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轟炎の中で

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 真っ赤に燃え盛る炎が、屋敷の一切合切を、その価値には目もくれずに飲み込んでいく。高価な調度品も、歴史的価値のある絵画にも容赦はなかった。廊下の向こうからの火で、熱風が頬を叩く中、ラングが叫び声をあげる。

「だぁっー--! 勿体ねえ! この辺のものを売れば、幾らになるって代物ばっかなのによぉ! ゴードウィン男爵ってのはバカなんじゃねえの!?」

 ラングの抗議にミアはふっと笑った。

「確かにな。恐らく、私を殺した方が儲かるんだろう」

「あんた本当に王女様かよ!? もしかして賞金首なんじゃねえのか?」

「はっはっはっは! 違いない! 私もその方が気楽でいいんだがな」

「冗談はそれくらいにしとこうぜ。ラング。今はここをどう抜けるかだ」

「だけどよぉ。レツ。あのバカ男爵。こりゃ油でも撒いてるぜ?」

「しかも、外は完全に包囲されているみたいだな。ミア。ゴードウィン男爵の手勢はどれくらいかわかるか?」

「そうさな。所詮田舎の小貴族。精々すぐに用意できるのは百かそこいらだと思うが......」

「なら、やることは一つじゃないか?」

 烈はにやりと笑った。ミアも意図を察して笑みを返す。

「頼もしいが、できると思うか?」

「ここには一騎当千の戦士が四人いる。百人の手勢がしているなら負ける道理はない」

「となるとあとは地形か」

「追撃をかわすなら、背後の森だが......」

 そこまで言って、烈は窓の外から見えるものに気付いた。それは急いで準備したために、忘れて行ってしまったであろう、今にも業火に飲まれようとしている馬たちであった。

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 ゴードウィン男爵は荷車に乗りながら、炎上する自らの屋敷を眺めていた。

「残念だな......」

「は?」

 ぽつりと言った一言を、側近のマイコンは聞き逃さなかった。それに対して、ゴードウィン男爵は首を振る。

「いや、いい。気にするな」

「はぁ......?」

  ゴードウィン男爵の胸中は複雑であった。

(我が半生をかけてなしえたみやこが一瞬で火の海か。だが、あの筋肉女を始末することができれば、私の新政権での地位は約束される。うまくいけば、これを機に中央で権力を振るうこともできるわけだ。失くしたものを得るのにさほど時間はかかるまい)

 そう思うと、ゴードウィン男爵からいやらしい笑みがこぼれた。

(早く、あの女の死体が見たいわい)

 横目でマイコンがそれを薄気味悪そうに見ていたことに、ゴードウィン男爵は気づかなかった。

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 森の近くの兵士たちは気を抜いていた。領主からは王女に扮した、盗賊たちを退治するために、屋敷を包囲せよと命令を受けていた。例え、この業火を抜けてきたとしても、出てくるのは弱った盗賊に違いないと考えいてた。彼らは完全に油断していた。まさか、中にいるのが本物の王女で、歴戦の戦士であるとは考えもしなかった。

 がしゃんっとひと際大きな音が鳴った。何事かと、彼らは緩慢な動作で音のした方向を見る。そこから、目の前に立ち塞がるものを薙ぎ飛ばしながら、こちらへ向かってくる馬の影が見えた。兵士たちは慌てて、武器を抜こうとする。

「敵襲ぅ~~~!」

 誰かが危機を知らせる声を上げた。だが、気づいたときには遅かった。馬たちは目の前に肉薄している。先頭の兵士が防御する間もなく、斬り伏せられた。

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 先頭で馬を走らせるのは、あろうことか王女その人である。身の丈ほどもある大剣がごぉっと唸りをあげた。それだけで、二、三人まとめて消し飛んでいく。

「レツの言う通りだったな!」

 ミアが大剣を振るいつつ笑いながら言った。

「ああ、百の兵士で四方を包囲したら、一方の兵士は四分の一だ。しかも正面の守りは厚くなるから、実際はそれ以下。この面子でその程度なら負けるはずがない!」

 そう言いながら、烈も向かってきた男を一人斬り伏せる。まさか昔、父に手ほどきを受けた乗馬技術がこのような所で役に立つとは思わなかった。乱戦の中であっても持ち前の運動能力で器用に馬を操り先へと進んでいく。

「だが、この後はどうするんだ!? 森に逃げるだけかよ!」

 ラングも負けじと一人倒していた。そして、彼の背にはルルが騎乗している。流石に全員分の馬を用意することはできなかった。だからルルは器用に馬上でバランスを取りながら、弓を番えて、指示を出す小隊長、部隊長を射抜いていった。

「そこからは私に考えがある。私の後についてきてくれ!」

「って、この森の中をか!? 今、夜だぜ! 土地勘もないのにやれっていうのかよ!」

 ラングの焦る声が後方から聞こえる。

「ああ、森さえ抜ければいい。それまで耐えてくれ!」

「互いの背だけでも見失わないようにするんだ」

 ミアと烈に口々に言われて、ラングは頭を掻いた。

「あー!! 畜生! 付き合ってやるよ! ルル。振り落とされるなよ!」

「はい!」

 ルルがラングにがしっとしがみつく。三人は駆けた勢いのまま、森の中へと突っ込んでいった。
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