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妖怪退治
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「アイネさん!?」
ルルが悲鳴を上げた。ルルの立っていた場所からはっきりとアイネが斬られたように見えたからだ。
しかしその心配は杞憂に終わった。
「大丈夫! 薄皮一枚斬られただけよ!」
確かにアイネは肩口を斬られたが、すんでのところで体をひねりよけていた。刃先が少し触れた程度で、大事には至らなかったようである。
「あら? やるじゃない」
仕留めたと思ったアンナは感心していた。
「あなたが遅いからね。あまりにも遅すぎて逆に少し当たっちゃったわ」
「へえ? 言うじゃない。さっきからどうして自分たちの攻撃が当たらないのかまったくわかっていないように見えるんだけど?」
アイネは舌打ちした。
(確かに、この女の言うとおりね。特別な歩法も体術も使っているわけじゃないのに、なぜか斬ったと思った瞬間、霞のように消えてしまう。どうすれば......)
「来ないならこっちから行くわよ?」
アンナが鋭い突きを繰り出した。アイネは紙一重で躱す......いや、躱そうとした。
「っつ!?」
アイネの二の腕に鋭い痛みが走った。躱したと思った三叉槍の刃先が微妙に当たっていたのだ。これもまたアイネを混乱させた。
(馬鹿な......完全に躱したはずなのに......やはりこの技の秘密を解かないとこの女には勝てない......)
アイネは焦っていた。自分の方が動き回っている。体力が尽きればいずれ捕まってしまうだろう。
「アイネさん。私分かりました! この女の正体と技が!」
アイネは驚いた。先ほどからルルの矢もアンナを捉えられていなかった。その状況で、何か分かったものがあるという。一筋の光明があるというのならば、なんとしてもつかみたい気分だった。
「ルル! 正体と技とはどういうことですか!?」
「はい! この女の正体はイキオクレ! 技の名はタカノゾミです!」
戦場にひゅ~という風が流れた。辺りで戦っていた兵士すら動きを止めて、ルルのことをぽかんと見ている。
にもかかわらず、ルルは得意げに笑っていた。
「ふふ。かつて侍女たちが噂しているところを聞いたことがあります。自らの婚期を理想が高すぎるあまり逃し、周囲に災いを降らせることになった妖怪のことを! なんとそいつは辺りの女性も自らと同じ状況に引き込むことで快楽をえるんだとか! まさにその女のことです!」
「え~と......ルルさん?」
アイネが先ほどとは違う冷や汗を流す。あまりにもおっかなくて戦闘中にも関わらず、アンナの顔を見ることができなかった。
同じ女性として一刻も早く止めてやらねばと思うのだが、ルルはなおも饒舌に喋り続ける。
「そして、その妖怪の弱点についても私は知っています! さあ! アイネさん! 紹介してあげてください! 若くて金持ちの未婚の男を!」
「え!? 私!?」
突然話が自分のターンになってしまい、アイネはわたわたと慌てた。喉をごくりと鳴らしながら、なんとか声を絞り出した。
「あ......その......クリス団長とか......紹介しようか?」
下を向いて俯いたままのアンナに、アイネは精一杯の声をかけた、アンナはよく見るとプルプルと震えている。いつしか、周りの『暁の鷲』の団員たちもおっかんびっくりで様子を見守っていた。
アンナはゆっくりと顔を上げ始めた。
「誰が......」
その顔を見てアイネもルルも「ひっ!!?」と悲鳴を上げた。
「誰が行き遅れじゃあああ! クソガキどもがぁぁぁ!!」
まさしく『修羅』の形相である。先ほどの大人の女性の余裕はどこへやら。三叉槍を力任せに突き出し始めた。アイネに......
「待て! 言ったのは私ではない!」
「知るかぁぁぁ! 貴様も同罪だぁぁぁ!」
「そんな理不尽な!?」
かつて感じたことのないほどの殺気にさしものアイネも気圧された。繰り出される槍は雑だが、手数が多い。技の秘密も解けていないので、アイネは大きく避けるしかなかった。
しかし、そこでアイネは気づいた。
(この匂い。先ほども感じた柑橘系の匂い? 戦場に香水?と思ったが、槍からも......まさか!?)
