カンテノ

よんそん

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第5章 ファイナイト

5-37 種

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地球ほしの守護者……だと? そんなものはない!」

  あのファイナイトが声を荒らげていた。

「在る。お前の目の前にいる僕がそうだ」

  僕は毅然として言い放つ。その時、背後にドド達がやって来た。インテグラル・バースの落下を止めたため、様子を見に来たのだろう。
  どうやらトロイのドッペルを何体も使い、サイドワインダーに乗ったドッペルのマニピュレーターを固め、それに皆で乗ってきたようだ。

「レンビー! お前、まだ現界できたのか!?」

  レグネッタさんが姉に近寄り、2人は手を取り合っていた。

「シクスさんもいますわ! 想様はご無事所か、先程よりも傷が治ってません!?」

  困惑しながらミルがやってくる。その腕には、まだファイナイトの光の手錠が嵌められている。

「その手錠も解除しよう」

  僕が光の手錠に手を向けると、それはいとも容易く消えてしまった。ミルは唖然とし、言葉が出せずに口をパクパクしている。

「おい、想!? どうなってんだ今の!? さっき言ってた『天命』って奴と関係してんのか?」

  ドドも流石に驚いていた。その後ろに続くトロイとサターンも混乱気味に何かを呟いている。

「天命だと? 弖寅衣 想、ぬしは本当に何者なのだ? 本当に地球の守護者だというのか? 今見てもわかる! ぬしは、ヒトだ! ただのヒトがそんな者になれるわけがないだろう!」

  先程よりは幾分か落ち着きを取り戻したファイナイトが一歩踏み出してそう聞いてきた。

「そうだな。どこから話そうか」

  そう言って少し頭を整理する僕の隣に、姉とシクスが並ぶ。2人は今も尚、僕を支えてくれている。僕の正体が何であれ、2人は僕の姉弟でいてくれる。
  そして僕は口を開く。

「その昔、今から800年程前。1煌のオリジンがこの地球にやって来た。全てのオリジンの中で最も残虐で極悪非道と言われたオリジンだ」

  僕がそう話し出すと、ファイナイトはなぜそれを知っていると言いたげに目を丸くする。

「4煌目のオリジン、『ラス』か」

「そうだ。ラスだ。ラスは地球に辿り着くなり、人類をろくに観察もせずに手当り次第虐殺していった」

  ファイナイトの口からその名前が出て、僕はその4煌目のオリジンの話を始める。ドドやミル達は困惑しながらも、僕の話に耳を傾けてくれているようだ。

「ラスは暴れ出したら手のつけようがなかった。殺戮を楽しむように、時には己の怒りをぶちまけるように、世界各地の人間を殺し、土地を破壊していった」

  ファイナイトもその話は知っているようで、僕の話を肯定するように頷いた。

「だがある日、各国のトップが集結し、ラスの前に現れた。『これからは心を改める。社会を改善すると約束する。だから、もう許してくれ』そう言って頭を垂れた。だが、気性の荒いラスがそれを許可する筈がなかった。腹いせにその場にいた国王1人を殺した。それでも、人間達は懇願した。ラスは再び1人殺し、各国の代表は懇願し、そのやりとりが1日中続いた」

  僕の話は最早お伽話のようであったが、これは紛れもなくこの世界に起きた事実だ。

「そして、ついにラスは最後に残った国の代表も殺してしまった。ところが、次にはその殺された代表の親族、家臣が大勢押し寄せ、懇願してきた。ラスは、もう全てが面倒くさくなって怒りを撒き散らした。そして、ついにラスが折れた。『やってられねぇ』と」

  そう、ラスが折れたからこそ地球は今もこうして存在している。だが。

「だがラスは、愚かな人間に対しても、その人間を許してしまった自分自身に対しても怒りが収まらなかった。地球を離れる直前、いっそ半分くらい破壊してやろうかと、そう思っていた時の事だった」

