カンテノ

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第5章 ファイナイト

5-9 ドドキャン

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 水を汲んでキャンプ地へ戻ると、ドドとミルは既に帰ってきており、テーブルの上に素材や器具を並べている。

「おう、水汲んできてくれたのか? サンキュー」

  ドドは焚き火の準備をしていた。今日は地面の上で直の焚き火ではなく、先日購入した焚火台を使っての焚き火だ。ドドもどこか楽しそうである。

「うん。今日は5人分だもんね。僕も手伝う?」

「あぁ、いいよ。ミルが手伝ってくれるからな。想はそいつらの相手でもしててくれ」

  ミルは最近ドドに料理を習い始め、張り切っているようだった。

「そいつらって……百々丸、私をこの得体の知れない男と一緒にするなよ?」

  レグネッタさんが不機嫌そうに言ったので、僕は慌てて彼女をチェアに座らせ、新しいコーヒーを準備する。きっと、タバコも吸いたいのだろう。

「てっきりミルちゃんが料理してくれるのかと思ったが、百々丸の方が作るのか。すげぇな」

  手際よく焚き火の準備を終え、料理を始めるドドを見て、トロイは感心しながらチェアに腰掛ける。

「レグネッタさん、寒くなったら言ってください。ブランケットもあるので」

  僕はそう言いながら、彼女にコーヒーを渡す。今僕がすべき事は、彼女の機嫌をとる。それだけだ。

「あぁ、まだ大丈夫だ。ところで、トロイはあのファイナイトについて、何か知ってる事はないのか?」

  僕の気使いなど気にも留めず、左隣のトロイへと聞く。

「なーんも知らねーのさこれが! あー、ただエイシストは知ってたな。『創造と破滅を司る者』だとか? それと、『完成が間に合わなかった』とか言っていたな。なんの事やらさっぱりだ!」

  酒も入っていないのに、陽気に語る。完成? 何の事だ? ゼブルムは何かを作っていたのか……いや、待てよ。

「そうか……そうか、そういう事だったのか!」

  1人だけ納得した僕をレグネッタさんが怪訝そうに見る。

「どうした想? 何か心当たりあるのか?」

「はい。姉が生前に、ゼブルムの江飛凱からあるデータを奪ったんです。それは、スペースコロニーの設計データだったんです。恐らく、ゼブルムはオリジンの襲来に備えて、そのスペースコロニーを作っていたのではないかと」

  僕がそう言うと、レグネッタさんは腰を浮かせて固まる。トロイは「ヒュー」と口笛を鳴らし、料理中のドドも合点がいったように納得していた。

「そのデータが入ったSDカードは今も僕のこの腕時計の中に入ってます。あ、ラウディさんがそれをコピーして持ち帰ったと思います。レグネッタさんはラウディさんとも知り合いなんですよね?」

  ラウディさんは既に米国に帰っている筈だ。あのデータを専門家に見せて調べたかもしれない。

「あぁ、ラウディとは昔仕事で知り合ってな。それから、何回か重なる事が続いて、お互いの仕事を手伝ったりもした。私が今回、日本に行く時にあいつは『レンビーの弟の力になってやってくれ』と言ってただけだったな」

  ラウディさんから何も聞いてないという事は、データの調査進捗はあまり芳しくないのかもしれない。

「ゼブルムがスペースコロニーを制作してたなんて、俺は全く知らなかったぜ? あ、まぁー連絡もろくに取ってないから当たり前だぁな? ダハハハッ!」

  トロイは自分で言っておきながら笑っている。

「スペースコロニー……ゼブルムがそんなものを開発して、オリジンが襲来したらそのコロニーに逃げ込むつもりだったのか? だが、奴らが全人類を連れて行くとは思えんな」

  レグネッタさんがタバコに火をつけてからそう言う。
  以前、姉があのスペースコロニーは「ノアの方舟」だと予想していたが、そういう意味なのだろう。だが、レグネッタさんの言う通り、ゼブルムは自分達と選出した人間だけを避難させるつもりだったのだろう。