アイネは大きく飛び退って距離を取った。
「待てぇぇぇ!!」
怒りに任せて襲ってくるアンナを見据えながら、アイネは剣を鞘に納刀した。
(カイエン流---五瞬)
アイネは先ほどと同じ、五つの斬撃を一瞬にしてはなった。しかし、今度はアンナにではなく、周りの空間目掛けてであった。
アイネは肉を切り裂く感触を得た。アンナから鮮血が舞う。
「なに!?」
今度はアンナが大きく距離を取った。腕や足からどくどくと血が流れていた。
冷静になったのか、アンナは傷口を押さえながら三叉槍を構えた。
「どうして気付いたの? 私があなたたちの感覚を惑わせてるって」
アイネはふっと笑った。
「ルルのお陰さ。あの子が挑発してくれたから、柑橘系の匂いがぷんぷんと漂ってきて、それで気付けた。たしか南方の方に香りを焚くことで感覚を鈍らせて、医術に使うお香があると聞いたことがあったからね。あとは感覚がずれていそうな場所を手当たり次第に斬ってみたわ」
それを聞いてアンナは肩をすくめた。
「なるほど。挑発にのった私の負けってわけね。まあいいわ。どうやら周りも決着がついたようだし、今日はここまでにしてあげる」
そう言うと、アンナは部下に引かせた馬に飛び移り、背を向けた。そして最後に振り向き、凶悪な顔で笑った。
「あなたたち、アイネとルルね。顔は覚えたわよ。次は殺すから」
そのまま「はっ!」と馬に鞭を打って戦場を駆け抜けていった。
アイネは「ふうっ」と一息つくと、ルルに向き直った。
ルルは勝ち誇った笑みを浮かべて、アイネの元に近寄ってくる。
「やりましたね! アイネさん! あの妖怪を倒すなんて流石です!」
まだ勘違いをしているルルに、アイネはなんだかおかしくなって声高らかに笑った。勝利の笑い声が大空に吸い込まれていった。
ルルが悲鳴を上げた。ルルの立っていた場所からはっきりとアイネが斬られたように見えたからだ。
しかしその心配は杞憂に終わった。
「大丈夫! 薄皮一枚斬られただけよ!」
確かにアイネは肩口を斬られたが、すんでのところで体をひねりよけていた。刃先が少し触れた程度で、大事には至らなかったようである。
「あら? やるじゃない」
仕留めたと思ったアンナは感心していた。
「あなたが遅いからね。あまりにも遅すぎて逆に少し当たっちゃったわ」
「へえ? 言うじゃない。さっきからどうして自分たちの攻撃が当たらないのかまったくわかっていないように見えるんだけど?」
アイネは舌打ちした。
(確かに、この女の言うとおりね。特別な歩法も体術も使っているわけじゃないのに、なぜか斬ったと思った瞬間、霞のように消えてしまう。どうすれば......)
「来ないならこっちから行くわよ?」
アンナが鋭い突きを繰り出した。アイネは紙一重で躱す......いや、躱そうとした。
「っつ!?」
アイネの二の腕に鋭い痛みが走った。躱したと思った三叉槍の刃先が微妙に当たっていたのだ。これもまたアイネを混乱させた。
(馬鹿な......完全に躱したはずなのに......やはりこの技の秘密を解かないとこの女には勝てない......)
