カンテノ

よんそん

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第5章 ファイナイト

5-3 パーティー・イン・ザ・倉庫 feat.鍋

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「弖寅衣様、朝です。起きてください」

「うーん……姉さん、もういい加減寝させてよー……あぁ? はっ? えっ!? ちょっと、ドルティエさん、なんでこっちの部屋にいるんですか!?」

  ベッドの横からドルティエさんが僕の顔を覗き込んでいたので、僕は飛び起きる。朝だ。確かに朝だが、なんで男部屋に入ってきてるんだ?

「もう8時ですので。皆さんを起こすのも私の務めにございます」

「8時!? 早い! お、おはようございます!」
 
  ドルティエさんは朝の挨拶もそこそこにし、隣のベッドに眠るドドへと近付く。

「堂島さん、おはようございます。朝です。ドルティエです。起きてください」

  そう言ってドドの身体を揺すっているが、朝に弱いドドが起きる訳もない。ドルティエさんは何度も同じ言葉を繰り返しているが、ドドは全く起きない。
  僕は毎日を共にしているから、見慣れた朝のドドなのだが、ドルティエさんがどうやって起こすのかが気になり、見届ける事にする。

「起きませんね……いつもこうなのですか? そうですか。堂島さーん! 起きてください!」

  ドルティエさんは声を荒らげ始め、そしてドドの布団を捲りあげると、なんとドドの頬を平手打ちし始めた。

「いてっ! いてっ! なんだ!? 敵か!? あ、朝か……寝る」

  平手打ちされたにも拘わらず、ドドは二度寝し始めた。

「起きなさーい!」

  ドルティエさんは先程よりもさらに声を張り上げ、往復ビンタを披露した。

「わーった! 起きるよもう!」

  すごい。あのドドを起こしてしまうなんて。

「もう、本当に手のかかる大きな子供ですね」

  眉を八の字にしながらも、なぜかドルティエさんは嬉しそうに笑っている。

  朝食はドルティエさんが用意してくれており、既に僕達の部屋に運びこまれていた。テーブルにはパンとジャム、それからカフェオレが並べられていた。これがフランス流の朝食なのだろう。

  朝食を終え、身支度を済ませると、今度は僕の傷の手当てをドルティエさんは始めた。包帯を巻く手付きも慣れており、医療の心得もあるようだ。

  ドルティエさんのお世話が一通り終わり、やっと一息ついた所で、ミルがやってきた。今日はゴシックというより、クラシックで上品な、白とネイビーのワンピースを着ている。

「想様! おはようございます! 今日は何をしましょう?」

「おはよう、ミル。うーん、僕は情報収集しようかと思ってたんだ。ずっと世間離れしてたし」

  僕の意見を聞いて、ミルはふむふむと頷いていたが、ドドは不服そうにしている。

「筋トレしようぜー。あと、このマンションの中、走り回るとかやってみたくねぇか?」

  あぁ。広い場所に行くと走り回りたくなる子供のあれか。ドルティエさんが言ってた通り、本当に子供だな。

「なんですのそれ……筋トレはいいとしても走り回るのはダメです。情報収集ならわたくしもお付き合いします」

「ありがとう。筋トレも大事だからね、動かないと鈍っちゃうし。それと、今日の夕飯、またご馳走にしてほしいんだ。だから、買い出しにも行きたいんだけど、いいかなぁ?」

  僕は姉さんとの約束について2人に話す。

「そういうことか! なら喜んで料理するぜ」

「10分だけのお食事会だなんて、なんだかロマンチックですわね。では、後で変装して買い出しに行きましょうか!」

  2人ともこの企画に大賛成してくれたので僕も嬉しい。

  そんなわけで、午前中に先ずは3人で筋トレ……だったのだが、やはりミルは僕達のペースには付いて行けず、すぐに脱落した。なので、ドドと2人で軽く身体を動かした。

  その後は情報収集。端末を使い、過去の記事も調べる。思ってたより世の中は3週間で変わっておらず、それは僕達の指名手配の件についても同様だった。
  大きな変化は無いものの、政治家の汚職事件、陰惨な殺人事件、歩行者を巻き込んだ交通事故などの記事は多々目に付いた。

  昼の食事は軽めに済ませ、3人で変装して少し離れた街まで買い出しに行く。ミルは指名手配されていないため、変装する必要はなかったが、いかんせん目立つので僕達に付き合ってもらった。
  ドドは市場でも素材に拘りながら一つ一つ選んでいく。ミルは誰かと買い物に行くのが初めてだったため、とても興奮してはしゃぎ回っていたので、付いていくのに僕も必死だった。

