カンテノ

よんそん

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第5章 ファイナイト

5-17 努力

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「そ、そんな、私の全財産? いいえ! まだ、カードもあるし、何より私にはこの会社があるわ!」

  朧崎さんはどこか無理やり安心するように笑い始める。

「無駄だ。会社はこの後潰れる。ぬしのカードも既にこの世にない。名義自体もだ。ぬしの身分証明も剥奪した。金を借りる方法など、最早ない」

  ファイナイトが無常に言い放つと、朧崎さんは狂ったように叫びながらファイナイトに掴みかかった。

「なんで!? なんで!? 私がー!?」

「言ったであろう。ぬしが多くの者を苦しめたのだ。これは罰だ。当然の報いだ」

  そう言って掴みかかってきた朧崎さんを、ファイナイトは見えない力で引き剥がした。

「そ、そこまでだ! 少年よ! これ以上の乱暴はやめろ!」

  室内にいた特殊部隊の隊員が、思い出したように銃を構える。
  だが、ファイナイトがその隊員を見た直後、その隊員は口から血を吐きながらその場に倒れた。

「お、おい! どうした! しっかりしろ!」

  もう1人の隊員が倒れた隊員に近寄った。

「その者はもう死んだ。諦めよ」

「ひっ!? こ、殺したのあなた!?」

  錯乱していた朧崎さんは更に錯乱し始めた。

「ぬしはもういい。どこかの街で彷徨っていろ」

  ファイナイトがそう言うと、朧崎さんは一瞬で消えた。

「おい、白髪のガキ! あのオバサンどこにやったんだ?」

  トロイがそこで言葉を発した。

「フォールン・トロイ。あの組織の人間か。安心しろ、あの女はまだ生きている。異国の地へと飛ばした」

  ファイナイトはその時になって、ようやく振り返って僕達を見た。

「チッ! 巫山戯た真似しやがってクソガキが。昨日の決着をつけてやる」

  そう言って、レグネッタさんは2挺のリボルバー拳銃を構える。先程飛ばされたドドもその隣に立つ。
  この超常的な力を持つファイナイトと、戦わなければならない。勝ち目など無くても、僕達が行かなければ、止めることは出来ない。
  僕の隣にミルが立ち、真剣な面持ちで僕を見ていた。それに応えるように僕も頷く。

  だがその時、もう1人いた特殊部隊の隊員が立ち上がりファイナイトに向かってアサルトライフルを連射した。

「くそっくそぉ! 化け物がぁー!」

  泣き喚きながら銃を連射した隊員だったが、銃弾は全てファイナイトの背後で止まっていた。

「諦めよ。力も持たぬ愚かなヒトよ」

  ファイナイトは空中に静止していた銃弾を全て跳ね返していた。

「危ない!」

  僕はグラインドでテーブルと椅子を動かして固め、その隊員の前で防御させていた。

「ここは危険です。命を無駄にしないでください。このビルに残ってる人達に呼びかけて退避してください」

  僕は隊員に駆け寄ってそう告げた。

「き、君は……指名手配犯なのに……わかった。ここは任せた」

  そう言って、その隊員は足速に立ち去った。

「弖寅衣 想、なぜ庇った? 我の予知にはそのような行動は出ていなかったな。あの隊員は散々ぬしらと敵対していた特殊部隊の者の筈だが?」

  ファイナイトは無表情でそう言う。

「想は、こういう奴なんだよ。優しいんじゃねぇ。冷静なんだ。何をすべきか、いつだって考えて行動してんだ」

  ドドはそう言ってから果敢にファイナイトに向かって駆け出し、背後から殴りかかった。
  だが、ファイナイトは瞬時に振り向き、足を高々と上げてその足の裏でドドの拳を受け止めた。

「理解できぬな。愚かしい程に無駄な行動だ」

「愚かで結構さー! それが、俺たち人間だー!」

  トロイが2人のドッペルと共に、ファイナイトの背後と左右の3方向から拳を放った。だが、ファイナイトは宙に飛んでそれを容易く躱し、標的を失ったトロイはドッペル達と殴り合ってしまった。