アイネは焦っていた。自分の方が動き回っている。体力が尽きればいずれ捕まってしまうだろう。
「アイネさん。私分かりました! この女の正体と技が!」
アイネは驚いた。先ほどからルルの矢もアンナを捉えられていなかった。その状況で、何か分かったものがあるという。一筋の光明があるというのならば、なんとしてもつかみたい気分だった。
「ルル! 正体と技とはどういうことですか!?」
「はい! この女の正体はイキオクレ! 技の名はタカノゾミです!」
戦場にひゅ~という風が流れた。辺りで戦っていた兵士すら動きを止めて、ルルのことをぽかんと見ている。
にもかかわらず、ルルは得意げに笑っていた。
「ふふ。かつて侍女たちが噂しているところを聞いたことがあります。自らの婚期を理想が高すぎるあまり逃し、周囲に災いを降らせることになった妖怪のことを! なんとそいつは辺りの女性も自らと同じ状況に引き込むことで快楽をえるんだとか! まさにその女のことです!」
「え~と......ルルさん?」
アイネが先ほどとは違う冷や汗を流す。あまりにもおっかなくて戦闘中にも関わらず、アンナの顔を見ることができなかった。
同じ女性として一刻も早く止めてやらねばと思うのだが、ルルはなおも饒舌に喋り続ける。
「そして、その妖怪の弱点についても私は知っています! さあ! アイネさん! 紹介してあげてください! 若くて金持ちの未婚の男を!」
「え!? 私!?」
突然話が自分のターンになってしまい、アイネはわたわたと慌てた。喉をごくりと鳴らしながら、なんとか声を絞り出した。
「あ......その......クリス団長とか......紹介しようか?」
下を向いて俯いたままのアンナに、アイネは精一杯の声をかけた、アンナはよく見るとプルプルと震えている。いつしか、周りの『暁の鷲』の団員たちもおっかんびっくりで様子を見守っていた。
アンナはゆっくりと顔を上げ始めた。
「誰が......」
その顔を見てアイネもルルも「ひっ!!?」と悲鳴を上げた。
「誰が行き遅れじゃあああ! クソガキどもがぁぁぁ!!」
まさしく『修羅』の形相である。先ほどの大人の女性の余裕はどこへやら。三叉槍を力任せに突き出し始めた。アイネに......
「待て! 言ったのは私ではない!」
「知るかぁぁぁ! 貴様も同罪だぁぁぁ!」
「そんな理不尽な!?」
かつて感じたことのないほどの殺気にさしものアイネも気圧された。繰り出される槍は雑だが、手数が多い。技の秘密も解けていないので、アイネは大きく避けるしかなかった。
しかし、そこでアイネは気づいた。
(この匂い。先ほども感じた柑橘系の匂い? 戦場に香水?と思ったが、槍からも......まさか!?)
アイネは大きく飛び退って距離を取った。
「待てぇぇぇ!!」
怒りに任せて襲ってくるアンナを見据えながら、アイネは剣を鞘に納刀した。
(カイエン流---五瞬)
アイネは先ほどと同じ、五つの斬撃を一瞬にしてはなった。しかし、今度はアンナにではなく、周りの空間目掛けてであった。
アイネは肉を切り裂く感触を得た。アンナから鮮血が舞う。
「なに!?」
今度はアンナが大きく距離を取った。腕や足からどくどくと血が流れていた。
冷静になったのか、アンナは傷口を押さえながら三叉槍を構えた。
「どうして気付いたの? 私があなたたちの感覚を惑わせてるって」
アイネはふっと笑った。
「ルルのお陰さ。あの子が挑発してくれたから、柑橘系の匂いがぷんぷんと漂ってきて、それで気付けた。たしか南方の方に香りを焚くことで感覚を鈍らせて、医術に使うお香があると聞いたことがあったからね。あとは感覚がずれていそうな場所を手当たり次第に斬ってみたわ」
それを聞いてアンナは肩をすくめた。
「なるほど。挑発にのった私の負けってわけね。まあいいわ。どうやら周りも決着がついたようだし、今日はここまでにしてあげる」
そう言うと、アンナは部下に引かせた馬に飛び移り、背を向けた。そして最後に振り向き、凶悪な顔で笑った。
「あなたたち、アイネとルルね。顔は覚えたわよ。次は殺すから」
そのまま「はっ!」と馬に鞭を打って戦場を駆け抜けていった。
アイネは「ふうっ」と一息つくと、ルルに向き直った。
ルルは勝ち誇った笑みを浮かべて、アイネの元に近寄ってくる。
「やりましたね! アイネさん! あの妖怪を倒すなんて流石です!」
まだ勘違いをしているルルに、アイネはなんだかおかしくなって声高らかに笑った。勝利の笑い声が大空に吸い込まれていった。
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