  僕はそこで一息つく。そして、顔を上げる。

「歌が聞こえたんだ。とても綺麗で、可憐で、澄み切った歌声が。1人の少女が湖のほとりで歌を歌っていた。ラスはその歌声に聴き惚れ、そして自身の中にドロドロと沈殿していた怒りや憎悪が嘘のように消えてしまったんだ」

  僕が口にした話にファイナイトは不快感を露わにする。

「あのラスがヒトによって浄化されただと? ありえぬ。信じられぬな」

  だが、これも事実だ。僕は再び続ける。

「少女の綺麗な歌声に聴き惚れたラスは、その初めての体験に戸惑いながらも、これまでにない高揚感と、幸福感に満たされ、その少女に感謝の気持ちを伝えた。そして、その礼に少女の願いを何でも叶えてあげると言った。だが、『私は何もいらない。大好きなこの世界が生き続けて、私が愛する人達といられれば何もいらない。だから気にしないで』と、少女はそう言った」

  レグネッタさんは途中からタバコを吸い始めたが、真剣に僕の話を聞いていた。その隣のドルティエさんも緊張した面持ちで静かに佇んでいる。

「ラスはその少女の言葉に心を打たれ、『何もいらない』と言われたものの、どうしても気持ちが収まらなかった。だから、その少女には内緒で、少女に『加護』と『祝福』を与えた。それ以来、その少女の一族は栄えた。子孫何代にも渡り、繁栄と栄華を極めていった。その少女はフランス人だったそうだ」

「想様……!? それは……それは……その少女というのは……!?」

  そう言葉を発したミルをちらりと見て、僕は構わず話を続ける。

「だが、一度思い立ったら手を付けられないラスだ。それだけでは気が済まなかった。何年後かにはまたオリジンが裁審に来る。だから、もう一つだけ、ラスは気まぐれを起こした。これは、本当にほんの気まぐれだった。ラス自身も、ほとんど期待はしていなかったのだから」

「ラスは何をしたというのだ?」

  ファイナイトはどこか急かすように僕に聞く。僕はそんなファイナイトを見据えて再び語り出す。

「種を蒔いたんだ。この地球の中心に。その種は実る確率が極めて低かった。なぜなら、その星の上で暮らす人間の憎悪や邪心に敏感に影響されやすく、そうなるとすぐに枯れてしまうからだ。しかし、その種は何年もかけてゆっくりと育っていった。人間の負の感情を受けても尚、祝福を受けた少女の一族の歌が、何代にも引き継がれて届いていたからだ。地球の中心へと、愛が注ぎ込まれていたんだ」

  その話を聞いている途中で、ファイナイトの顔は次第に険しくなっていった。

「そして、何年もの月日が流れ、その種から実った蕾が、ある人間の元に届けられた。その人間はまだ母親の胎内にいた胎児だった。ある日、大きな地震が発生し、それを通じてその胎児にその蕾が宿ったんだ」

  誰かが唾をゴクリと飲む音が聞こえた気がした。

「それが、その胎児が僕だ。地球を守るためにここにいる。そして、僕の中でやっとその蕾は花を咲かせた。僕に未来予知が効かない事も、お前が僕の正体を見抜けなかった事も、そしてお前が僕達を殺せなかった事でさえも、地球の加護による力が働いていたからだ」

  僕の話が終わっても尚、暫し誰も言葉を発する事が出来なかった。だが、口火を切ったのはやはりファイナイトだった。

「信じ難い話だ。荒唐無稽すぎる。仮にそれが真実だとしても、我は我の裁審の決定を覆さぬ。宇宙の法則の一環として、この地球を滅ぼす! 愚かなヒトを殲滅させねばならぬのだ!」

