モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜

文字の大きさ
63 / 112
幕間8

猫のコンシデレーション

しおりを挟む


 私の記憶は、人間の子供たちに暴行されていた頃から始まります。
 あのまま放置されれば、私はきっとこのラスティル王国に転生することはなかったでしょう。
 けれど私は、親切な人間の老夫婦に拾われたことで一命を取り留めました。
 そして私は一匹の名前の無い野良猫から、“小雪”という名前の猫になりました。

 老夫婦の家には、一人の少女がいました。
 両親による虐待から逃げ出し、老夫婦の家に転がり込んだ孫娘です。
 千紗という孫娘を、私は実の姉のように慕っていました。

 千紗は物語が大好きでした。
 そして、『アルビオンズ・プレッジ』というゲームが大好きでした。

 千紗がゲームをプレイする隣で、私もその世界を見ていました。
 千紗は攻略本やノベライズ版、ファンブックなどを開いて私に見せて、そして楽しそうに『アルビオンズ・プレッジ』の話を語ってくれました。

 『アルビオンズ・プレッジ』の話をする千紗は本当に楽しそうで、幸せそうで。
 私はそんな楽しそうで幸せそうな千紗を見るのが大好きでした。

 千紗はある日、学校に行くと出かけたきり帰宅しませんでした。
 千紗は学校でも虐められていたそうです。
 けれど、祖父母にこれ以上迷惑は掛けられないと、相談も出来ないまま登校し続けていたそうです。
 千紗は学校の屋上から飛び降りて死にました。

 老夫婦は泣きました。
 そして、それ以上に自分を責めました。
 何故、千紗の苦しみに自分たちは気付けなかったのかと。
 私も同じ気持ちでした。
 どうしてあんなにも近くにいたのに、千紗の苦しみに気付けなかったのでしょう。
 老夫婦が私を救ってくれたように、私に千紗が救えなかったのでしょう。

 それから18年。

 おばあちゃんが亡くなりました。
 認知症を患っていたおばあちゃんの最後の言葉は「千紗ちゃん、ごめんね」でした。
 認知症だったのに、千紗の死は理解しているようで、苦しかったのを覚えています。

 おばあちゃんが亡くなって、おばあちゃんを一人で介護し続けてきたおじいちゃんもまた、認知症を患ってしまいました。

 認知症のおじいちゃんと、私だけの家。
 この家におじいちゃんの娘夫婦が……千紗の両親が引っ越してきました。

 しかし、千紗の両親によるおじいちゃんの介護は、虐待そのものでした。

 そして、私もまた……。
 ろくに水も食事も与えられないまま、恐らく餓死したのでしょう。
 大好きなおじいちゃんを助けられなかったのが心残りでした。




「だが、千紗の母親を育てたのはその老夫婦だろう。その老夫婦は千紗の母親の育て方を間違えた。千紗の母親にとっては、老夫婦は加害者かもしれない。人間というのは、そういうものなのだ」

 魔王の言葉を、私は……マドリーンは否定出来なかった。
 マドリーンという人間になってからも、私は人間という生き物が理解出来ない。

 妻がいながら、私に手を出すナイジェル。
 子供がいながら、子供の目の前で自死するレオノーラ。

 レオノーラが自死したと知った時には、千紗の姿が重なり、胸が痛かった。
 でも、彼女は母親だ。
 まず、子供を守ろうとすべきではないのだろうか?

 猫と人間では、そのあたりの感覚が違うのだろうか?

 確かに、マドリーンの両親も子供たちに見向きもしなかった。
 だからアレクシスは私が育てたのだ。

 大して手をかけたわけではないのに、アレクシスは私を実の母親のように思い、執心するようになった。

 失敗したと思った。
 だからレオノーラの子供、ヴァニタスには手を出さなかったし、実の子供であるシルヴェスターにも少し距離を置いて育てた。

 私はどうすれば良かったのだろう。
 よくわからないまま、今日も私は魔王の指示に従う。
 ナイジェルを、子供のように甘やかす。
 このアッシュフィールド公爵家を乗っ取る為に。

 でも、本当にこれでいいの?

 おじいちゃんとおばあちゃんも加害者だったのかもしれない。
 おじいちゃんとおばあちゃんが苦しめたから、千紗の母親は千紗を苦しめ、死に追いやったのかもしれない。

 でも、おじいちゃんとおばあちゃんとの幸せな生活は偽物だったの?
 おじいちゃんとおばあちゃんが傍にいてくれて、私は……猫の“小雪”は幸せだったよ。
 千紗と『アルビオンズ・プレッジ』を通して触れ合った時間も、私にとっては幸せな時間だった。

 そういうのを、全部無視して、人間を滅ぼしてしまってもいいの?

 わからない。
 わからない。
 わからないから、私は今日も魔王の指示に従う。

 考えることを放棄する。
 私も、愚かな人間の仲間入りを果たしていると痛感しながら……。

「ナイジェル様」
「マドリーン……」
「難しく考える必要はないのです。貴方には罪も責任もありません。レオノーラ様が自害されたのも、ヴァニタス様が悪魔に心を支配されてしまったのも、全てお2人の弱さが原因です。貴方が御自身を責め苛む必要など何一つとしてないんですよ」

 もう、「自分は猫だから」という言い訳は、私には通用しない。
 私はもう既に愚かな人間の、加害者のうちの一人なのだから。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

生まれ変わったら知ってるモブだった

マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。 貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。 毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。 この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。 その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。 その瞬間に思い出したんだ。 僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

処理中です...