カンテノ

よんそん

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第5章 ファイナイト

5-13 突入

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 トロイのミサイル攻撃によって、特殊部隊の隊員達は後退し始める。中には武器を捨てて逃げ出す者もいた。

「どうだー? まだやる気かー? 言っとくが、俺達は白髪坊主の仲間じゃねぇ。むしろ、あいつを止めに来たんだ。だから、この建物に入らなきゃいけないわけ!」

  トロイは腕を広げながら語り、目の前の大きなビルを指さして言った。
  その言葉に賛同するように、ドドとレグネッタさんも近寄ってくる。

  そこに、浅黒い肌をした刈り上げ頭の隊員が前に出てきた。この隊員も隊長格らしく、ヘルメットや帽子を被っていない。

「騙されるな! いいかお前ら? ここで我らACHEが引き下がったら、この先誰が日本を守るのだ!? 我々の沽券のためにも、ここは通さん!」

  浅黒い肌の男の言葉で士気を取り戻したのか、隊員達は声を上げながら再び構え出す。

「勇敢なのか、バカなのか。いいだろう、死にたいならかかってこい」

  レグネッタさんはいつの間にか、タバコを吸っており、白の拳銃を左手に持っている。

「はっ! やり合いてぇなら受けて立つさ。だが、このままじゃ埒が明かねぇからな。ここを突破しよう」

  ドドの言葉は、正気を疑ってしまう物だったが、僕達の誰もがそれに賛同する。各々がこれ程になく頼れる仲間だと理解し合っているからだ。

「舐めた口を利いてくれるな。総員! こいつらを阻止せよ! 殺す気でいけ!」

  浅黒男の言葉と共に、隊員達は20m先の僕達に向かって銃を構えてきた。

「お前ら、私の前に出るなよ?」

  レグネッタさんが前に出て、タバコを咥えながら両手の銃を腹部の前でクロスした。すると、隊員達が放ったマシンガンの銃弾が全て見えない壁に弾かれた。

「ヒュー。流石レグねぇさん、そんな事もできちゃうのか。んじゃ、いっちょかますとしますかー!」

  トロイが再び左腕からミサイルを射出し、正面の集団を爆発で吹き飛ばした。

「うし。行くぜ」

   ドドは目の前の爆煙を突っ切るように走り出す。トロイのミサイルを目の当たりにし、怯えている隊員もいたが、まだ戦意を保っている者が何人もいた。
  再びアサルトライフルを構えた隊員のその銃身を、ドドは蹴り払い、さらにその隊員の顎を蹴り上げた。

「怯むなぁ! この国の権力を掲げろ! 貴様ら、調子に乗るなよー!」

  浅黒男がドドに向けて拳を放ったが、ドドはそれを左腕1本でガードする。

「隊長さんかい? この程度の力で権力だぁ? 笑わせんなよ! 出直してこい!」

  ドドは右の拳で、浅黒男の左脇腹を殴った。浅黒男は思わず横に仰け反るようになったが、根性があるのか踏み止まる。

「あら? こちらはがら空きですわね?」
 
  ミルが、浅黒男の右側に現れていた。手に持ったテーブルナイフで浅黒男の右脇腹を切りつけた。

「がっ! な、なんだこいつら!?」

  浅黒男の身体がぐらりと揺れた。

「何としてでも、通させてもらいます」

  僕はどこかの隊員が落としたナイフを飛ばして周りの敵を手当り次第倒し、さらに特殊部隊のアサルトライフルを宙に浮かせ、それで浅黒男の脚を撃った。

「ぬおぉっ! くっ、おのれー!」

  奴はついに片膝をつく。

「やめておけ。お前ら凡人が、私達に叶うわけがないんだ。おい、行くぞ」

  レグネッタさんは浅黒男に銃口を突きつけ、更に奴の背中に火のついたタバコを押し付けていた。
  彼女の言葉に従いながらも、浅黒男を憐れに思いつつ僕達は進む。だが、ビルのゲート前にはまだ数人の隊員が残っていた。

「まかせろーい。ドッペル、やれ!」

  目の前の隊員達の背後からトロイのドッペルが現れ、その何人かを羽交い締めにする。

「助かるぜ。あとは俺がやる」

  ドドが走り出し、1人の隊員の膝に向けて蹴りを放ってその場に蹲らせ、もう1人の隊員の腕を捻じ上げた後に腹に膝蹴りを浴びせる。

「速いですわね。これで通れますわー!」

  ミルが走り出し、僕、トロイ、レグネッタさんも続く。入口へと伸びる一本道を通り、建物へのゲートを潜る。

「あっちゃー。ここにもいるわけね」

  トロイが呆れながら笑った。ゲートを抜けた先の広いエントランスホールにも何人かの特殊部隊隊員がいた。突然侵入してきた僕達に驚いていたが、外での騒ぎを知っていたからか、すぐに銃を構える。

