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赤鹿

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 パバルの街はドイエベルン王国でも屈指の城下町である。ゆえに各国から人が集まり、物と金、それに情報が集まる。特に庶民の間で情報が飛び交うのは酒場だ。それは今も昔も変わらない。そして、パバルの街で最も盛況な酒場の一つが、『赤鹿』であった。

「おっとっと、悪いな。おごってもらって」

「な~に、気にするなよ。持ちつ持たれつってやつさ! それでさっきのことなんだけどよ......」

 その赤鹿で二人の男が、酒を飲んでいた。一人はこの街の労働者であろう。無精髭に、ぼろぼろの作業着を着ていた。

「ああ、ちょっと前に来ていた連中だろう? ありゃ間違いなく、『暁の鷲』って名乗ってたぜ?」

「へ~大陸に名を轟かす傭兵団がこの街にねえ。ずいぶん物騒じゃないか」

「ああ、しかも相当横柄な連中だったぜ。 この酒場でも看板娘に手を出そうとするわ、料理にケチつけて、挙句の果てには暴れまわるわ......おっかない限りだったさ」

「なるほどね......でもそんな奴らはこの街に来てから一人も見たことないぜ?」

「それが、数日前からぱったりと見なくなっちまったんだよ。ここは公爵様のお膝元だからな。あ~いう手合いがいれば嫌でも目立つんだが......」

「は~なるほどね? 内戦の影響かこの国も物騒になったもんだ」

「だろ? だけど、実はあいつら、ザネの砦に入ってったんじゃないかって話があるんだよ」

「どういうことだい?」

「実は俺の従妹がここと、ザネの城の間の農民の家に嫁いんだがな。そいつがこの前、俺に手紙をよこしたんだよ」

「ほう? なんて書いてあったんだい?」

「まあ、大体はあっちの暮らしがどうのって話なんだがな、その中に夜、怪しい武装した連中が、そっちの方に向かうのを見たってんだよ」

「そりゃ心配だねえ」

「だろ? この国じゃ陛下派と妃殿下派が争ってるからな。妃殿下は行方不明らしいが、それでもいつ戦争が始まってもおかしくねえって話だ。ザネの城の領主はペルセウス侯爵派だからな。これは何かあるかもって、従妹も心配しているらしい」

「そりゃおっかない。俺も商人の護衛はここまでにして、国に帰ろうかね」

「そうしろそうしろ。俺にたらふく奢ってからな!」

「こいつめ!」

 それから、作業服の男と黒衣の男---ラングは小一時間ほど話した。二人は大いに盛り上がり、いつの間にか作業服の男は酔っぱらって寝てしまった。

 ラングはそれを見届けると、クスリと笑って、酒場を後にした。
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