「トロイ、愚かなのはお前だけだ。いいか? 愚かだけが人間の性質ではないと言う事を教えてやる!」

  レグネッタさんが宙に浮かぶファイナイトに向かって2挺の銃を撃つ。ファイナイトは空中で素早く、細かく動いてその銃弾全てを回避した。
  だが、そこに銃弾だけでなくナイフも飛んできた。ミルのナイフだ。一瞬反応が遅れたファイナイトの腕にそのナイフが突き刺さった。

「わたくし達は、愚かかもしれません。それでも、毎日、毎日、頑張っているのです!」

  ファイナイトの隣に現れたミルは、ファイナイトの腕に突き刺さったナイフ目掛けて釘バットを振った。ナイフはその腕に深く突き刺さる。

「そうだ。人間は努力できる。だから、僕達はつらくても、立ち向かうんだ」

  そう言って、僕はファイナイトに向けて部屋の扉を回転させながら飛ばした。
  だが、ファイナイトはそれを片手で受け止める。

「ぬしらの意志はわかった。だが、そう考えているのは所詮極少数。それ以外は、みな悪知恵ばかり働かせ、楽をしているのだ。我はそれを見てきた」

  ファイナイトの言葉と共に、僕達5人はみな衝撃波で吹き飛ばされた。

「ぐふぁっ!」

  僕は天井に打ち付けられた後に床へと落とされる。

「そ、想様ぁ……大丈夫でございますか?」

  近くに倒れていたミルが声をかけてくれた。

「あぁ、なんとか」

  背中に痛みを感じながらそう答える。

「くーっ! これが噂のオリジンの力ってやつかー! やるじゃないのー!」

  トロイがすぐに立ち上がる。あの男は意外とタフなんだ。

「うーし、いっきますかー!」

  トロイは5人に分身し、近くの椅子を踏み台にして空中のファイナイトに向かって一斉に飛び掛る。ドッペルの2人はファイナイトの足を掴み、その2人を踏み台にして更に飛び上がった2人がサイドからファイナイトに殴りかかる。
  ファイナイトは両腕でそれぞれを防御し、その攻撃にも冷静に対処した。だが、その防御した腕を両側のドッペルが掴む。ファイナイトは空中で手足を封じられた状態になった。

「そぉら! くらいなー!」

  トロイ本体はいつの間にかファイナイトの背後に飛んでいた。後ろからファイナイトの頭部目掛けて思い切り蹴った。

「なんとも陳腐な攻撃よ」

  トロイの蹴りを後頭部に受け、頭を傾けていたファイナイトがそう言うと、奴の身体は高速横回転し、トロイとドッペルを吹き飛ばした。

「おーらぁ!」

  そこでドドが飛び上がり、回転を終えたファイナイトの足首を掴み、自分の身体を持ち上げ、逆さの姿勢になりながらファイナイトの顔がある位置に向けて膝蹴りを放った。

「この男は、本当に人間とは思えぬな」

  顔面でドドの膝蹴りを受けたのにも拘わらず、ファイナイトは平気そうに呟き、そして逆さになったドドの腹を殴った。

「ぶあっごはっ!」

  ドドは再び部屋の壁へと激突されてしまう。

「いくぞ、バブーン」

  レグネッタさんが黒い拳銃を向け、そこから黄光の鞭が出た。それは高速で不規則にぐねぐねと動き、ファイナイトの身体を打ち付ける。あのファイナイトの身体が傷ついているのがはっきりとわかった。

「さぁ仕上げだ坊主! 吹き飛びやがれ!」

  2人のドッペルに投げ飛ばされてトロイがファイナイトの前へと飛び出た。その左腕の上にサイドワインダーが出現し、ファイナイトの顔面に向け、零距離で射出された。
  トロイのサイドワインダーによって、ファイナイトは壁を突き破ってビルの外にまで飛ばされ、吹き抜けの空中で爆発した。

「やりましたの!?」

  ミルは笑みを浮かべながら跳ねる。

「いや、この程度でやられるタマじゃねぇなありゃ」

  窓から見ると、トロイが言った通り、爆煙の向こうにはファイナイトが悠然と宙に浮いていた。

「その程度か? あまりぬしらとは戦いたくないが、少し力を出すか」

  そう言ってファイナイトは室内にいる僕達に向けてレーザーを何本も放ってきた。限られた室内にいる僕達にとって、それは脅威だ。

「まずい! ミル、頼む!」

「えぇ、みなさんまとめて移動しますわよ!」

  僕の呼びかけに直ぐに応えたミルのテリファイアによって、僕達5人は外周のビルの屋上へと移動していた。
  上から見てみるとここはまるで城壁だ。そして、先程まで僕達がいた部屋はファイナイトのレーザーによって爆発していた。