  買い物を済ませて帰宅し、ドドは気合いを入れて下準備をし始めたので、僕もそれを手伝う。

「おや? 今日もご馳走なのですか!? 嬉しいです」

  そこへ家事を済ませたドルティエさんがやって来る。昨晩と同じ部屋だ。今日もテーブルを4つ並べ、その上にはコンロが3つ置かれている。そう、今晩は鍋パーティーなのだ。

「ドルティエさん、お疲れ様です。今日は、実はお客さんが来るんです」

  僕はそう言いながら食卓にお椀と箸、グラスを並べていく。

「お客様? そんな、私、何も知りませんでした。申し訳ございません。メイド失格にございます!」

  と、ドルティエさんはあたふたし始めた。

「ドルティエ、大丈夫ですよ。わたくし達がおもてなししたかったのです。ほら、いつまでも立っていたらみっともないですよ?」

  ミルは落ち着いた様子でドルティエさんを諭す。

「ですが、お嬢様! お客様をもてなすのはこのドルティエがやらなくてはいけない務めなのです! 私のメイドとしてのプライドが……!」

「まぁまぁ、ドルティエさん、堅い事は言いっこなし! ささっ、座って!」

  と、突然背後から声を掛けられ、ドルティエさんはびくっと身体を震わせた。
  姉が来た。その隣にシクスもいる。

「へっ? えぇ!? あなた達、どこから来たのですか!? まさか、敵の刺客!」

「ドルティエさん! 落ち着いてください。僕の姉と弟です。僕達の味方のいい幽霊です」

  身構え出したドルティエさんを見て、僕は慌てだす。

「ゆ、幽霊? ほ、本当に存在したのですか?」

「ドルティエさん、突然お邪魔してすみません。想の弟、弖寅衣 シクスと申します。こちらは姉の煉美。本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」

  シクスが丁寧にお辞儀をしたので、ドルティエさんも慌ててお辞儀を返す。その光景はまさにメイドと執事が挨拶を交わしているだけに過ぎない。

「お姉様! ようこそ、いらっしゃいませ! どうぞお座りになってください」

「ミルちゃーん! ありがとう! 今日はわがまま言っちゃってごめんねー」

  今日の姉は長い白銀髪を首の辺りで縛り、前髪はピンで止め、肩を出した白いニットのトップス、それに緑のチェック柄スカート、そして裸足だ。

「あ、あの、それから、シクス様……あの時は助けていただき、本当にありがとうございました! 想様から聞いた通り、本当にご無事でよかったです」

  ミルは立ち上がり、シクスに向かって頭を下げていた。その様子を見ていた姉が面白そうにシクスに視線を注ぐ。

「ミルティーユさん。いえいえ、私は戦う者として、当然の行動をしたまでです。先の戦いは本当に激しいものでしたが、あなたが無事であった事、私も嬉しく思います」

  シクスは相変わらず生真面目な口調だったが、その言葉を聞いてミルは嬉しそうに笑い、元気よく返事をした。

「お、2人とも来たなー? ささ、シクスも座ってくれ。今日は鍋パーティーだからな」

  そこにドドが鍋を持ってやってきた。2つ目の鍋は僕が運び、コンロに火をつける。
  事態にまだ戸惑い気味のドルティエさんもようやく座った。そこから時計回りに、ドド、姉さん、僕、ミル、シクスという配置になった。

