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烈の過去
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ラングと話した後、ミアは真っ先に烈の天幕を訪れた。
「入るぞ?」
中にいる人の返事も待たず、天幕をばさっと乱暴に開ける。そこには中央にランプの明かりだけをつけて、ぼーっと虚空を見つめる烈の姿があった。ミアが入ってきたことにも気づいていないようであった。
「レツ?」
声をかけても返事がない。ミアは顔を近づけて烈の顔を覗き込んだ、そこでようやく烈も反応した。
「あれ? ミア?」
本当に今の今まで気が付かなかったようだ。ミアは呆れて嘆息した。
「どうやら重症のようだな?」
ミアの言葉に烈も「ははっ」と力なく笑った。彼自身、大いに自覚があったからだ。
「『魔剣』のことか?」
「......」
ミアの率直な問いに烈は無言だった。その沈黙こそが答えだった。
「お前は『魔剣』の関係者なのか?」
「多分な」
「多分?」
「ああ、顔とかは俺の知っているものじゃないからな。ただ......」
そこで烈は言い淀んだ。まるでその事実を言葉にしたくないようであった。
その続きがまだ言えないというならと、ミアはあえて別の話題を振った。
「顔を知らんというのは、『魔剣』は顔を変えているということか? 隠密が自信を別人に見せるため変装をするというのは聞いたことあるが、あれはその必要がないほど綺麗だったろう?」
ミアはスーヤの花のように愛らしい顔立ちを思い出していた。あの顔ならば変えずともできることは山ほどあるだろう。
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ......」
烈がミアの言葉を否定した。ひどく説明に困るようであった。やがて意を決したようにミアを見た。
「ミア、信じられないかもしれないが聞いてくれるか?」
「無論だ。わざわざ聞く必要もない」
打てば響くような答えに、烈は思わず安堵した。この状況でも変わらない存在というのは本当に支えだった。
「実は俺はこの世界の人間ではないらしい」
「ほう? どういうことだ?」
「文字通りの意味さ。俺はドイエベルンもバリ王国も知らない。その上、城や街並みも俺が住んでいた景色と全く違うんだ」
「どう違うんだ?」
「そうだな。例えばこの国で一番高い建物は塔や城だろう?」
「そうだな。ベルンの離塔など相当高いぞ?」
「俺の世界ではその50倍も高い建物が普通にある」
「ほう?」
ミアが興味深そうに聞いた。自分の価値観の中でもはや想像できない領域の話であった。
「それに夜の闇を照らすのはランプや篝火で、大体は時間が経てば消すだろう?」
「うむ」
「俺の世界ではそれを年中無休で照らし続ける道具がある。その道具が明るすぎるせいで星の光が見えなくなってしまうんだ」
「なんと? 星の光をかき消すほどの道具があると?」
「ああ、そういうこの世界の科学水準では考えられないものが溢れていた世界だった。極めつけは戦争だな」
「戦争?」
「ああ、基本的に戦争のない世界だった」
「だが烈は剣を学んでいたんだろう? 戦い以外で剣は何に使うんだ?」
「まさにだな。何に使えばよかったのかな? 俺たちもずっと悩んでいたよ」
「ふむ......」
「その剣の稽古の最中にな。俺は紗矢を......妹を殺したんだ」
「何?」
「妹は天才だった。俺より二つ下だったんだがな、俺よりはるかに強かった」
「......」
「だからあの時も当たるはずなかったんだ、躱されたらどう反撃すればいいか、それだけしか考えず突きをはなっていた」
「それが?」
「ああ、喉を貫いてな。口から血を吹いて倒れる紗矢がなぜか笑いながら死んでいくのを、俺も親父も見守るしかなかった」
「......難儀だな......」
「いつもなら当たるはずなかったのにな......なんであの時だけ当ててしまったのか......」
「......」
ミアは何も言わなかった。肉親を、それも不慮の事故とはいえ自身の手で殺めてしまったものに対して、今は》かけるべき言葉がなかったからだ。
しかし、しばしの沈黙が続きようやっと口を開いた烈から飛び出た言葉信じられないものだった。
「その妹が恐らく『魔剣』だ」
「は?」
ミアは珍しいことにぽかんとしてしまった。何を言われたかまるで分らなかったのだ。
「何を言っているんだ? 妹は死んだのだろう?」
「ああ、間違いなく。だが、この世界で生きていた」
「その、お前の世界では人を生き返らせる道具があるのか?」
「いや、ない。心臓が止まって数分なら蘇生する術があることもあるが、基本的には不可能だ」