「危なかったな。よし、奴を殺すぞ」

  レグネッタさんは至って冷静に言い、黒い拳銃から黄光のビームを連射していく。

「ハッハー! やっぱり狭っ苦しい部屋の中は向いてないな。広い方がやりやすい!」

  そう言って、トロイはドッペル2体と共にサイドワインダーを撃ち始める。

「か弱き弾よ」

  ファイナイトは目にも止まらぬ速さで動き、レグネッタさんのビームも、トロイのミサイルも、全て拳と蹴りで弾き飛ばしていた。それでも、攻撃の手を緩める訳にはいかない。

「ミル! 僕とドドを飛ばしてくれ!」

「了解でございます!」

  ミルの言葉の直後に、僕とドド、そしてミルも一緒にファイナイトの頭上にいた。

「しゃーっ! 叩き落としてやらぁ!」

  ドドはそう言って、落下の速度を加えた拳をファイナイトに向けて放った。それをファイナイトは左肘で受け止める。

「隙ありですわ!」
 
  ミルはファイナイトの横側から拳銃を連発した。

「こいつもくらえー!」

  先程も使ったベンチを僕のグラインドで飛ばし、それをファイナイトの頭にぶつける。

「無駄だと言っているのだろう? 諦めの悪い奴らよ――っくはっ!? なんだ!?」

  ファイナイトの身体に電流が走り、ついに奴が顔を歪めていた。そう、先程のセキュリティマシンが使っていた電流棒だ。中庭に落ちていた物をベンチと一緒に飛ばしていた。
  そして直ぐに別のベンチを飛ばし、それにドドとミルと一緒に乗る。

「なんだ? あいつ、吃驚してんのか?」

  ドドも不思議そうにしている。
  そうだ。やはりそうなのだ。いや、まだ確信はないが、エイシストの未来予知を欺いたように、僕はファイナイトの未来予知も妨害できるのだ。

「うひょー! これって、チャンス到来なんじゃーん!」

  と、その時、トロイがやって来た。なんと彼は、サイドワインダーに乗ってここまでやって来たのだ。
  ファイナイトは、先程の事態に戸惑っているのか、それとも電流の影響なのかフラフラとしている。

「さぁさぁ、小僧よ! 正義の鉄拳をくらいたまえよー!」

  そう言って、サイドワインダーに乗って突撃してきたトロイは右腕を構えた。その右腕の上に、全長3mはある巨大な機械の赤いアームが出現していた。

「こいつが、俺のグラインド、『フォールン・トロイ』の能力その3、『マニピュレーター』だ!」

  トロイの巨大なアームがファイナイトを横側から殴り、外周ビルの壁面へと激突していった。

「そぉら、おまけだ!」

  トロイは更に、自身が乗っていたサイドワインダーを飛ばし、ファイナイトが叩きつけられた壁面は爆発した。
  僕はベンチを動かし、トロイも回収した。4人乗りは流石に狭い。

「おっ、助かったぜ!」

「トロイ、まだそんな能力があったんだね」

  僕がそう言うと、彼は自慢げに笑う。

「ああ。この3つが俺の能力だ。すげぇだろー?」

  分身、射撃、そして打撃も使いこなす多様性のあるグラインドだったとは驚きだ。
  ベンチを動かし、セントラルタワーの屋上へと降り立ち、ミルのテリファイアによってレグネッタさんもこちらへ移動してきた。

「全く、ガキの玩具みたいな武器だなお前のは」

  レグネッタさんはタバコを吸いながらトロイにそう言った。

「いいじゃねーか! ロマンあるだろ?」
 
  と、なぜか彼は僕とドドに同意を求めてきた。

「それより、ファイナイトはまだ生きている。奴がまた、動く」

  すっかり勝利ムードになっていたが、僕は再び緊張感を取り戻してそう言う。白髪の少年は再び宙に浮かび始めていた。
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