「邪魔だ。どけ」

  レグネッタさんは右の銃と左の銃で、それぞれ別の敵を撃ち抜いた。

「俺達は上に行きたいだけだ。大人しく通してくれれば殺しはしねぇ」

  ドドが1人の隊員の背後から首を締めながら言う。

「ここを……通っても、エレベーターは……動、かない。階段も、所々……破壊され、ている」

  隊員は苦しみながらそう言った。

「その通りだ。既に何人もの隊員が中に潜入している。貴様らこそ、殺されたくなければ大人しく立ち去れ」

  後方に控えていた隊員がそう告げたが、その隣にトロイのドッペルが現れ、その隊員を殴り倒した。

「関係ねーな。だが、ちょっとヘンテコなビルだよなー?」

  気づけばエントランスホールにいた隊員は全員倒れている。ミルも銃を取り出して倒していたようだ。
  そして、僕は隣に立っているトロイのその言葉を聞き、その時になって初めて目の前の光景が視界に入る。
  そのビルは、二重構造になっていた。ビルの中に、更にビルがある。正面のガラスの向こうに吹き抜けになっている広い中庭があり、その先にまたビルがあるのだ。
  下から見上げてわかったが、各階層に外側のビルと繋ぐ渡り廊下がいくつもある。

「なんだ、ここ? なんだか、迷っちゃいそうだね」

  僕は目眩がしそうになる。

「想様、大丈夫ですわ。近距離や、目に見える位置ならわたくしのテリファイアで移動できますので!」

  それなら助かる。だが、ファイナイトの位置を掴めないと言っていたし、誰か人を探して聞くしかないだろう。

「おい、想。この会社、『ヴェグザ』じゃねーか」

  ドドが指さした壁面に、確かに社名を表すロゴが書かれていた。
  ヴェグザ。日本でも1、2を競う有数企業だ。その事業は、電気機器の製作、アプリやSNSの運営、さらに芸能プロダクションにまで手を伸ばしている。

「そんな、まさか、僕達そんな有名な会社に来てたの? ファイナイトは、この会社を潰す気なのか?」

  僕は少し慌てながら呟く。日本人ではないレグネッタさんとトロイも、「ヴェグザ」という名前は知っていたらしく、溜め息を吐いたり舌打ちをしている。
 
「あのクソガキ……何考えてやがる!」

  レグネッタさんは屋内でも平気でタバコを吸い始めた。

「ファイナイトの坊主がいるとしたら、まぁおそらく中心部の最上階が妥当だろーね? 今はそこを目指してみるとするかい!」

  中心ビルを見上げながらトロイが言った。

「あっ! あそこの入り口、塞がれてますわよ? 何か、変な壁ができてますわね?」

  ミルに言われて僕も気づいた。中心ビルの正面入り口は、何やら電流のような物が流れる壁で塞がれている。

「あの壁があるから通れないのだ。隊員達は迂回して上っていったがな」

  先程の特殊部隊隊員が倒れたままそう告げた。どうやらもう戦意はないらしい。

「なら周りのビルから上るしかないね。しばらくは様子見も兼ねて歩いて行こう」

  ミルのテリファイアで長距離移動は出来なさそうだし、それが無難だと思い僕は提案する。

「あぁ。だが、あのガキがのんびりするわけがない。少し急ごう」

  レグネッタさんはそう言って外側のビルの左方向へと進み出す。僕達もそれに従って歩き出す。

「二手に別れる事も考えたが、あのファイナイトがいきなり現れでもしたらまずいしな。全員一緒の方が安心だな」

  廊下を進みながらドドがそう話し、ミルはなぜか嬉しそうに同意している。その意見には僕も賛成だ。

  少し進んだ場所に階段があったが、そこは瓦礫が崩れていてとても通る事ができない。先程いたビルの入り口を南とすると、ちょうどそこは西にあたる。
  ならば北、東にも階段がありそうだ。そう話し、歩みを進めると案の定、北側に障害のない階段があった。

