弱かったのか、その傷口から出た煙はすぐに収まる。
  しかし、僕達を襲っていた本と本棚による襲撃が収まり、足を拘束していた手も消えた。

「消えたか。なら、行くぜ」

  ドドは走り出し、大階段を駆け上がった。すると、ナターシャの真下に近い場所の手摺に飛び乗り、そこから跳び上がった。
  空中でブーツの爪先に聖水を掛け、身体を斜めの体勢にしながら、ナターシャを背後から蹴りつけた。

「ぎゃっ! こ、この男、人間のくせに、なんて無茶苦茶すんのよ」

  ナターシャは背中に聖水蹴りを食らったが、さほどダメージを受けていない。やはり、普通の悪霊とは違うようだ。
  それでも、やるしかない。僕は近場にあった丸いテーブルを動かしてそれに乗り、ナターシャの右側へと浮かんだ。

「これでも、くらえ」

  ナターシャに向けて、僕は自身が乗るテーブルを足の方から突撃させた。

「聖水を使ってない攻撃など私の前では無力よ」

  そう言ってナターシャは余裕を見せながら先程の本を自身の周りに浮かせ、それを僕に向かって一斉に放った。

「聖水を使わないわけがないだろ」

  テーブルの足をナターシャに向けていたため、奴からは死角になって見えなかった。僕はナターシャに突撃しながら、聖水の小瓶をグラインドで動かし、左手に持ったガラスの破片に聖水を掛けた。
  そして、そのガラスの破片をグラインドで飛ばし、ナターシャの右腕を切りつける。

「痛っ! な、よくも、よくもやってくれたわね」

  ナターシャは僕を睨み、僕が乗るテーブルが突然燃え上がった。

「つっ! でも、まだだ!」

  僕は燃え上がるテーブルから跳び、天井から吊り下がったシャンデリアにぶら下がる。それを、グラインドで落とす。

「潰れろ!」

  僕はシャンデリアの上に乗り、小瓶に入っていた聖水を全てそのシャンデリアに撒き散らし、ナターシャに向けてシャンデリアを落とした。

「いやぁー!」

  ナターシャはシャンデリアに押し潰されながら落下していく。だが、シャンデリア越しに僕を再び睨んだ。

  その時、シャンデリアに乗っていた僕の真横に気配があった。あの、椅子に座ったナターシャの遺体が現れたのだ。
  ナターシャの遺体を縛り付けていた鎖が生き物のように動き、無数に伸びたそれが僕の身体を縦横無尽に打ち付けた。

「なっ!? ごはっ! がっ! あぐぁっ!」

  身体を貫くような痛みが走り、僕の口から血が飛散する。だが、それでもこのシャンデリアを落とす。落とす力に更に力を込め、ナターシャを床へ叩きつけた。
  しかし、僕の手足には鎖が巻き付けられ、空中で固定される形になってしまった。

「あが、がはっ、よくもやったわね。許さないわよ」

  ナターシャは煙を出しながらシャンデリアの下から這い出た。そして、その霊体の傷はみるみる回復していく。

「許さないのはあなたです。よくも、想様を!」

  ナターシャの頭上にミルちゃんが現れた。その手に持った拳銃を間髪入れずにナターシャに撃った。銃弾に聖水を掛けてあったのか、もしくは銀製の銃弾を使っているのか、それはナターシャの身体に当たっていく。

「悪ぃが、こっちはもらったぜ」

  ドドの声が近くでした。彼はいつの間にか、空中に浮かんでいたナターシャの遺体の目の前にいた。ミルちゃんが、ナターシャの霊体に銃を放つと同時にドドを飛ばしていたのだ。
  ドドはその右手に聖水を掛け、ナターシャの遺体の腹部、あの紋章がある場所を殴った。