「なら、『魔剣』はお前の妹じゃない。よく似た他人の空似だろう?」
「立花流を使っていたんだ」
「何?」
「俺の、今では俺と親父と妹しか使えない流派の奥義---空蝉を使ったんだ」
「それは、分派が生き残っていたからじゃないか?」
「いや、それはない。立花流には10個の奥義がある」
「多いな?」
「ああ、元々2個しかなかったんだが......妹が次々と奥義を編み出したんだ。まだ13の頃だ」
「ちなみに流派の歴史は?」
「鎌倉から続くと聞いたことがあるから、大体千年程度か。その間たった2個しか生まれなかった奥義を8個だ。どれだけ天才か......」
「う~む。その妹が他のものに教えたとかは?」
「平和な世界でか? そんなことはありえないよ」
「だが、お前の話を信じるなら別世界の話だろう? 偶然似たような奥義がこの世界にあったのでは?」
「かもしれんが、体捌きや運足、気配の扱い方までまったく同じ武術が生まれる確率が高いとは思えない。あの動きは紗矢のものだ。俺が間違えるわけない......それに」
「それに?」
「あいつは俺のことを『君』と呼んだ。妹のくせにそんな風に呼ぶのはあいつだけだ」
「ふーむ......荒唐無稽な話だが......」
「信じられないか?」
烈が自嘲気味に笑った。信じられないのも当たり前だと思ったからだ。
「いや、信じよう」
ミアのあっさりと放った一言に、今度は烈が呆気にとられた。
「無理しなくていいんだぞ?」
「無理なんかせんよ。私が認めた戦士の直観だ。肯定するにはそれだけで足りる」
あっけらかんとしたミアに烈は呆れた。自分ですらまだ地に足が立っていないというのに、どうやらミアは烈の言葉だけで信じると決めたようだった。その戦士の信念が今の烈には心地よかった。
「まったく、お前は......」
「なんだ? 頭ごなしに否定すると思ったか?」
「いや、どこかで信じてくれると思っていた」
「だったら、私はお前の期待に応えることができたということだな」
ミアは腰に手を当て「はっはっはっ!」と豪快に笑った。そして、烈に改めて向き直った。
「よし、レツ。私の心は決まったぞ?」
「どういうことだ?」
「レツの悩みはつまり剣に関連する悩みだ。ならその悩みを解決できるかもしれない人がいる」
「どういうことだ?」
あまりに乱暴な意見に今度は烈がぽかんとする羽目になった。この悩みが剣の悩みとはどういうことだと思った。
そんな烈を余所に、ミアはにやっと笑った。
「私の剣の師匠に会いに行かないか?」
「入るぞ?」
中にいる人の返事も待たず、天幕をばさっと乱暴に開ける。そこには中央にランプの明かりだけをつけて、ぼーっと虚空を見つめる烈の姿があった。ミアが入ってきたことにも気づいていないようであった。
「レツ?」
声をかけても返事がない。ミアは顔を近づけて烈の顔を覗き込んだ、そこでようやく烈も反応した。
「あれ? ミア?」
本当に今の今まで気が付かなかったようだ。ミアは呆れて嘆息した。
「どうやら重症のようだな?」
ミアの言葉に烈も「ははっ」と力なく笑った。彼自身、大いに自覚があったからだ。
「『魔剣』のことか?」
「......」
ミアの率直な問いに烈は無言だった。その沈黙こそが答えだった。
「お前は『魔剣』の関係者なのか?」
「多分な」
「多分?」
「ああ、顔とかは俺の知っているものじゃないからな。ただ......」
そこで烈は言い淀んだ。まるでその事実を言葉にしたくないようであった。
その続きがまだ言えないというならと、ミアはあえて別の話題を振った。
「顔を知らんというのは、『魔剣』は顔を変えているということか? 隠密が自信を別人に見せるため変装をするというのは聞いたことあるが、あれはその必要がないほど綺麗だったろう?」
ミアはスーヤの花のように愛らしい顔立ちを思い出していた。あの顔ならば変えずともできることは山ほどあるだろう。
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ......」
烈がミアの言葉を否定した。ひどく説明に困るようであった。やがて意を決したようにミアを見た。
「ミア、信じられないかもしれないが聞いてくれるか?」
「無論だ。わざわざ聞く必要もない」
打てば響くような答えに、烈は思わず安堵した。この状況でも変わらない存在というのは本当に支えだった。
「実は俺はこの世界の人間ではないらしい」
「ほう? どういうことだ?」
「文字通りの意味さ。俺はドイエベルンもバリ王国も知らない。その上、城や街並みも俺が住んでいた景色と全く違うんだ」
「どう違うんだ?」
「そうだな。例えばこの国で一番高い建物は塔や城だろう?」
「そうだな。ベルンの離塔など相当高いぞ?」