「よし、これで上れるな」

  階段に足をかけたドドが僕らを振り返りながら言う。

「この会社の社員もどこかにいる筈だ。話を聞けたらいいんだけど」

「きっといますわ想様! おそらく、どこかで避難しているのかもしれません」

  ミルがそう答えた直後、階段を上った先に信じ難い物があった。

「お、おい! 死んでんぞ!」

  トロイが声を荒らげた。社員と思しきスーツの男が死んでいるのだ。外傷は一切見当たらない。

「あぁ、息してねぇ。あいつがやったのか」

  ドドが死体の口に手を近付けて確認していた。

「あのガキは人間の命をなんとも思っていないのさ。クソが。急ぐぞ」

  レグネッタさんが走り出そうとしてその歩みを止める。その後に続いていたミルがその先を覗く。

「ダメですわ。また、階段が崩れて通れませんわ!」

  先程1階で見た階段と同じように、階段の先は通れなくなっていた。僕のグラインドで瓦礫をどかす事はできるが、下手をすると天井が崩れて結局通れなくなる事も有り得る。

「なら、中央のビルへ渡る廊下を探そう。さっき下から見たけど、西と東の位置に渡り廊下があった」

  僕の提案に4人も賛同し、再び時計回りに歩く。死体を目の前にしたからか、みな足速だ。

「しっかし、こんなデザインの会社作るなんざ、余程のクレイジーだねー」

  僕の隣を歩くトロイがそう呟く。その言葉を聞き、以前にも独特なデザインの建物を見た事があったなと思い出す。あれは、そうだ、つい先日訪れた冥片だ。

「もしかして、この会社、ゼブルムの傘下だとか?」

  あの街を思い出しながら僕が聞くと、トロイは笑い出す。

「ダハハハハ! んなわけあるかーい! ゼブルムが、こんなヘンテコな建物作るわけ……あぁ!? そうか! あいつが作ったビルだったのか!」

  トロイは歩みを止めて声を上げる。

「いるのか? そんな馬鹿げた愚か者が?」

  レグネッタさんが目を細めて聞く。

「あぁ、いる。エイシストの奴、何も言ってなかったが、恐らくこの会社『ヴェグザ』はゼブルムの傘下だ」

  トロイは僕の予想を肯定した。だが、その時。

「おい貴様ら! ここで何をしている?」

  数m先に見えた東側渡り廊下の入口から特殊部隊が何人か出てきた。トロイが大声を出すから気づかれてしまったな。

「俺達はここにいる白髪のガキを探してんだ。どこにいる?」

  ドドは冷静に質問をする。だが、相手の隊員は答える気がないのか、構えた銃を下ろす気配がない。

「さては貴様ら、報告にあった指名手配犯だな! やはりあの少年の仲間だったか!」

  隊員がそう言っている間にその後ろから続々と他の隊員が駆けつけていた。

「めんどくせ。撃たれる前に撃つぞ」

  レグネッタさんはタバコを咥えながらも、容赦なく左の白い銃で目の前の隊員の足を撃った。

「ありゃりゃーやっちまったか! もうちょっと平和に解決できたんじゃないのー?」

  トロイが笑いながらそう言う。

「たわけ。話が通じる相手じゃないだろ? さっさと働け」

  レグネッタさんがタバコを落としてパンプスのつま先で揉み消すと、トロイはへいへいと言いながら走り出す。そのトロイが次々に分身していく。トロイのドッペルは特殊部隊の銃弾を受けても平気で隊員に飛びかかっていく。

「トロイのこの力は本当に頼もしいぜ。だが、俺も負けてらんねぇな」

  そう言って、ドドはドッペルと張り合うように特殊部隊に立ち向かう。身を屈めて隊員の足を蹴り払い、宙で横になった隊員の腹に肘を打ち付けて床に叩きつけた。

「くっ! なんだ、こいつら化け物か! 応援を呼べ!」

  後方に控えていた隊員が無線を顔の前に掲げようとしたが、その目の前にゴスロリ少女が現れた。

「そうは、させませんわーよっ!」

  ミルはその無線ごと隊員の顔を釘バットで殴っていた。

「道をあけてください。僕達も無駄な争いはしたくないんですよ。したくないんですけど……これじゃ、信じてもらえないですよね」

  僕は苦笑しながらそう言う。ドドもミルも、トロイもレグネッタさんも容赦なく隊員を倒していた。
  しかもこいつらすごく楽しそうにしている。これじゃ、犯罪者だと思われてもおかしくないな。 
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