「いぎゃあぁー! あっ、あっ、あっぐぁ!」

  ナターシャが苦しみの悲鳴を上げた。僕を拘束していた鎖も離れ、ドドと一緒に着地した。

「どうです? わたくし達の強さがおわかりになりましたか? わたくしも、大切な人のために負けるわけにはいかないのです」

  ミルちゃんが床に倒れ伏したナターシャを見下ろしながら言った。ナターシャは顔を上げ、ミルちゃんを、キッと睨んだ。その赤い瞳から赤い涙を流しながら。

「許さない。許さない。私の、エイシスト様への愛は、もっと果てしなく絶対的なのよ。こんなちっぽけな人間共に、折られはしない!」

  そう言うと、ナターシャは黒い霧のようなものに包まれ、その傷は再び回復していく。

「想様、大丈夫でございますか?」

「あ、うん。なんとか、大丈夫」

  ミルちゃんが隣に立って心配してくれ、僕は思わず平静を装ったが、先程の鎖の嵐で身体中を痛め付けられ、骨折から治りかけていた腕は打撲している。

「想、前の怪我も治ってねぇんだ。ここは俺達に任せて、安全に攻撃してくれ。ミルちゃん、想を頼んだ」

  ミルちゃんはドドの言葉に返事をし、追加の聖水を渡した。同じように僕にも新しい聖水をくれる。

「想様、わたくしの手を握りくださいませ。どんな攻撃が来ようと、必ず回避いたしますわ」

  ミルちゃんは僕に手を差し出しながらそう言った。彼女のその眼差しからは、頼もしさを感じ取れた。

「うん。よろしくお願いします。でも、手を繋いでなくても移動できたよね?」

  僕がそう言うと、ミルちゃんは慌てて視線を逸らすように下方に落とす。

「はへ? あ、あの、それは……想様に手を握って貰えると、勇気が出るのです。なんでも出来てしまいそうな、そんな気持ちになるのです」

  そう言って、はにかんだ。そうか、それならしょうがないよな。

「あーっ、いつまでもじゃれ合ってないでよ! イライラするわ。全員殺す」

  ナターシャが頭を掻き毟りながらそう言った直後、突然周囲に夥しい数の悪霊がいた。徐々に現れた訳ではなく、ポンッと突然にだ。

「これまた数が多いな。だが、やるしかねぇんだ」

  出現すると同時に襲い掛かってきた悪霊を、迎え撃ちながらドドは言った。

「数が多すぎますわ。想様、移動します!」

  ミルちゃんの言葉の直後、僕は彼女と共に大階段を昇った地点に移動していた。そこにも悪霊はいたが、階下よりは比較的少ない。

「どこに逃げようが無駄よ。私はせいぜい高みの見物でもさせてもらおうかしら」

  ナターシャはそう言うと、自身の遺体と共に消えていった。

「くそ、またどこかに行きやがったか。ここを突破して見つけだしてやらぁ!」

  ドドは周りの悪霊を次から次へと消し去りながらそう言う。背後から掴みかかって来る悪霊もいるが、それを背負いながらも周りの敵を倒し、背後の悪霊に向けて肘打ちを当てる。

「いつまた現れて不意打ちしてくるかわかりません! 気をつけましょう!」

  ミルちゃんはドドに言いながら、周りの悪霊に向けて銀のナイフを次々に投げていく。

「そうだね。恐らくまた遺体を回復させているんだろう。僕もできるだけサポートするよ」

  左手でミルちゃんの右手を握りながら、僕はシャンデリアの破片に聖水を掛けながら飛ばしていく。あれ程いた悪霊はみるみる減っていくが、再び新たな悪霊が出現する。

「キリがねぇな。アイツを探すためにも移動しながら行こう」

  悪霊を振り払いながら、僕達の所までやって来たドドが提案した。あれ程動いていたのに、ほとんど息を切らしていない。あっちが悪霊なら、こっちは怪物だな。

「えぇ、そうですわね。あちらに廊下がありますわ。行きましょう」

「あぁ。後ろは任せろ。先に進め」

  ドドに言われ、ミルちゃんは僕を気遣いながら歩く。幸い、足にはそれ程ダメージがないため、歩く事くらいはできる。
  ホール2階から出た先にあった廊下は長く伸びており、大きな扉がいくつも並んでいた。

「どうしよう。しらみ潰しに調べて回るしかないのかな?」

  この幾つもある部屋のどれかにナターシャがいるのだろうか。片っ端から見ていけば、また悪霊に囲まれるのは時間の問題だろう。

「先程の地下の件もあります。恐らく、もっと離れた所に遺体を隠しているのではないかと」

  ミルちゃんの意見も最もだ。この屋敷の構造を把握していないため、確かな事は言えないが、もっと奥に隠していると考えるのが妥当だろう。

「あぁ、そうだな。進むしかない。俺がいるから安心してゆっくり行け」

  ドドは背後から迫る悪霊を倒しながらそう言う。いつの間にか、その手に銀のナイフを持っていた。ミルちゃんが投げた物を拾っていたらしく、それを投げている。

  その時、何か異変を感じた。初めは何か分からなかったが、これは視線だ。どこからか誰かが僕を視ている。
  横だ。僕の右側の壁に、目があった。赤い目、ナターシャだ。

「お前の大切な人を殺してやる」

  ナターシャが壁から飛び出し、その手は黒い炎で燃えていた。黒く燃えた手が、僕の心臓の位置を捉えていた。
  だが、すんでの所で僕の目の前にミルちゃんが現れ、手に持った釘バットで黒く燃えるナターシャの手を受け止めていた。

「あ、あぁあぁー!」

  ナターシャの炎を受け止めたはずだったが、その炎はミルちゃんの腕を包むように広がった。
  僕が咄嗟に手に持った聖水をその黒い炎に掛けると、次第に炎は小さくなっていく。

「はぁ、はぁ……させませんわ。絶対に、そんなこと! わたくしの想様には、これ以上、手出しさせませんわ!」

  僕の目の前に立つ少女は、毅然としてそう言葉を発した。
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