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無双

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 放心状態の烈は、迫りくる死の刃に反応できずにいた。『魔剣』---スーヤが剣を振り下ろした。烈はその姿をぼーっと見つめることしかできない。

「させませんっ!」

「む?」

 双剣を止めたのは一筋の神弓だった。ルルが引き絞った矢をスーヤ目掛けて放ち、見事に刃に命中させてみせたのだ。意表を突かれてスーヤは体勢を崩した。

「うおらぁぁ!!」

 その隙にラングが烈とスーヤの間に割り込んだ。渾身の力で剣を叩きこんだ。スーヤは辛うじて防ぐも、体重差もあり「おっとっと」と後方に飛び退る羽目になった。

「ラングさん! 叩き込みましょう!」

「分かってるよ!」

 今が好機と、ルルもラングもスーヤに休む暇を与える気はなかった。

(秘技・連弾舞踏!!)

(立花流---五爪~いや? 四爪かな?)

 ルルが矢を目にも止まらぬ速度で放ち始め、ラングも以前教えてもらった烈の技を真似た、四方向からの連撃をスーヤに見舞った。威力よりも数を重視して、手数で勝つことで二人の思惑は一致していた。しかし、それは叶わなかった。

 スーヤは片手の剣を蛇のようにくねらせて、ルルの矢を叩き落し、もう片方の剣は円を描くようにして、ラングの剣を弾いた。

「う.......そ......」

「まじかよ......」

 渾身の技がいとも簡単に防がれて、二人とも戦いながら唖然とした。同じ人間の技とは思えなかった。

「ふふっ......残念♪」

 防いだ当の本人はくすっと笑って、しかしその愛らしさとはかけ離れた白人の刃を逆にラングにたたきつけた。

「ぐあっ!」

 ラングが今度は吹っ飛ばされた。身長は20センチ程度違うというのに、剣の鋭さ、力の強さは互角化それ以上である。

(改めて、こんなの相手にするもんじゃないな......奥の手を出すべきか? だが......)

 ラングは逡巡していた。この状況を打開する手がないわけではないが、それをしていいのか、今のラングには判断ができないでいた。

 その迷いを知ってか知らずか、スーヤはラングを見ながらくすっと笑って、一瞬で背を向けて、ルルの方へと肉薄した。

「しまった!?」

「ほえ?」

 ラングは咄嗟に動けなかった。まさかこの状況でルルの方に標的を変えるとは思っていなかったからだ。同じく意表を突かれ、完全に無防備となっていたルルの元にスーヤが肉薄していた。

(くそっ!)

 ラングが懐の中の奥の手を使おうとした、その時であった。ガキンとルルに迫った白刃を止めるものがいた。

「おお? 流石だ。まだ動けるとは思わなかったよ」

 ルルをその死からあと一歩で止めたのはクリスであった。ボロボロで肩で息をしているのは相変わらずだが、それでも闘志を失うことはなかったのだ。

「少し甘く見ていたかな? 王国の『双剣』は伊達じゃないね」

「おほめにあずかり光栄ですよ。そこで一つ提案なのですが......」

「うん?」

「私の首一つでここは引いていただけませんか?」

「な!?」

「クリス団長!?」

 この提案にラングもルルも周りの兵士たちも驚いた。王国の重鎮をこのような所で失うわけにはいかないのだ。

 そして、スーヤもその提案には首を横に振った。

「あなただけじゃなく他のめぼしい将軍を今なら倒せるのに? 私にメリットがないじゃないか?」

 スーヤの拒否に対して、クリスは今にも死にそうな顔色で、それでも笑って言った。

「メリットならありますよ?」

「ほう? どんなだい?」

「妃殿下を怒らせずにすみます」

「ふむ?」

「彼らは妃殿下の客将です。討ち取れば彼の方の逆鱗に触れるのは間違いありません。そうすればここにいるあなたの兵たちは全滅させられますよ?」

「それが怖くないと言ったらどうする?」

「すぐに怖いと思うようになりますよ? ほら」

 クリスに言われた瞬間、スーヤはばっと振り返った。そこにはいつの間にか敵陣を突破し、子を傷つけられた虎のような怒りの形相で、馬上から大剣を振り上げるミアの姿があった。
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