「でも、確かエイシストは近い未来しか予知出来ない筈だ。そんなに先まで視ることが出来たのかな?」

  エイシストが以前言っていたことを思い出し、僕は疑問を口にする。

「あぁ、確かにそうだ。だがー、あいつんとこは先祖代々続いている家系だ。先代から語り継がれたり、手記を残していてもおかしくないな」

  トロイが珍しく真剣な面持ちで話す。

「私はその男は知らないが、未来予知ができるのか? 厄介だな。あのファイナイトもどこか私達の攻撃を予知していたように見えた」

  レグネッタさんに言われ、僕もそうかと納得する。確かにファイナイトは僕達の攻撃を予知し、対応していたように思える。だとしたら、それを掻い潜りながらの攻撃は難儀だ。

「ファイナイト……例の坊主か? エイシストと同じ様に予知能力もあって、桁違いの戦闘力で、あの街も一瞬で破壊したわけか。とんでもねぇバケモンだな! ナハハハハ! なんとかするしかねぇな!」

  真面目な口調から一転し、トロイは楽天的になりだす。エイシストとは違った意味で掴み所がない。

「緊張感のない男だ。いっぺんあの世を見た方がいいんじゃないか?」

  レグネッタさんの冗談はきつすぎる。

「天国なら何度でも拝んでみたいがね! 生憎、こちとらしぶとい身でね。そうそう死なないさ。そうか、想はあのサフォケイションも倒したんだよな。やはり只者じゃないねー」

  トロイは江飛凱を「サフォケイション」とコードネームで呼んだ。

「あ、いや、江飛凱を直接倒したのは僕の姉さんなんです。何年も前に亡くなって、今は幽霊ですが」

  僕がそう指摘すると、トロイは意味を把握してないのか、楽しそうに笑う。

「江飛凱……忘れたくても忘れられない名前だ。だが、レンビーが倒したんだな? あいつがそれで納得したのなら、私もあの事件についてはもう拘らない」

  レグネッタさんの言葉には、姉への絶対的な信頼感が窺える。昔から余程仲がいいのだろう。

 
「お待ちー。メシできたぞー」

  数十分後、ドドが僕達の前に置かれたテーブルへと料理を運んできてくれた。レグネッタさんとトロイと会話をしている間もいい香りが漂ってきていて、僕自身も楽しみにしていた。

  1つ目のスキレットの中には茸と鶏肉の炊き込みご飯が、2つ目のスキレットにはアサリのヴォンゴレ・ビアンコがぎっしり詰まっている。
  ダッチオーブンという鍋の中には、トマトで煮込んだ牛肉、じゃがいも、人参、玉ねぎが所狭しと詰まっていた。
  更に、もう1つのダッチオーブンには鯛を丸ごと1匹と海老、ホタテ、茸が入ったアクアパッツァが入っており、食欲をそそる香りが漂う。

「想様ー! このミルティーユも想様のためにと、今まで以上にがんばりましたの!」

  最後にミルが皿に盛り付けたサラダを運んでくれた。

「ありがとう、ミル。すっかりお手伝いできるようになったね」

  嬉しそうにしているミルは、僕達の元に新しいステンレスカップも運んできてくれた。

「あぁ。ミルは覚えがいいから、料理もテキパキ進んだよ。飲み物はお茶とオレンジジュースとビールしかないが、好きな物飲んでくれ」

  ドドが飲み物を運んできてくれて席につく。

「お、おい……すごいな? 本当に、今作ったのか? 私、普段でもこんな料理食べてないぞ?」

  僕の左隣でずっと固まっていたレグネッタさんがようやく言葉を発した。あの冷静なレグネッタさんが、ここまで動揺しているのは中々どうしてか面白く思えてしまう。
  その彼女の左隣に座るトロイも、口を開けっ放しで喜んでおり、ヨダレを慌てて啜っている。

「うちの専属シェフですから。さ、皆さんいただきましょう」

  僕とドドとミルが同時に「いただきます」と言うと、それに遅れながらもレグネッタさんとトロイは怖ず怖ずと「い、いただきます」と言った。

「う、うまいっ! 何よこれ! 百々丸、あんた更に見直したわ! これはビールにも合うわね」

  トマトで煮込んだ牛肉を食べ、その美味さにあのレグネッタさんが大声を上げて喜んでいる。

「わたくしも手伝っておりますからね!」

  そこでミルが自分の仕事をアピールするように口を挟む。

「炊き込みご飯て言うのか? 俺は初めて食べたが、日本にはこんなに美味い食べ物があったなんて知らなかったぞー!? お代わりしていいか!? 百々丸も、ミルちゃんもありがとう! 俺は今、サイッコーにハッピーだ!」

