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16.侯爵家令嬢の怠惰な一日

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人間は考える葦である。
 お父様から教わった。
 つまり今何も考えていない私はただの葦である。
 つまり草である。

 私の怠惰な一日は、ラディオさんという有名な音楽家が奏でたという、
 軽やかなメロディーにあわせて体操する事から始まる。
 ラディオさんは、遠い異国の人らしく自分の鼻歌で歌う。

 ニャーニャニャニャニャニャニャ♪
 ニャーニャニャニャニャニャニャ♪

 ラディオさんの曲を口ずさみながら体を動かす。
 お父様がいる時は、ヴァイオリンを弾いて貰えるのだけど、
 一人の時は鼻歌ですます。

 フンフフとニャニャで悩んだけど、フンフフは鼻息が荒い人みたいだったので、
 ニャニャに落ち着いた。

 最初は余裕かと思っていたけど本気でやると結構きつかった。
 お父様からスタンプを100個貰えると、ラディオさん第一の免許皆伝となり、
 ラディオ体操第二を伝授してもらえる。
 頑張らねば。

 軽く一汗をかいた後は、美容侍女三人衆に身を任せる。
 湯浴みをして貰った後にマッサージをしてもらい軽く肌メンテをしてもらう。
 マッサージは、とても気持ちいい、起きたばかりなのに気がつくと軽く寝てしまう。
 まるで上流貴族令嬢の待遇だ。
 ......そう言えば、上流貴族令嬢だった。

 その後は朝食。
 ボーノさんの料理はとても美味しい。
 サラダにローストビーフが入ってて黒い何かキノコを削った物体が入ってたりする。
 ぐぬぬっ、小賢しい、シェフを呼べ!
 嘘です、マリー本当に呼びにいこうとしないで!

 一週間後には午前中、所作作法の先生のベンガル伯爵夫人が教えてくれる事になっているが、
 それまでの間はマリーから座学の勉強を教えて貰っている。

 昼食は肉料理がメイン。
 くぅ、五臓六腑にお肉が染み渡るわ。
 最近白骨から鶏がら並にお肉がついてきた。
 良いお出しが取れそうだ。

 その後はお父様が厳選した侯爵領の運営の仕事をする。
 ルーチンワークを除いて私の知識になりそうな仕事なので、いささか難易度が高い。

 特に我が侯爵家の治める領内には、王国内唯一で大陸でも有数の港があり、
 海外との商いに関して商家から必要書類が届くのだ。
 一部は専門知識が記載された国外の言葉での説明書きが添付されてたりして難易度が高い。
 とはいえ、ほぼほぼ私が今までやって来た事なので何とかこなせる。

 仕事も終わって夕方には、お茶の時間。
 お茶請けは、勿論甘いお菓子。
 ほっぺたが落ちそうだ。

 夕食までの間は趣味の語学の勉強をしたり、
 交流のある人に手紙をかいたりしている。

 特に仲が良いのは、子供の頃にお母様の紹介で文通しているレイナちゃん。
 帝国に住んでいるみたいで会った事はないけど、いつか会ってみたい。

 その後は魚メインの夕食をとって湯浴みをしてフカフカのベッドで寝る。

 あまりの日常の変化に最初は戸惑ったが、
 段々慣れてきた、このままでは不味いと思ったので、
 語学を習いたいとお父様に言ったら語学の先生に来て貰える事になった。
 なのでもう少ししたら適度に忙しくなる。

「マリー、最近お父様があまり構ってくれないの」

 お父様の知識は広く深く非常にためになる。
 あれ?うちの娘駄目じゃね?とか思われない為に必死についてく緊張感も程よい。

「旦那様も物凄く忙しいですからね」
「確かにそうだけど、頑張り過ぎじゃない?
 私が結婚して落ち着いてからでも良いと思うの」

「うーん、そこら辺が複雑なんでしょうね。
 私が知っている旦那様と今の旦那様は別人と言っていいくらいです。
 何か贖罪をしている咎人にすら思えます。
 それが何かは分かりかねます。
 奥様を無くした心痛でアイリーン様を蔑ろにしてしまった事か、
 それ以外の何かがあったのか。
 ただアイリーン様を早く幸せにして、この侯爵家を出たがっているのは確かですね。
 それも贖罪の一部なんでしょうが」

「......ねぇ、マリー。
 私の義母にならない?」

 ブフォっとマリーが吹き出した。

「旦那様は既婚者じゃないですか」
「でも、愛し合って結婚した訳じゃなくて、保護が目的だったみたいだし。
 今だって別居状態だし、生活保護だけすれば良いんじゃないかな。
 マリーはお父様の事をどう思う?」
「その少なくとも今の旦那様は、知的で人格者で見た目も良いと思うですが......」
「何か不満でもあるの?」
「不満と言うか、絶対ここだけの話ですよ。
 私年下が好きなんです」

「うーん、確かにそれならお父様は真逆な方向ね」
「具体的には、十歳位が旬だと思ってます!!」
「ヴェっ」
「十歳位の男の子を上半身裸で…
 虐待じゃないですよ、肌寒い位です。
 それを私が抱きしめて温めてあげるのです。
 私の温もりを忘れないように」

 ガタッと天井から音が聞こえた。
 アヤメがいるみたいだ、お願い助けて。

「あとあと、食事も私がスプーンで与えるのです。
 翼をもいだ雛鳥は、大きく育っても私から離れないように」

 私は闇を見た。
 人の業がいかに深いかを知った。
 将来私が結婚して、男の子を産んでもマリーには近づけさせない様にしなければ、
 上半身裸で泣きながらマリーに抱きしめられている息子を見たくない......
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