上 下
96 / 112
善悪

01

しおりを挟む


 今日は『“ラスティルの大結界”展開計画』の打ち合わせ。
 何でも、スピルスによって反対派の声が小さくなったとか……。
 流石は大賢者。
 そして元大学教授。

 居住区に向かって歩いていると、アレクシスが金髪の男と歩いてきた。

「じゃあ頑張れ」
「ちょ……ノア!!」

 金髪の男は俺たちの姿を見ると立ち去った。
 何処となくスヴェンに似ている気がするが……。

 置き去りにされたアレクシスは頭を抱えている。

「アレクシス?」
「少し……話がしたい。アレクシスではなく、前世の黒須晶仁として」




 アレクシスの部屋に来たのは俺とスピルス、柚希の3人。
 ソルティードはジェラルドに預けてきた。
 ソルティード、めちゃくちゃ嫌がってたな。

「じゃあ、お兄さんから自己紹介を。柚希颯志。美容師。幼少期に俺を虐待していた父親を殺してしまった。施設を出た後、美容師になったけれどトラウマに苛まれて発狂。その後こちらの世界でスライムに転生……こんな感じかな?」

 アレクシスも含めて皆が固まった。
 柚希の生い立ちは凄惨なものだろうとは思っていたけれど……。

「あれ? お兄さんの前世の話ってしたことなかったっけ?」
「ないわ!!」

 ともあれ、いつもの通り簡単に受け流してくれる柚希に感謝しながら俺は続けた。

「赤津孝憲。就職に失敗してコンビニで働きながら小説サイトに小説を投稿して生きてた。夜勤帰りに小学生を助ける為にトラックに轢かれて死亡。その後、ヴァニタス・アッシュフィールドに転生」
「虎田大和。赤津孝憲の同級生。大学教授。心理学を教えていた」
「心理学?」

 アレクシスが呟いた。

「帰省先から帰る途中、震災で通過寸前の高架橋が崩壊。列車が崩落して死亡。その後、スピルス・リッジウェイに転生」

 改めて聞くと大和も酷い目に合ってるな。
 柚希とスピルスはアレクシスを見つめている。
 俺もアレクシスに視線を向けた。
 アレクシスは溜め息を吐いた。

「黒須晶仁。刑事だったが、警察官に絶望した」

 アレクシスがぽつぽつと語り始める。

「依頼者に安楽死を提供する組織に協力し、自殺付添人の役目を担っていた心理カウンセラーの女性と恋仲になった」

 さっき、大和の自己紹介で心理学に反応していたのはそのせいか。

「しかし、恋人が安楽死の薬を使って自死。僕は安楽死の薬をばら撒いた後、爆破テロを起こして死亡した」

 重い。
 思わず、大和と顔を見合わせた。
 大和も少し困った顔をしていた。

「警察官に絶望したのは、巨悪に立ち向かわないからとか、むしろ巨悪に対して逃げ腰になるからとか、そんな理由?」

 俺たちが何も言葉を発せない状態の中、発言したのは柚希だ。

「何故、それを……」
「長年魔王の傍にいたからね」

 アレクシスは再び溜め息を吐いた。

「僕は正義の味方になりたかった。皆を守りたかった。それだけなのに…………正義と悪の定義など曖昧だった」
「だから『“ラスティルの大結界”展開計画』に反対を?」

 アレクシスは頷く。

「ヴァニタス・アッシュフィールド。君一人により善悪をジャッジするのは酷く傲慢な事に思えた。だから僕は反対した。君はどう思う?」
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

罪悪

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

失われた記憶の断片

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【ぼっち】

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...