「俺の世界ではその50倍も高い建物が普通にある」
「ほう?」
ミアが興味深そうに聞いた。自分の価値観の中でもはや想像できない領域の話であった。
「それに夜の闇を照らすのはランプや篝火で、大体は時間が経てば消すだろう?」
「うむ」
「俺の世界ではそれを年中無休で照らし続ける道具がある。その道具が明るすぎるせいで星の光が見えなくなってしまうんだ」
「なんと? 星の光をかき消すほどの道具があると?」
「ああ、そういうこの世界の科学水準では考えられないものが溢れていた世界だった。極めつけは戦争だな」
「戦争?」
「ああ、基本的に戦争のない世界だった」
「だが烈は剣を学んでいたんだろう? 戦い以外で剣は何に使うんだ?」
「まさにだな。何に使えばよかったのかな? 俺たちもずっと悩んでいたよ」
「ふむ......」
「その剣の稽古の最中にな。俺は紗矢を......妹を殺したんだ」
「何?」
「妹は天才だった。俺より二つ下だったんだがな、俺よりはるかに強かった」
「......」
「だからあの時も当たるはずなかったんだ、躱されたらどう反撃すればいいか、それだけしか考えず突きをはなっていた」
「それが?」
「ああ、喉を貫いてな。口から血を吹いて倒れる紗矢がなぜか笑いながら死んでいくのを、俺も親父も見守るしかなかった」
「......難儀だな......」
「いつもなら当たるはずなかったのにな......なんであの時だけ当ててしまったのか......」
「......」
ミアは何も言わなかった。肉親を、それも不慮の事故とはいえ自身の手で殺めてしまったものに対して、今は》かけるべき言葉がなかったからだ。
しかし、しばしの沈黙が続きようやっと口を開いた烈から飛び出た言葉信じられないものだった。
「その妹が恐らく『魔剣』だ」
「は?」
ミアは珍しいことにぽかんとしてしまった。何を言われたかまるで分らなかったのだ。
「何を言っているんだ? 妹は死んだのだろう?」
「ああ、間違いなく。だが、この世界で生きていた」
「その、お前の世界では人を生き返らせる道具があるのか?」
「いや、ない。心臓が止まって数分なら蘇生する術があることもあるが、基本的には不可能だ」
「なら、『魔剣』はお前の妹じゃない。よく似た他人の空似だろう?」
「立花流を使っていたんだ」
「何?」
「俺の、今では俺と親父と妹しか使えない流派の奥義---空蝉を使ったんだ」
「それは、分派が生き残っていたからじゃないか?」
「いや、それはない。立花流には10個の奥義がある」
「多いな?」
「ああ、元々2個しかなかったんだが......妹が次々と奥義を編み出したんだ。まだ13の頃だ」
「ちなみに流派の歴史は?」
「鎌倉から続くと聞いたことがあるから、大体千年程度か。その間たった2個しか生まれなかった奥義を8個だ。どれだけ天才か......」
「う~む。その妹が他のものに教えたとかは?」
「平和な世界でか? そんなことはありえないよ」
「だが、お前の話を信じるなら別世界の話だろう? 偶然似たような奥義がこの世界にあったのでは?」
「かもしれんが、体捌きや運足、気配の扱い方までまったく同じ武術が生まれる確率が高いとは思えない。あの動きは紗矢のものだ。俺が間違えるわけない......それに」
「それに?」
「あいつは俺のことを『君』と呼んだ。妹のくせにそんな風に呼ぶのはあいつだけだ」
「ふーむ......荒唐無稽な話だが......」
「信じられないか?」
烈が自嘲気味に笑った。信じられないのも当たり前だと思ったからだ。
「いや、信じよう」
ミアのあっさりと放った一言に、今度は烈が呆気にとられた。
「無理しなくていいんだぞ?」
「無理なんかせんよ。私が認めた戦士の直観だ。肯定するにはそれだけで足りる」
あっけらかんとしたミアに烈は呆れた。自分ですらまだ地に足が立っていないというのに、どうやらミアは烈の言葉だけで信じると決めたようだった。その戦士の信念が今の烈には心地よかった。
「まったく、お前は......」
「なんだ? 頭ごなしに否定すると思ったか?」
「いや、どこかで信じてくれると思っていた」
「だったら、私はお前の期待に応えることができたということだな」
ミアは腰に手を当て「はっはっはっ!」と豪快に笑った。そして、烈に改めて向き直った。
「よし、レツ。私の心は決まったぞ?」
「どういうことだ?」
「レツの悩みはつまり剣に関連する悩みだ。ならその悩みを解決できるかもしれない人がいる」
「どういうことだ?」
あまりに乱暴な意見に今度は烈がぽかんとする羽目になった。この悩みが剣の悩みとはどういうことだと思った。
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