残響迷夢―惨劇の母体たち―

星坂 蓮夜

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記憶2

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 壱弥の手から離れない“見えない花束”。
 恐らく葬式ごっこのトラウマから生まれたのであろう、白い百合と菊の花束は、興奮した《母体》や《ドグラマグラ》で発生した異形に持たせると、彼らを落ち着かせることができる。

 当時、父親を殺したショックで前後不覚に陥っていた颯志に、壱弥はよく“見えない花束”を持たせて落ち着かせていた。
 燎悟が昔馴染みなら、颯志は壱弥にとって弟のような存在だ。

 派遣された暁市で颯志が美容室を開いていると知った壱弥は悩んだ。
 本音を言えば会いたい。
 会って話がしたい。
 しかし、颯志が当時の記憶を失っていると知った壱弥は会うのを断念した。
 研究所の記憶はトラウマに直結するものだ。
 忘れているのであれば、そのままにしておいた方がいい。

「そんなこと言わずに、会いに来てくれれば良かったのに……。俺、1人は正直ちょっと寂しかったよ」

 颯志が溢すと、「僕の時と態度が違う!」と燎悟が怒鳴る声が聞こえる。

「燎悟のことは思い出せないのか?」
「え?あの人燎悟って言うの?うーん……ダメ。思い出せないや」
「……そうか」

 壱弥はそれ以上追求するのをやめた。

「今此処に、河野あかりさんの交際相手の男性がいる」
「えっと……弓戸彰巳さん?」

 やはり、颯志は河野あかりと面識がある。

「あぁ。弓戸彰巳氏だ」
「じゃあやっぱり、奈津美ちゃんが連絡が取れないって言ってたの、本当だったんだ……本当に、行方不明なんだ、あかりちゃん……」

 ふと、小さな違和感を感じた。
 何だろう……この違和感は。



「あかりちゃんの部屋で壱兄ぃと弓戸さん、あともう1人と落ち合うことに……何拗ねてんの」

 壱兄ぃの話では宝条燎悟というらしい金髪の男は、何故か盛大に拗ねていた。

「記憶についてはしゃあないとしても、何で壱兄ぃの頼みならそんなに素直に了承しちゃうん?」
「君はやり方が強引過ぎるんだよ……うめぇ棒でも食べる?」
「駄菓子で釣ろうとすんなや! ……食べるけど」

 親子連れの客用の駄菓子を差し出すと、燎悟はもそもそと食べ始めた。
 結局釣られてるじゃん。
 ちょっと可愛く思えて、颯志はクスッと笑う。

「燎悟くんも、昔俺と仲が良かったの?」

 燎悟は2本目のうめぇ棒を囓りながら、暫し考え込んだ。
 やがて……。

「ええやん、昔のことは。今から仲良くやろうや」

 うめぇ棒を口に放り込み、もきゅもきゅと口を動かした後、燎悟は明るく言った。
 何か誤魔化しているような……そう、颯志は感じたが、深く突っ込んではいけないような気がして、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを燎悟に差し出した。


 颯志と燎悟が河野あかりの部屋に向かうと、無精髭の男とスーツ姿のイケメン、ブカブカのパーカーを頭から被った青年がいた。
 無精髭の男が壱弥、スーツ姿のイケメンが弓戸彰巳、パーカーの青年は知人男性が行方不明になった雁野結丹という名前らしい。
 颯志は名刺を彰巳と結丹に差し出して自己紹介をした。
 彰巳も颯志に名刺を差し出し、結丹は左手で受け取っただけだったが、「結丹って呼んで」と不機嫌ながらも口にした。

 彰巳の合鍵で、あかりの部屋へと入る。
 ふと、カレンダーが目に入った。

○月△日
彰巳と電話
「馬鹿!!」と殴り書きされて、赤字で思いっきり×がつけられている。

○月△日
奈津美と飲みに行く
二重線で消してあり、「奈津美ごめん、体調不良」と書かれている。

○月△日
奈津美の家に泊まる

○月△日
彰巳帰国
仕方がないから迎えに行ってやる。

 思わず颯志が噴き出すと、結丹が訝しげな顔で颯志を見た。
 颯志はカレンダーを指し示す。

 結丹はカレンダーをチラリと見た後、パーカーのフードを左手で下ろして、カレンダーを凝視した。
 そして、叫ぶ。

「この日! 晴臣が行方不明になった日! 体調不良!? はぁ!? 体調不良って何だよ一体!!」

 結丹が左手で指し示した日付。
 それは「奈津美と飲みに行く」と書かれていて、二重線で消してある日付だった。

「河野あかりが無断欠勤し始めた前日に、泊まりに行っているのか……」

 壱弥が「奈津美の家に泊まる」という文字が書かれた日付を指差しながら呟く。

「なぁ……」

 彰巳が、彼に似合わないキャラクターものの可愛らしい日記を持ってきた。

「この日記に書かれてる奈津美って女、一体何者なんだ?」


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