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彼女に贈る花束。
しおりを挟むさて、思ったより長居をしてしまいましたわ。イヴも迎えに来ないままでしたが、もうお暇することにしましょう。
「――あら?」
私の目を惹いたのは、水辺にある一輪の大きな花。蕾の状態ですわね。私の視線の先に、ヒューゴ殿も気づいたようですね。
「ああ、あの花ですか。私が育てた花になります。もうじき開花予定となってます」
「まあ、そうですの。咲いた頃にまた、訪れたいですわ。よろしいかしら」
「……ええ、まあ。構いませんけど」
あら、言ってみるものですわね。承諾してもらえましたわ。ですが、彼はどうやら気がかりなことがあるようですわ。
「……夜にだけ、咲く花ですから。忍び込む形になります」
「……まあ」
夜、ですって。夜限定ですって。忍び込みときましたか。
「……夜、ですが。明かりは沢山持っていきますから」
「明かり?」
ヒューゴ殿は逡巡してましたが、何やら結論づいたようです。相当暗いということでしょうか。私はつい、尋ねてしまいました。
「……いえ、こちらの話です。では、付き添わせていただきますので」
私単独でというわけにも、いきませんし。育て主の付き添いも必要でしょうね……ヒューゴ殿の。別の婦人の方、というのもですわね。忍び込むわけですし。
「ええ、あなたさえよければ。伺わせていただきますわ」
「そう……ですか」
あなたはもう反対されないのでしょう? でしたら、私とて乗じますわ。単純に開花も見たいですもの。
「ちなみに開花時期ですが、五月末頃となっております。前後することもありますので、またお知らせしますから」
「……!」
ヒューゴ殿にとっては、何てことないことでしょう。だから、さらりと仰る。でも私に、私達にとってのその日は――。
「……どうかなさいましたか?」
「いいえ? 楽しみにしておりますわね」
私の表情が陰ったのを、ヒューゴ殿は気づかれたのかしら。心配されていうようです。ここは何事もないように振る舞いませんと。
外に出ると、またしてもでした。雨が降っておりました。
「雨季でもないのに。最近、よく降りますね」
「ええ、まったくですわ……」
ヒューゴ殿のお言葉に私は同意する。準備の良い彼は、手に傘を持っておられました。
「……結局、こうなりましたね。お送りします」
「ええ、お願いしますわ」
「……はあ」
今、溜息つきましたわね。ですが、この私。そのお言葉に甘えましてよ。傘持っておりませんもの。ずぶ濡れ確定ですもの。
私達は正門まで歩いていく。傘の中、二人密着しながら……ということはありません。
「まあ、ヒューゴ殿……」
ヒューゴ殿の肩が濡れてしまっていました。私は濡れずに済んでおりますが、そうもいきません。
「どうぞ、もっと寄ってらして?」
「え!」
ヒューゴ殿の肩がびくっとなりました。ええと、拒絶反応かしら。まあ……傷つきはしますが、今はあなたの肩問題に意識を向けることにしますわ。
「濡れているではありませんの。なんでしたら。こちらがもう少しはみ出るようにしましょうか」
「それはそれで……困ります」
ヒューゴ殿は気持ち少しだけ、体を寄せてきました。わずかです、わずか。譲歩してくださったのでしょう。私達はそのまま並んで歩くことにしました。
「……」
「……」
やはり会話が上手くない私達。でも、そうですわね。そこにお花はなくても、香りを楽しんでなくても。そんなに苦痛ではなくなってきました。
我が家の馬車が見えて参りました。立っているのは、イヴですね。傘をさしています。何やら剣呑とした雰囲気です。あまりにも待たせてしまったからでしょうか。
「……。では、私はこのへんで」
「ええ、ありがとうございました」
ヒューゴ殿は頭を下げ、傘をさしたまま学園の方へと戻られました。まだご用事があったのかしら。
「ああ、イヴも。お待たせしました。さあ、帰りましょうか」
「……随分、打ち解けていらっしゃるのですね。きっかけにもなったでしょうし」
イヴはにこやかです。あの殺伐さはなくなって……ませんわね。目が笑ってませんもの。それに実際に目にしてきたかのような。
「きっかけ? あなた、来てましたの?」
「……あ」
イヴはしまったと言った様子でした。これはあれかしら。温室の近くまで迎えにきてくれていたのかしら。
「……ご心配にはお呼びません。お二人が温室に入られてからは、こちらで待機しておりましたから」
邪魔しないように。彼はそう小声で言っていました。
「さあ、お入りください」
イヴに誘われ、私は馬車に乗り込むことに。彼はもう、この話はして欲しくないようでした。
イヴ。一度は迎えにきてくれたのに、私達の進展の為にって立ち去ったのですね。気を利かせてくれていたのでしょう。
それからも定期的に温室に訪れるようになりました。ヒューゴ殿に会える日もあれば、別の方ということも。それはそれで、私は楽しんでおりました。花を愛でるのも交流も良いものですわね。
サロンでの活動は自然消滅となりましたが、私の最近の楽しみはこちらとなっております。
この日はヒューゴ殿がみえられてました。花束を作られています。
「……ふう」
彼の作る様を見ながら、私は思いを馳せておりました。
私の誕生日もそうですが、その後に控えているのが――婚約お披露目の会です。これもまた、五月末日というのですから、なんともまあ。
殿下とブリジット様が、式に声明を出されるようです。それを聞いたからか、事前に渡したくなったと。
『本当は前日に渡そうと思いましたが。もう、済ませておこうかと』
なんでしょうね。このさっさと渡したいといったような。私の穿った考えでしょうか。といはいえ、作るご様子は真剣そのもの。
真剣でした。花もわざわざ彼女の出身国から取り寄せたのだとか。そちらでしか咲かない花であると、ヒューゴ殿は語っていました。
ヒューゴ様が作られるのは、青を基調とされた高貴で品のありそうな花束。ブリジット様というイメージはそこまででしたわ。ええ、正直な話。
サムシングブルー、でしたか。そういったものにちなんでいるのでしょうか。こちらの世界にもあるかは耳にしたことはありませわね。
ヒューゴ殿はどこまでも真剣です。思いを込めているようでもありますわ。
彼は――諦めることを選んだ。
「……」
私はただ、そんな彼を見つめておりました。
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