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脅しの材料

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 ハイデッカー公爵の婚約者、ロザリー・ベルハイム・ミッテラン公爵の住まう居城、ボンド城はかつてドイエベルン王国の南西部の防衛の要として重要視されていた土地であった。領土が広がり、ボンド城が戦場になることはかつてほどなくなったが、歴代のミッテラン公爵は常に外敵に備えて、この城の整備を怠ることはなかった。

 御三家の軍をくぐり抜け、馬を飛ばしたミアの前に堅固なボンド城がそびえ立っていた。

 ......万の敵に包囲されていたが......

「なんだあれは!!?」

 ミアは鬼のような形相で森の茂みに隠れながら、目の前の光景を睨みつけていた。ロザリーが人質になっていることも予想していたのだ。ある程度の敵兵がいることは予想していた。だが、囲んでいる敵が問題であった。

「あの旗......クレイム教の神聖騎士団の旗だぜ。クレイム教の本拠地があるインペリアル帝国は今バリ王国と戦争中だってのになんでこんなところに......」

 ラングが緊張した顔で言えば、アイネも青ざめた顔で別の方向を指差した。

「あれはポーレン公国の軍旗です。ドイエベルンとは同盟中のはずなのになぜ領内への進軍を......」

 そして最後にルルが敵軍の端を眺めて気付いた。

「あ! あそこにあるの! 私たちがザネの砦で戦った『暁の鷲』の団旗です! あの後見ないと思ったらこんなところに!?」

 大体の状況が洗い出せたところで、烈がミアに顔を向けた。

「しかも俺らが戦った時より数も多そうだ。多分援軍が来ているだろう。ミア、これは......」

「ああ、ようやくハイデッカー公---フランツのやつが裏切った理由がわかった。おのれペルセウス! 血迷ったかドネル! 国と私を天秤にかけさせおったな!」

 ミアは血を出すほどに唇を噛んでいた。ペルセウスたちがやったことはそれほど許せなかったのだ。

「ミア、すまんが何が起きているか説明してくれるか?」

「......ペルセウスはフランツの協力を得るために、ロザリーを人質にした。ここまでは予想できていたのだが、よりによって脅しの道具に他国の軍や傭兵を使いおったのだ。恐らく、こちら側に協力しなければ、あの見える軍勢にボンド城とドイエベルン南西部を譲り渡すという条件でな。王国への忠誠心が高いフランツはそこにつけこまれたのだ」

「だが、そんなことをすれば自分たちの首を絞めるだけじゃないのか? ミアとの戦いが終われば今度はそいつらが相手になるだろう?」

「私よりのやつらと戦う方が容易いと目算があるのだろう。光栄なことだ」

「なんとまあ。嫌われたものだな」

「自国の国民すら売り払うとは。己の肉を削る行為だということもわからんか。あの阿呆どもめ」

 憤懣冷めやらぬミアにアイネは恐る恐る声をかけた。

「殿下。こうなると今いる軍勢だけではロザリー様を助けることはかないません。我々もどうにかして兵を調達しなければ」

「わかっている。戻って御三家の軍を破り、その足でこの軍勢を打ち破るしかあるまい。果たしてそれまでにロザリーの城が陥ちやしまいかという懸念はあるが仕方あるまい......」

 ミアは珍しく焦燥を露にしていた。そしてすぐに百名の軍---モーガンの私兵に帰還の指示を出そうとした......が、すぐにばっと振り返って、森の奥を睨みつけた。

「誰だ? そこで盗み見ているのは。出なければ敵国の間者とみなして殺す」

 ミアの底冷えするような声にあてられて、慌てて森の奥から一人の男ができてきた。前髪を片方の目までだらっと垂らした、どうにも軽薄そうな男であった。へへっと腰低くしながらミアの前で止まった。

「ちょっとちょっと! 待ってくださいよ! 怪しいもんじゃありませんって!」

 ミアが冷たい目で問い返した。

「この状況で隠れている男が怪しくないと?」

「いやまあ確かに? ものすごく怪しいですが、自分は敵じゃありませんって!」

「信用できると思うか?」

 ミアが大剣を抜いて、男の首筋に突き付けた。

「わぁ~~! 待った待った! 自分フィズってもんです! ミネビア殿下ですよね!? 俺大将に言われて殿下のために働いてたんですよ」

「ほう? どう働いたんだ?」

「へへっ。自分に付いてきてくださいよ。そこに味方の軍勢がいるんで」

 ミアたちは顔を見合わせた。このいかにも軽薄そうな男を完全に信用できず、つい皆で眉をひそめ合ってしまった。それでもフィズと名乗る男は嫌な顔をせず、揉み手をしそうな勢いでミアに跪いていた。
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