「ドドくん、ありがとう! すごくいい匂いするよー!?」

「はははっ! まさか煉美さんに料理ご馳走できる日が来るなんて思ってなかったからな。今日はすき焼きと、海鮮鍋と、おでんだ!」

  ドドが鍋の蓋を開けると、そのいい匂いは100倍に膨れ上がる。すごい、3つの味が楽しめてしまうなんて。

「ちょっと、すごいよこれ! ねぇ、シクス?」

「は、はい。堂島さん、こんな私にまでありがとうございます」

「何言ってんだよ。シクスには何度も助けられてんだ。これくらいどうって事ねぇよ。さ、時間もないから食べよう」

  と、僕達6人は顔を見合わす。

「いただきます!」

  皆で手を合わせて声を出す。その途端、姉がすぐにすき焼きに手を伸ばす。

「姉さん、あまりがっつかないでよー。恥ずかしいよ!」

「いいじゃんよー! だって、肉だよ? 肉!」

  絶対普段から食べてるくせに。

「お姉様のおっしゃる通り! 肉は大切ですわよ! わたくし、すき焼きなる物初めてでございます! 卵につけるんですの? んー! 美味しゅうございます!」

  ミルは姉に教わり、2人でその肉の美味しさにすっかり意気投合している。

「想、ホタテがありますよ!」

  普段は大人しいシクスもどこか興奮気味だ。

「うん、それ僕のリクエストなんだ。シクスもいっぱい食べてね」

  僕がそう言うと、ドドがお椀に海鮮鍋の具を装ってくれてシクスに渡してくれた。

「あ、あぁ、私が入れます! え、おでん、と言うんですか? はい、いただきます。はふっ、熱い! ですが、とても美味しいですね」

  姉からお椀に装ったおでんを受け取りながらドルティエさんはそう言った。

「ドルティエさん、うちの可愛い弟のお世話、よろしくお願いします」

  姉は会釈するように頭を下げ、その後屈託のない笑みを浮かべる。

「弖寅衣様ですか? はい、この私にお任せ下さい」

  ドルティエさんはおでんを貪り食べながらも、背筋を伸ばしてそう言う。

「あ、ドドくーん、ビールある? 持ってきてー!」

  姉の横暴な注文に、ドドは吹き出しかけたが、いそいそとキッチンに戻って缶ビールを持ってきてそれをグラスに注ぎ、自分の分のビールも注ぐと姉と乾杯した。

「煉美さんと酒飲むなんてのも夢みてぇだな。なぁなぁ、また腕相撲やろうぜ!」

「受けて立とうじゃねぇか! 昔みたいに返り討ちにしてやる!」

  と、ドドは空いている小さいテーブルを持ってきて姉と腕相撲をした。数秒ほどどちらにも傾かなかったが、ほんの一瞬で姉が一気にドドの太い腕を倒した。

「つっえぇ!」

「な! あたしが最強なの!」

  今、グラインド使ってただろ。なんて極悪な女なんだ。

「そう言えば、ミルはシクスともっとお話したかったって言ってたよね?」

  僕はふと思い出して確認する。

「ほえ!? そ、想様、それを言ってたのはシクス様には内緒にしていてください! 恥ずかしいですわ!」

  ミルは小声になってそう言う。

「クアルトから見ていたので、ミルティーユさんが言っていたのは知ってます。なんでしょうか? なんなりとお聞きください」

「見てたんですのー!? なんなんですのー!? え、えっとー、じゃあ、シクス様は本当に猫さんなんですの?」

「はい。猫です。昔、想と煉美に拾われた猫です」

  シクスがそう言うと、ミルは目を輝かせながら嬉しそうにしている。会話しただけでも嬉しいのかもしれない。

「あたしだって猫ちゃんだにゃん!」

  と、姉はクアルトでも使ったあの猫耳カチューシャを取り出して頭に付けた。

「ちょっと姉さん! なんでそれ持ってきてんの!? 早く外して!」

「はわぁーん! お姉様可愛いですわー!」

  恥ずかしがって頬を染める僕とは対象的に、ミルは興奮して頬を染めている。

「煉美さん、なんか変わったなー。昔は、もっと怖かったぞ?」

  と、ドドはお椀に海鮮鍋の具を装って姉とミルに渡していく。

「今も充分怖いですから。私なんて、毎日殴られてますし」

  シクスがそう言うと、ドドは笑い、昔を懐かしむようにシクスに同情した。

  ――ピピッピピッ!

  そこで僕の時計のアラームが鳴った。

「あと1分だ。2人とも、食べ残しはない?」

  現界してから9分が過ぎてしまった。会話をしながらの食事は一瞬だ。
  姉はどこか名残り惜しそうに鍋を見ていたが、ふっと笑って目を伏せる。

「みんな、今日はあたし達のために本当にありがとう。すっごく、楽しかった。これから、また戦いになる時は、必ず助けに行く。だから、この先も、道を切り拓いて行こう」

  そう言った。

「堂島さん、美味しいご馳走、本当にありがとうございました。ミルティーユさん、お話できて私も嬉しかったです。お2人とも、どうかこれからも、想の事をよろしくお願いします。どんな強敵が現れようと、諦めずに立ち向かいましょう」

  シクスがそう言うと、ドドは手を伸ばし握手した。ミルも慌てて姉と握手をしだす。
  姉はみんなに手を振りながら、シクスは頭を下げながら消えて行ってしまった。
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