  そう言ってファイナイトは僕に向けて光の球体を飛ばしてきた。だが、それは僕が向けた掌に吸い込まれて消えていく。

「人は愚かだ。だが、人が愚かだとか、地球が滅ぶのは宇宙の理だとか、そんな事はもうどうでもいい」

  僕の冷ややかな言葉に、背後に立つドドとミルから恐怖にも似た緊張感が伝わってくる。

「ファイナイト、お前の都合なんか知ったこっちゃない。地球が、この星が『生きたい』と言っているんだ。僕はその叫びを聞いた。さっきの地震で、地球は僕にその感情と今話した歴史を伝えたんだ。僕は……この星の守護者であり、代弁者だ」

  静かにそう言い放った直後、ファイナイトは僕の懐に飛び込み、光り輝く拳を放った。
  だが、その拳を僕が拳で受け止めると、ファイナイトの拳が纏っていた光が僕の拳に吸収され、ファイナイトの右腕――肘から先が粉々に砕けていく。

「うおっ!? ぐぬおーっ! なぜだ……こんな物はありえない。ぬしは、オリジンですらない。今見ても、どう見てもヒトでしかない! 今の力は……我らオリジンの力に似ているが違う! 触れて解った。それは、それは……グラインドだというのか!?」

  慌てふためくファイナイトの言葉に、僕は目を細める。

「グラインドだと!? あ、青緑、お前のグラインドはそんなグラインドじゃなかった筈だろ!?」

  背後のサターンが狼狽えていた。僕は振り返り、微笑んで頷く。

「サターン、さっきはありがとう。僕を励ましてくれて。本当に嬉しかった。君の言葉がなければ、僕はここに立ってはいなかった。はっきり断言できる」

  そう言って、僕は再び正面を向く。

「僕は、今までずっと、ただただ、『自分が今すべき事』を考え、行動してきた。それをひたすら手繰り寄せたら、ここに立っていたんだ。だが」

  だが、僕は『勘違い』をしていた。

「僕は勘違いをしていたんだ。あの日、クアルトでティーカップのソーサーを動かした時、そしてディキャピテーションとの戦いでガムテープを剥がした時から、僕のグラインドは『物体を動かす能力』なんだと、そう勘違いしていたんだ」

「勘違い……だと?」

  呆気にとられたファイナイトは自身の右腕を回復させながら呟く。
  そう。ディキャピテーションが、「自身の能力の方が僕の能力に対して有利だ」と勘違いしていたように。ブルータルが、自身の能力は「不死身である事」と勘違いしていたように。僕もまた勘違いしていたのだ。

「『物体を動かせる』という事は、それを構成する分子さえも自在に操る事ができるという事なんだ。物質を破壊する事も、新たな物質を作り上げる事も可能という事なんだ。そして、僕が動かせるのは物体だけじゃなかった。エネルギー、その流れ、質量、法則、概念すらも僕は操る事ができる。それが、僕のグラインドだ」

「バカな! それはもう、我らのオリジン・グラインドと同じではないか! ぬしの、名前すらないグラインドにそのような事が可能な筈がない!」

  ファイナイトは事実を拒むように、悲痛な声でそう言った。
  そう。思えば、今まで出会ったグラインダー達には皆その能力に名前があった。僕は、自分の能力に名前などなくても戦えるし、別段気にも留めていなかった。
  だが、今なら言える。この能力の名前を。

「『ラスト・スマイル・フォー・テラ』それが、僕のグラインドの名だ」

  僕は決して忘れない。あの人が、一颯さんが最後に、僕のために見せた笑顔を。

SシステムOオリジンWウォー、発動」

  その言葉と共に、空気は一変する。

「空間が変わったのか!? 何が起きた!? 何をしたのだ、弖寅衣 想!」

  見た目は何も変わっていない先程と同じインテグラル・バースの上だが、その変化を敏感に感じ取ったファイナイトは、僕から距離を取るように後退った。

「本来なら、全てを意のままに操るなんて超常的な力は使えない。だが、僕は、空間をクアルトにする事でそれを可能にする」

  そして、僕の身体を青白い光が包む。

「今は、地球ここが、僕の部屋クアルトだ」
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