  トロイは炊き込みご飯をあっという間に平らげてしまったらしく、今まで以上にハイテンションだ。まだビールを飲んでいないのにだ。
  僕はアサリのヴォンゴレ・ビアンコを食べているが、出汁がよく効いていて本当に美味しい。ドドはいつだって貝の旨味を100%引き出してくれる天才だ。

「みんな喜んでくれてよかった。もし無くなったらまた作るぜ! 遠慮なく食べてくれ」

  ドドはまだまだ作れるようだったが、いくらなんでもそこまで彼に甘える訳にはいかない。だが、レグネッタさんとトロイはドドの言葉に礼を言い、ガツガツ食べ続ける。

「鯛の身も柔らかくて美味しいですわね! ドドの言った通りにやったら大成功ですわ!」

  ミルは自身が作った料理の味に満足しながら喜んでいる。

「これ、ミルちゃんが作ったのか!? 滅茶苦茶うまいって! いいお嫁さんになるよー?」

  トロイが丁度その鯛のアクアパッツァを食べていた所だった。

「嫌ですわ、そんなお嫁さんだなんて! わたくし、まだまだ、そんな……!」

  と、ミルは頬を赤らめ始めた。トロイもお世辞で言ったのだろうが、そんなミルの反応を見て声を上げて笑っている。

「おい、想! お前、さっきいつもこんな感じだと言っていたな? いつも食べているのか? 解せんな! なぜもっと早く私と出会わなかった!?」

  レグネッタさんはお酒が入り、先程以上に高圧的になっていた。

「レ、レグネッタさん!? そんな事言われても、僕にはどうしようもないですってば!」

「そうか。すまんな」

  意外と素直に謝り、再び目の前の食事に集中し始めた。

「スウェーデン人って、みんなこんな感じなのか?」

  と、ドドが誰に聞くでもなく呟く。すると、トロイが激しく首を振る。

「ありえないね! レグねぇさんが変わりモンだね! 俺が知ってるスウェーデンの女性はもっとお淑やかだ!」

  そう言ったトロイに、レグネッタさんが睨みを効かす。

「トロイ、お前は明らかに私より年食ってるだろ? なのに、何自分が年下ぶってんだ? レディーに失礼だ。あ? そういや、お前どこの国だ?」

「年なんて気にすんなって! なんか、『姉さん』て感じするだろ? 俺はー、USだ。ワシントン出身だ」

  突然冷静になって聞いたレグネッタさんに、軽快な口調でトロイが答える。

「はっ! ラウディといい、これだからアメリカ人はな!」

「いや、大佐は常識あるだろ! え、違うのか?」

  ドドもいつの間にか「大佐」と呼んでいる。アメリカにいるラウディさんが今頃ツッコミを入れているだろう。

「あいつはー、私に対しての扱いが酷い。女だと思ってないんだ。平気で下水道に連れて行きやがった」

  そんなエピソードを聞かされ、僕とドドはつい笑ってしまう。

「おい、さっきから言ってるその『ラウディ』って、まさかあのリラプスの鬼畜軍人か? まーじか!? あいつには手ぇ焼いたぜー? 散々追っかけ回されて、アパート丸ごと吹き飛ばされた日もあったからな! な、頼むからアイツだけは呼ばないでくれ!」

  トロイが引き攣った笑顔のまま懇願した。

「わかったわかった。貴様が妙な真似したら、緊急事態だって言ってラウディ呼べばいいんだな?」

  レグネッタさんが悪そうな笑みを浮かべて言ったので僕らはまた笑ってしまう。ミルはラウディさんの事を知らなかったが、それでも頭の中で鬼畜軍人を想像し、一緒に笑っていた。
  すっかり日が沈み、夜の野外で食事をしながら、僕達はその日に出会ったばかりの曲者2人と少しずつ打ち解ける時間を過ごしていった。
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