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エサは大きければ大きいほど
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戦端は驚くほど簡単に開かれた。両陣営の将が語らうことも、何か策を弄する気配もなく、ただ単純に二対二の構図で正面から歩兵同士がぶつかりあった。先頭では軍馬の嘶きと、金属同士がぶつかり合う音が大きく響き渡っていたが、それはあくまで第一陣の話である。第二陣以降は自分たちの出番を粛々と待つ他なかった。
しかし、戦況を見渡す将たちは違った。この状況でも相手の動きや感触、部下からの報告で全体を見渡す必要があった。そういう意味でクリスもシリウス公爵もまさに達人であった。
「ほう?」
「ふむ......」
二人は同時期に少し目論見が外れたことを悟った。自分たちがぶつかり合っている軍が、想定していた軍と違うことを経験と直感で理解したのだ。
「どうやら、鉄百合団の役目を私が担わなければいかないようだな......ふふっ。まさかこの年で大役を与えられるとは思わなんだ」
シリウス公爵は笑った。元々シリウス公爵も先王の下で暴れまわった武人の一人である。かつての戦友たちと比べて良識のある方とはいえ、その体も血も、戦場で作られたものであった。ゆえに彼が今の状況を楽しまないわけがなかった。
「公爵、作戦の変更を申し出たほうが......」
クリスが提案しようとすると、シリウス公爵はそれを手の平をクリスの顔の前に掲げて制した。
「心配ご無用。むしろ好都合だと言えよう。第二軍の軍団長よりも第三軍の方が目的を達しやすいだろうからな」
「ですが、その分攻めの手が激しくなります。ゆえに第二軍を我らは......」
クリスは言いかけて口をつぐんだ。目の前にいる温厚な男性からゆらりと、ひりつくような殺気を感じたからだ。
「舐めるなよ若造?」
クリスがごくりと喉を鳴らした。鉄百合団の団長になり、国随一の騎士団の団長として、また同じ地域を守護する武人として、この方と何度か言葉を交わしたことはあるが、普段の高貴然とした姿から、これほどの殺気を出せるとは思っていなかった。
しかし、その雰囲気は長くは続かなかった。公爵がふっと笑って殺気を解いたからだ。
公爵はひらりと従者の率いてきた愛馬に跨り、クリスを見下ろして言った。
「兵力でいえば鉄百合団の方が少ないのだ。危険度は変わらんさ。それに......」
シリウス公爵は最前線を見据えた。
「エサは大きければ大きいほどいいだろう?」
そう言うと、シリウス公爵は、はっ!と馬を走らせて自軍の中へ入っていった。
クリスはそれを黙って見送りながら頭を横に振った。
「私もまだまだだな」
そう言うと、己の役割を果たすために彼も鉄百合団の中へ入って指揮を執り始めるのだった。
しかし、戦況を見渡す将たちは違った。この状況でも相手の動きや感触、部下からの報告で全体を見渡す必要があった。そういう意味でクリスもシリウス公爵もまさに達人であった。
「ほう?」
「ふむ......」
二人は同時期に少し目論見が外れたことを悟った。自分たちがぶつかり合っている軍が、想定していた軍と違うことを経験と直感で理解したのだ。
「どうやら、鉄百合団の役目を私が担わなければいかないようだな......ふふっ。まさかこの年で大役を与えられるとは思わなんだ」
シリウス公爵は笑った。元々シリウス公爵も先王の下で暴れまわった武人の一人である。かつての戦友たちと比べて良識のある方とはいえ、その体も血も、戦場で作られたものであった。ゆえに彼が今の状況を楽しまないわけがなかった。
「公爵、作戦の変更を申し出たほうが......」
クリスが提案しようとすると、シリウス公爵はそれを手の平をクリスの顔の前に掲げて制した。
「心配ご無用。むしろ好都合だと言えよう。第二軍の軍団長よりも第三軍の方が目的を達しやすいだろうからな」
「ですが、その分攻めの手が激しくなります。ゆえに第二軍を我らは......」
クリスは言いかけて口をつぐんだ。目の前にいる温厚な男性からゆらりと、ひりつくような殺気を感じたからだ。
「舐めるなよ若造?」
クリスがごくりと喉を鳴らした。鉄百合団の団長になり、国随一の騎士団の団長として、また同じ地域を守護する武人として、この方と何度か言葉を交わしたことはあるが、普段の高貴然とした姿から、これほどの殺気を出せるとは思っていなかった。
しかし、その雰囲気は長くは続かなかった。公爵がふっと笑って殺気を解いたからだ。
公爵はひらりと従者の率いてきた愛馬に跨り、クリスを見下ろして言った。
「兵力でいえば鉄百合団の方が少ないのだ。危険度は変わらんさ。それに......」
シリウス公爵は最前線を見据えた。
「エサは大きければ大きいほどいいだろう?」
そう言うと、シリウス公爵は、はっ!と馬を走らせて自軍の中へ入っていった。
クリスはそれを黙って見送りながら頭を横に振った。
「私もまだまだだな」
そう言うと、己の役割を果たすために彼も鉄百合団の中へ入って指揮を執り始めるのだった。
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